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存在ログの欠落

次の日。


朝の教室。


俺はいつも通り席に座っている。


……はずだ。


「優くん」


佐倉の声。


少しだけ早い。


「今日さ」


「……何だ」


返事をする。


ちゃんと声は出ている。


だが——


「え?」


佐倉が一瞬、止まる。


「……今、なんか言った?」


その一言で分かる。


「……聞こえてないのか」


小さく呟く。


「え、何?」


佐倉がこっちを見る。


視線は合っている。


だが、少しだけズレている。


焦点が合っていない。


「優くん?」


名前は出る。


認識はある。


だが——


「……返事が届いてない」


俺はもう一度言う。


「おはよう」


はっきりと。


声に出す。


「——」


佐倉は反応しない。


いや、正確には。


「……なんか変だよね」


独り言みたいに言う。


俺に向けてじゃない。


自分に言っている。


「優くん、今日遅いね」


その言葉。


一瞬、理解が遅れる。


「……は?」


俺は目の前にいる。


席に座っている。


なのに。


「……来てない扱いか」


背中が少し冷える。


「おかしいな」


佐倉が首を傾げる。


「いつもこの時間にはいるのに」


俺は手を上げる。


目の前で振る。


「見えてるか」


当然、返事はない。


「……段階が変わったな」


小さく呟く。


視覚の問題じゃない。


存在の扱い。


「ログか」


頭の中で整理する。


クラウド。


記録。


物理。


認識。


そして——


「存在」


人の中の“いるかどうか”。


そこに影響が出ている。


「優くん」


佐倉がもう一度名前を呼ぶ。


だが今度は——


「……」


少しだけ間がある。


「……あれ?」


違和感に気づき始めている。


「なんで私、名前呼んだんだっけ」


その言葉。


かなりまずい。


「……消え始めてるな」


俺は静かに言う。


今度は、名前すら曖昧になる。


「優くん……?」


小さく呟く。


だが、確信がない。


「いたよね……?」


声が弱い。


不安が混じっている。


「……いる」


俺は答える。


だが届かない。


「ここにいる」


それでも言う。


意味がなくても。


その時だった。


「いるよ」


別の声。


神崎だ。


教室の後ろ。


いつの間にか立っている。


「え?」


佐倉が振り向く。


「誰が?」


「優くん」


神崎が言う。


はっきりと。


迷いなく。


「そこにいる」


指をさす。


俺の方を。


佐倉がもう一度見る。


「……え」


止まる。


数秒。


「……あ」


小さく声が漏れる。


「いる」


今度は、はっきりと。


「優くん……いる」


視線が合う。


やっと。


「……見えたか」


俺は小さく呟く。


「今……いなかった」


佐倉が震える声で言う。


「空気みたいだった」


「そんな感じだな」


俺は頷く。


存在はある。


だが、認識されない。


「優くん!」


急に近づいてくる。


距離が一気に詰まる。


「大丈夫!?」


「大丈夫じゃないな」


正直に答える。


「でも、まだいる」


それは確かだ。


今は。


「さっき、ほんとに分からなかった」


佐倉が言う。


「名前は出たのに」


「そこに繋がらなかった」


「……ログの断絶だな」


俺は整理する。


「情報はある」


「でも、結びつかない」


それが今の状態。


「優くん、それ戻るの?」


「分からない」


即答する。


「でも——」


一度言葉を切る。


「進んでるのは確かだ」


段階が上がっている。


確実に。


「ねぇ」


神崎が静かに言う。


俺を見る。


「どう?」


その質問。


軽い。


だが意味は重い。


「想定通りだ」


俺は答える。


「認識の次は、存在の扱い」


神崎は少しだけ笑う。


「ほんとに、ちゃんと見てるね」


「だから言っただろ」


俺も少しだけ笑う。


「観測するって」


その瞬間。


「……っ」


一瞬、視界が揺れる。


自分の手。


見える。


だが——


「……またか」


少しだけ薄い。


さっきより。


「優くん?」


佐倉が反応する。


「今、ちょっと……」


「消えたな」


俺は答える。


冷静に。


もう慣れてきている。


「やめてよ……」


佐倉が小さく言う。


「ほんとに消えるって」


「まだ消えてない」


俺は言う。


「今はな」


その言葉。


自分でも少し引っかかる。


「……どこまで消えるんだろうな」


小さく呟く。


声は、ちゃんと出ている。


今は。


「優くん」


佐倉が名前を呼ぶ。


今度はちゃんと届く。


「ちゃんと覚えてるから」


真っ直ぐ言う。


「消えないで」


その言葉。


少しだけ、胸に残る。


「……分からないな」


正直に答える。


「でも」


一度だけ、息を吐く。


「最後まで見る」


それだけは変わらない。


教室の中。


三人いるはずなのに。


どこか不安定で。


どこか曖昧で。


「……次は何だ」


小さく呟く。


その問いだけが、やけに静かに残った。

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