放課後
放課後。
教室の中は少しずつ人が減っていく。
部活に行くやつ、さっさと帰るやつ、だらだら残るやつ。
俺はそのどれにも当てはまらず、席に座ったまま時間を潰していた。
特に理由は無い。
帰るのも面倒だし、かといって何かする気も起きない。
「優くん、帰らないの?」
佐倉がカバンを持ちながら聞いてくる。
「そのうち帰る」
「ふーん」
興味無さそうに返してくる。
本当にこいつは気まぐれだ。
「じゃあ先帰るね」
「ああ」
短く返す。
佐倉はそのまま教室を出ていく。
これで少し静かになる。
残っているのは数人程度。
その中に、神崎もいた。
窓際の席で、外を見ている。
特に何をしているわけでもない。
ただ立っているだけだ。
「……何してんだ」
小さく呟く。
自分でも分からないが、気になってしまう。
放っておけばいいのに、視線がそっちに向く。
俺は軽く息を吐いてから立ち上がる。
どうせ暇だ。
少し話してみるくらいならいいだろう。
「おい」
声をかける。
神崎はゆっくりとこちらを見る。
「何」
相変わらず淡々としている。
「帰らないのか」
「まだ」
短い。
会話が続く気がしない。
「……そうか」
それだけ言って、俺は窓の外を見る。
沈みかけの夕日。
特に変わった景色でもない。
「優くん」
神崎が名前を呼ぶ。
「なんだよ」
「クラウドってさ」
またその話か。
「記録、消えることある?」
その言葉に、思考が一瞬止まる。
「……は?」
聞き返す。
「消えるってどういう意味だよ」
「そのままの意味」
神崎は外を見たまま言う。
「保存されたはずの記録が、無くなること」
そんな話は聞いたことがない。
クラウドは絶対だ。
少なくとも、そういう前提で社会が成り立っている。
「無いだろ」
俺は即答する。
「もしそんな事あったら大問題だ」
「そう」
神崎はそれ以上何も言わない。
だが、その言い方が妙に引っかかる。
まるで——
あると知っているみたいな。
「なんでそんな事聞くんだよ」
少しだけ強めに聞く。
神崎はゆっくりとこちらを見る。
そして——
「さっき、消えたから」
静かに言う。
一瞬、意味が理解できない。
「……は?」
「見てみれば分かるよ」
それだけ言って、神崎は教室の出口に向かって歩き出す。
止める間もない。
そのまま出ていく。
「おい、ちょっと待て——」
声をかけるが、返事は無い。
教室に静けさが戻る。
「……消えた?」
意味が分からない。
だが、嫌な予感がする。
俺はすぐにクラウドへアクセスする。
今日の記録。
昼休み。
神崎と話した内容。
さっきの会話——
「……無い」
思わず声が漏れる。
確かにアップしたはずだ。
いつもの癖で、些細な会話でも残している。
なのに——
一部だけ、抜けている。
まるでそこだけ切り取られたみたいに。
「なんだよこれ……」
心臓の音が少しだけ大きくなる。
こんな事は初めてだ。
クラウドは絶対じゃなかったのか。
それとも——
「……あいつ」
神崎の顔が浮かぶ。
あのタイミング。
あの言い方。
偶然とは思えない。
「……面倒どころじゃないな」
小さく呟く。
教室にはもう誰もいない。
窓の外は、完全に夕方の色になっていた。
そして俺は初めて思う。
この世界の前提が、崩れ始めているのかもしれないと。




