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観測者間の分岐

放課後。


教室には、もうほとんど人がいない。


窓の外は少しだけ赤くなっている。


俺は席に座ったまま、神崎を見ている。


さっきから、ずっとだ。


「優くん、まだやるの?」


佐倉が呆れたように言う。


「やる」


短く返す。


「これ、完全にやばい流れだよ」


「分かってる」


だが、止める気はない。


むしろ今が一番重要だ。


「なぁ佐倉」


「なに?」


「今、神崎どこにいる」


佐倉はすぐに視線を向ける。


「えっと……窓際」


同じだ。


問題ない。


「……動いたら教えろ」


「何それ怖い」


軽く笑うが、少し引いている。


俺は視線を固定する。


神崎はそこにいる。


動かない。


ただ外を見ている。


「優くん」


佐倉が少しだけ声を落とす。


「なんかさ」


「何だ」


「さっきより……ちょっと遠くない?」


「遠い?」


俺は目を細める。


距離は変わっていない。


見た目も同じだ。


「変わってないだろ」


「いや……なんていうか」


言葉を探している。


「存在感が薄いっていうか」


その表現。


妙にしっくりくる。


「……分かる」


俺は小さく呟く。


視界にはある。


だが、引っかからない。


意識しないと見失いそうになる。


「優くんも?」


「ああ」


ここまでは一致している。


まだ同じ側だ。


その時だった。


神崎が、ゆっくりと立ち上がる。


そしてこちらに歩いてくる。


足音は、ある。


姿も、ある。


だが——


「……薄いな」


思わず呟く。


「え?」


佐倉が反応する。


「普通だけど?」


その一言。


「……は?」


俺は佐倉を見る。


「普通?」


「うん」


即答。


「普通に歩いてきてるじゃん」


違う。


明らかに違う。


「……いや」


俺は神崎を見る。


輪郭が、少しだけ曖昧だ。


背景と混ざる。


一瞬、見失いそうになる。


「お前、ちゃんと見えてるのか」


「見えてるよ?」


佐倉が少し不安そうに言う。


「優くんの方が変だよ」


その言葉。


妙に重い。


「……ズレたか」


小さく呟く。


「何が?」


「認識」


俺は答える。


「お前と俺で」


佐倉の顔が固まる。


「え、それ……」


言葉が続かない。


その間に、神崎が目の前まで来る。


「優くん」


静かな声。


「見えてる?」


同じ質問。


だが、意味が違う。


「……見えてる」


俺は答える。


「でも、さっきより薄い」


神崎は少しだけ目を細める。


「そっか」


それだけ言う。


「佐倉」


俺は続ける。


「お前は?」


「普通」


即答。


「全然変わらない」


やっぱりだ。


「……分岐してるな」


観測者ごとに違う。


同じものを見ているはずなのに。


「優くん、それどういうこと?」


「簡単だ」


俺は神崎から目を離さない。


「見え方が違う」


「なんで?」


「分からない」


だが、原因は一つしかない。


「関わり方だ」


「関わり方?」


「どこまで観測してるか」


記録。


物理。


認識。


そこまで踏み込んだかどうか。


「……あ」


佐倉が小さく声を漏らす。


「私、そこまでやってない」


「だろうな」


だからズレる。


俺だけが深く踏み込んでいる。


「優くん」


神崎が静かに言う。


「進んでるね」


その言葉。


評価なのか、警告なのか分からない。


「止まらないのか」


俺は聞く。


神崎は少しだけ考える。


「止まれるよ」


小さく言う。


「戻れるなら」


その言い方。


妙に引っかかる。


「……戻る気はない」


俺は即答する。


神崎はほんの少しだけ笑う。


「だと思った」


その瞬間。


神崎の輪郭が、さらに薄くなる。


「……っ」


一瞬、焦点が合わなくなる。


「優くん?」


佐倉の声。


少し遠い。


「……いる」


目を凝らす。


神崎は、まだいる。


だが——


「やばいな」


小さく呟く。


これは進行している。


確実に。


「優くん、ほんとに大丈夫?」


「大丈夫じゃないな」


正直に答える。


だが、それでも。


「続ける」


止める理由にはならない。


むしろ逆だ。


「……どこまで行くか見たい」


自分でも分かっている。


これは正常じゃない。


だが、それ以上に。


「……境界だな」


小さく呟く。


見えるか、見えないか。


存在するか、しないか。


その境目。


「優くん」


佐倉が不安そうに言う。


「私、分からなくなってきた」


「何が」


「どっちが普通なのか」


その言葉。


少しだけ、重く響く。


「……どっちも普通じゃない」


俺は答える。


それだけは確かだ。


教室の中に、静かな違和感が広がる。


同じ場所にいるのに。


同じものを見ているのに。


もう、同じじゃない。


「……面白いな」


小さく呟く。


だがその声は、少しだけ乾いていた。

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