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完全不可視の瞬間

放課後。


教室は静かだった。


人は、いない。


……いや、いる。


俺と佐倉と神崎。


そのはずだ。


「優くん」


佐倉の声。


「……何だ」


返事をする。


ちゃんと声は出ている。


だが——


「……」


反応がない。


「優くん?」


もう一度呼ぶ。


声は聞こえているはずだ。


距離も近い。


なのに。


「……やっぱりか」


小さく呟く。


段階が進んでいる。


「優くん、どこ?」


佐倉が立ち上がる。


周りを見る。


教室の中を見渡す。


俺のすぐ目の前にいるのに。


「……見えてないな」


俺は手を振る。


目の前で。


顔の前で。


「ここだ」


言う。


届かない。


「おかしいな……」


佐倉が歩き回る。


俺のすぐ横を通る。


肩が触れる距離。


だが、避けない。


ぶつからない。


「……干渉もできてないか」


小さく整理する。


視覚も、聴覚も。


触覚も。


全部、切れている。


「優くん……?」


声が少し震えている。


「どこ……?」


その言葉。


少しだけ、胸に引っかかる。


「……ここにいる」


言う。


意味がなくても。


その時だった。


「いるよ」


神崎の声。


静かに響く。


教室の後ろ。


いつもの位置。


「え?」


佐倉が振り向く。


「どこ?」


「そこ」


神崎が指をさす。


まっすぐに。


俺の位置。


佐倉が見る。


「……」


数秒。


何も言わない。


「……見えない」


小さく言う。


「何も」


その一言で確定する。


「……完全に切れたな」


俺は小さく呟く。


ついに来た。


認識されない状態。


完全な。


「優くんいないじゃん!」


佐倉の声が大きくなる。


「さっきまでいたのに!」


混乱している。


当然だ。


「優くん!」


何度も呼ぶ。


届かない。


「……一時的か」


俺は周りを見る。


世界は変わらない。


教室も、机も、窓も。


全部ある。


ただ——


「俺だけ抜けてる」


その感覚。


妙に静かだ。


「優くん」


神崎がこっちを見る。


「どう?」


その質問。


少しだけ笑う。


「面白いな」


正直な感想。


怖くないわけじゃない。


だが、それ以上に。


「完全に切り離された」


観測されない状態。


「戻れるのか」


俺は聞く。


神崎は少しだけ考える。


「戻るよ」


小さく言う。


「まだね」


その“まだ”。


やっぱり引っかかる。


「条件は?」


「あるよ」


神崎はあっさり言う。


「でも、言えない」


いつも通り。


だが今回は少し違う。


「言えないんじゃなくて」


俺は言う。


「言うと変わるんだろ」


神崎は少しだけ目を細める。


「……鋭いね」


肯定だ。


「観測で変わるタイプか」


俺は整理する。


「知ると進む」


「知らなければ止まる」


「そんな感じだ」


神崎は何も言わない。


だが、否定もしない。


「優くん……」


佐倉がその場に立ち尽くしている。


「どこ行ったの……」


小さく呟く。


その声。


少しだけ弱い。


「……聞こえてないか」


当然だ。


今は完全に切れている。


「……仕方ないな」


俺は一歩動く。


教室の前へ。


黒板の方へ。


チョークを取る。


「干渉できるか」


書く。


『ここにいる』


白い文字。


黒板に残る。


「……あ」


佐倉が反応する。


「何これ」


近づく。


「誰が書いたの……」


文字を見る。


そして——


「……優くん?」


名前が出る。


「いや、でも……」


混乱している。


当然だ。


見えない存在が、文字を残す。


「……繋がったな」


完全じゃない。


だが、一部。


「物理はまだ通る」


声は届かない。


姿も見えない。


だが、結果だけは残る。


「優くん?」


もう一度。


今度は少しだけ確信がある。


「いるの?」


俺はもう一度書く。


『いる』


短く。


はっきりと。


「……っ」


佐倉が息を呑む。


「いる……?」


やっと、繋がる。


直接じゃない。


だが、間接的に。


「……これが境界か」


俺は小さく呟く。


存在はある。


だが、直接は認識されない。


「ねぇ」


神崎が言う。


「そこ、楽しい?」


その質問。


少しだけ考える。


「……楽しくはないな」


正直に答える。


「でも、興味深い」


それは本当だ。


神崎は少しだけ笑う。


「優くんらしいね」


その時。


「……あれ」


佐倉が小さく声を出す。


「……見えた」


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


視線が合う。


「……戻ったか」


俺は小さく言う。


完全不可視。


そして、一時復帰。


「……周期か」


条件の一つ。


見えてきた。


「優くん!」


佐倉がすぐに近づく。


今度は、ちゃんと見えている。


「どこ行ってたの!?」


「ここにいた」


「いや、いなかったよ!」


「そうだな」


俺は頷く。


「いなかった扱いだった」


それが正しい。


「もうやだこれ……」


佐倉が頭を押さえる。


「意味分かんない」


「俺もだ」


だが——


「面白い」


小さく呟く。


その言葉に、佐倉がため息をつく。


「ほんとに変だよ優くん」


「知ってる」


俺は黒板を見る。


『ここにいる』


『いる』


文字は残っている。


消えていない。


今は。


「……次は何が消える」


小さく呟く。


声か。


存在か。


それとも——


「……全部か」


その問いだけが、静かに残った。

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