船内の静かな死
タラップを降りると、草原の空気が全身を包んだ。
ヘルメット越しにもかかわらず、草の匂いがかすかに鼻腔をくすぐる気がする。
風が防護服の表面を撫で、草原の海に波紋を広げていく。
揺れる草の帯が、遠くまで続く青緑の海流のようだった。
その海の向こうに、小島のように森が浮かんでいる。
降下中に確認した生物たちが逃げ込んだ場所だが、今はどの姿も見えない。
風の音だけが、一定のリズムで草原を渡っていく。
遭難船は、その草原の海に静かに停泊していた。
使い古された船体だが、外装に目立った破損はない。
衝突痕も爆発痕もなく、外部から攻撃を受けた形跡もない。
エンジントラブルか、内部機器の故障――
その程度の理由で不時着したのだろうと推測できた。
だが、誰も出てこない。
船体の静けさが、乗員の不在を雄弁に物語っていた。
側面のハッチは閉じたまま。
その近くに、動物の死骸が一体転がっている。
腐敗が進んでいるが、骨格から肉食動物であることはわかる。
なぜここで死んだのか、その理由だけがぽっかりと抜け落ちていた。
三人は無言のまま、閉じたハッチへ向かって歩き出す。
草を踏む音だけが、静かな草原に規則的に続いていく。
ハーランが手動装置に手をかけ、ハッチを開いた。
内部は照明が落ちており、外から差し込む光が入口付近だけを淡く照らしている。
埃はほとんどなく、空気は乾いていた。
まるで、つい最近まで誰かがここで生活していたかのように。
セラが小さく「マリナ」と呼ぶ。
その声は、暗い船内に吸い込まれるように静かだった。
「はい」
マリナは短く返事をし、壁面の小さなカバーを開ける。
マルチリンクアナライザー(MLA)から細いコードを引き出し、外部ポートへ差し込む。
端末の画面に青いラインが走り、内部システムがゆっくりと反応を返した。
「電源、生きてます」
報告と同時に、船内の照明がぱちぱちと点灯していく。
白い光が、長い通路を断続的に照らし出した。
明かりが灯った船内は、思いのほか整っていた。
壁のパネルも床のラインも乱れておらず、争った形跡はない。
ただ、長い時間が止まっていたような静けさだけが漂っている。
最初に確認すべきは乗員の居住区だった。
三人は通路を進み、一つ目の部屋の前で足を止める。
セラがドア横のスイッチに触れると、スライドドアが静かに横へ開いた。
部屋は狭い。
ベッドが一つと、小さな机があるだけの簡素な空間。
そのベッドの上に、人の身体が静かに横たわっていた。
死後ひと月ほど。
腐敗は進んでいるが、外傷はない。
苦しんだ形跡も、暴れた痕跡も見られなかった。
ただ、痩せ細った四肢だけが、最期の時間を物語っている。
三人は言葉を発さず、次の部屋へ向かう。
二つ目、三つ目――
どの部屋にも、同じ時期に命を落としたと思われる遺体があった。
合計三体。
どの部屋も争った形跡はなく、眠るように横たわっていた。
だが、どの遺体も不自然なほど痩せている。
セラは何かを思い出したように、通路を引き返した。
他の二人も黙ってついていく。
船内の構造は簡素で、保管庫はすぐに見つかった。
扉を開けると、内部は整然としていた。
棚には予備のケーブル、古い工具、交換用フィルターなど、
民間調査船らしい最低限の部品が並んでいる。
だが、その中にひとつだけ“空の棚”があった。
セラはその棚を見つめ、静かに息を吸った。
ここに積まれていたのは、長期航行用の完全栄養食のはずだった。
三人の遺体の痩せ方と合わせれば、死因はほぼ確定している。
「……食料が尽きたのね」
セラの呟きに、マリナが短く頷く。
「死因は餓死で間違いないと思います」
セラは棚から視線を外し、通路の奥へ向き直る。
「航行ログの確認と回収、ブリッジへ行きましょう。」
三人は再び無言で歩き出した。
足音だけが、静まり返った遭難船の内部に淡く響いていく。




