《行詔・祈福天燈二》-01
三月十四日。
婚礼まで、あと一日であった。
紅燭の影がゆらゆらと揺れ、室内の香はひときわ濃くなっていた。燕行はもとより酒気を帯びていたが、目の前に立つ二人の佳人を見つめるうち、長く抑え込んでいた熱が、腹の底からむらむらとせり上がってくるのを感じていた。
だが、婚礼は明日である。
その一念だけが、かろうじて彼の荒ぶる欲を押しとどめていた。
しかし、その時である。
姉の大橋が、みずから一歩、前へ出た。
彼女は急いで衣を解こうとはしなかった。ただ、骨まで柔らかそうな白い手を伸ばし、燕行の逞しい肩へそっと添える。衣越しに、指先がゆるやかな円を描いた。
そして、顔を仰がせる。
秋水のような長い瞳には、見る者の胸を刺すほどの情が宿っていた。
「大王は軍務にお忙しく、肩まで凝っておいでです。どうか、奴家に少しだけ、お楽にさせてくださいませ」
その声は蜜のように甘かった。
だが、その甘さの奥に、名門の娘だけが持つ清冷な気配がある。
その矛盾が、燕行の胸を強く打った。
大橋は肩を揉みながら、少しずつ後ろへ退いた。そのたびに、彼女の身にまとった幽かな香もまた、虎皮を敷いた大榻へと燕行を誘っていく。
妹の小橋は反対側から、まるで従順な猫のように燕行の腕へ寄り添った。指先はするりと彼の腰へ滑り、いつの間にか帯をほどいている。その動きはあまりにも軽やかで、気づいた時にはもう、燕行は二人に導かれるまま、榻の上へ横たわっていた。
まるで飼い慣らされた巨獣であった。
約束があるとはいえ、燕行には山賊らしい粗野なところがある。大きな手を伸ばし、二人を一息に抱き寄せようとした。
しかし、大橋がその手の甲をそっと押さえた。
指先は冷たく、なめらかで、まるで上質な羊脂玉のようであった。
彼女はすぐには身を任せなかった。
妹と一瞬だけ視線を交わすと、二人は同時に燕行へ向かって、しなやかに拝礼した。
姉は目を伏せ、三分の哀れみと七分の覚悟を帯びた声で言った。
「大王。奴家たちは弱き女に過ぎませぬが、それでも世の英雄というものは存じております。大王のお手に入った以上、これもまた天命でございましょう。けれど、ひとつだけお願いがございます。今宵の後、どうか私たちを、ただ欲を晴らすだけの玩具とは思わないでくださいませ。どうか、この『心』をもって、英雄にお仕えすることをお許しください」
その一言は、長年、防備と殺伐の中に包まれてきた燕行の野心を、正面から撃ち抜いた。
燕行はこれまで、泣き叫ぶ女、命乞いをする女ならいくらでも見てきた。
だが、このように大義凛然と、身を捧げる女など見たことがなかった。
婚礼まで、あと一日。
ならば……もう少し待ってもよいのではないか。
そんな迷いすら、彼の中に生まれた。
しかし、燕行の衣はすでに半ば乱れている。
その最も危うい瞬間、小橋がふいに燕行の胸へ顔を伏せ、声を殺して泣き出した。
燕行が眉をひそめかけたところで、大橋がすかさず口を開く。
「大王、お聞きくださいませ。奴家たちはもとは豪門の出。されど家は傾き、兵乱の中、徐州の権貴・陳龍という賊に無理やりさらわれました。あの者はただ踏みにじることしか知らず、私たちを草芥のごとく扱いました。こんな傷ついた身では、大王のような天を衝く真の大王にお仕えする資格など、本来ございませぬ。けれど、あの日、大王のお姿を拝見して、初めて知ったのです。これこそが真の男である、と。もし大王が奴家をお嫌いになるなら、この命をもって、今日いただいた御恩にお報いします。ただ、どうか……英雄を仰ぐこの心だけは、軽んじないでくださいませ」
「おのれ、徐州の陳龍……!」
燕行は怒声を上げた。
「二人の夫人よ、安心せよ。機会があれば、夫であるこの俺が、必ずやそなたらの恨みを晴らしてやる!」
大橋の言葉は、燕行の保護欲と優越感を強く刺激した。
陳龍はたしかに、この姉妹を手に入れたかもしれない。
だが、この二人の心は、燕行だけに属している。
その心理的な勝利は、処女性そのものよりも、はるかに燕行を昂ぶらせた。
燕行が憤りに燃えているうちに、大橋は先に身を翻し、彼の上へと乗り上げた。外衣はいつの間にか滑り落ちている。絹糸のような長い髪が燕行の胸へ垂れ、くすぐるような痒みを残した。
彼女は尋常の女のように硬く身をこわばらせることはなかった。
蛇のようにしなやかに腰を揺らし、紅い唇は燕行の首筋をさまよった。時に軽く吸い、時に熱い吐息を吹きかける。薄絹の襦袢の下で、豊かな胸の稜線が燭火にほのかに浮かび、動くたびに意図せぬふりをして燕行の胸へ擦れた。
「大王……奴家たちは半生を漂ってまいりました。今日、ようやく身を預ける場所を得たのです」
大橋は囁きながら、指先で燕行の耳朶を弄んだ。
後ろに控えていた小橋も、その時から静かに力を発揮し始めた。
彼女は小さな舌を伸ばし、燕行の下腹に甘く円を描く。両手はさらに油断なく、あちらこちらへ火を点けていった。
燕行は、このような攻めを知らなかった。
山寨の女たちは、ただ受け入れるだけであった。
ここまで自ら求め、しかも技巧に満ちた女など、彼の人生には存在しなかった。
「二人の準夫人は、たしか……」
言い終える前に、大橋の香る唇が、彼の口を塞いだ。
「今日、大王のために祈福を終えたあと、奴家たちはもう……もう、堪えきれなくなってしまいました。明日が婚礼の日とはいえ、一夜早いくらいなら……奴家たちは、受け入れられます」
言葉が落ちると同時に、燕行の荒い息が室内に響いた。
その情欲は、ついに完全に燃え上がったのである。
大橋はそれを見て、媚を含んだ瞳で微笑んだ。
そして自ら最後の束縛を解く。白玉で彫ったような肢体が、燭光の下で眩いほど白く浮かび上がった。
彼女は燕行の上へ跨がった。
しかし、すぐには沈まない。
拒むようでいて誘い、逃げるようでいて求める。その間合いで、燕行に残された最後の理性を、少しずつ削っていった。
彼女たちは、ただ受け身で身を任せているのではなかった。
紅袖詔に秘伝として伝わる導引の術。
柔骨の蛇を思わせる舞技。
それらを組み合わせ、燕行にこれまで味わったことのない酥軟の快を与えていた。触れる箇所、力の強弱、声を落とす間合い。すべてが正確に計算されている。
四十を越えた男の中に、二十の頃の狂熱が蘇っていく。
燕行が意識を蕩けさせていく中、二人が耳元で囁くのは、許しを乞う声ではなかった。
それは「真龍の志」であり、「天命の帰するところ」であり、「大王こそ乱世を平らげる英雄」という甘い讃辞であった。
長い指が、燕行の背の傷痕をなぞる。
傷を痛ましげに見つめ、吐息を吹きかける。
まるでそれが、この世で最も尊い勲章であるかのように。
この時、燕行が得ていたのは、単なる肉体の解放ではなかった。
彼は、自分がようやく「魂の伴侶」に出会ったのだと錯覚しはじめていた。
陳龍のような文人に、何が分かる。
塵にまみれていた宝珠は、今この真神たる俺の前でこそ、本来の輝きを取り戻したのだ。
そう信じ込んだ。
そして、魂を飛ばすような節奏が始まった。
二人の姉妹は手を携え、まず燕行を前後から挟む形となった。
背には小橋の愛と崇拝に満ちた視線。
前には大橋の温かな体温と、柔らかな胸の圧。
波のように高まる摩擦の快楽の中で、燕行は自分を見失っていった。
最初に大橋の攻めが、彼を一度、陥落させた。
その後、姉妹は燕行の身体に密着したまま、するりと位置を入れ替える。
小橋の優しい愛撫。
背後から大橋が与える甘い噛みつき。
その二つに焚きつけられ、消えたはずの野火は奇跡のように再び燃え上がった。
小橋は信じられないというような崇拝の目を見せた。
そして、片手で収まるほどの細い腰を、深く沈める。熱が根元まで呑み込まれた瞬間、燕行は長い吐息を漏らした。
魂が肉体を離れ、雲の上へ浮かび上がるようであった。
大橋は後ろから力を加え、両手で燕行の胸元を弄び、唇は耳元で甘い息を吐きつづける。
燕行は完全に堕ちた。
帳の天井を見つめながら、彼は思った。
この人生で殺した者、奪った土地、掠め取った糧食。そのすべてを合わせても、この一刻の極楽には及ばぬ、と。
荒い呼吸が室内に満ちる。
太行山にそびえ、容易には落ちぬ黒山賊の巣。その主である男は、今、紅袖詔が丹念に編み上げた「温柔の塚」の中へ、何の疑いもなく沈み込んでいた。
窓の外で、滅びを告げる祈福天燈がいつ空へ昇ったのか。
彼はもはや、それに興味を持つことすらなかった。
雲雨が一度おさまったあと、部屋には汗の匂いと薫香が混ざり合っていた。
二人の姉妹は、事を成し遂げた者の焦りを少しも見せなかった。
むしろ仙境から帰ったばかりの仙女のように、全身に残る紅潮と気怠さをまといながら、ゆっくりと身を整えはじめた。
大橋はまず燕行の傍らへ身を伏せた。
細長い指先が、汗に濡れた彼の胸に、意味のない円を描く。瞳はまだ潤み、先ほどの余韻に浸っているかのようであった。
朱唇が開く。
声にはわずかな掠れと疲労が混じっていた。
「大王は、なんとお強いのでしょう……奴家の骨など、本当に砕けてしまいそうです」
それから姉妹は、ようやくゆるりと身を起こし、燕行の視界の中で衣を着始めた。
彼女たちはわざと燕行の視線を避けた。
しかし銅鏡と燭影を巧みに使い、自らの婀娜な曲線を、再び彼の目の前へ浮かび上がらせた。
大橋は床に落ちた襦袢を取ろうと、ひどくゆっくりと腰を折る。
その腰の弧は、張り詰めた弓のようであった。引き締まった線が、惜しげもなく露わになる。
衣を留める指先は、釦の上で長く迷った。
まるで疲れ果てて、指に力が入らないかのように。
小橋は燕行に背を向け、兜肚の紐を結ぼうとしていた。
だが、何度も「うっかり」紐を滑らせ、雪のように白い背を大きく覗かせる。
時おり振り返る瞳には、怯えの後に残る恥じらいと、英雄への崇拝が浮かんでいた。
「大王……奴家のご奉仕は、至らなかったのでしょうか。どうして、そんなに見つめておいでなのです?」




