認識の不一致
昼休み。
教室はいつも通り騒がしい。
だが、俺の意識はずっと一つに向いている。
神崎。
さっきの言葉。
「ちゃんと覚えてて」
あれが引っかかって離れない。
「優くん、さっきからずっと見てるけど」
佐倉が呆れたように言う。
「気になるだけだ」
「気になるってレベルじゃないでしょ」
その通りだが、否定はしない。
俺は視線を外さない。
神崎は普通に過ごしている。
周りのやつと会話して、笑って。
どこにも違和感はない。
「……なぁ佐倉」
「なに?」
「今、神崎何してる」
「え?」
佐倉がそっちを見る。
「えっと……隣の子と話してるよ」
同じ認識だ。
問題ない。
「……声、聞こえるか」
「聞こえるよ?」
少し不思議そうに言う。
俺も同じだ。
ちゃんと聞こえる。
存在している。
今は。
「優くん、どうしたの」
「確認だ」
短く答える。
だが、内心では違う。
確認じゃない。
待っている。
変化を。
その時だった。
「ねぇ」
神崎がこちらを見ている。
いつの間にか、会話が止まっている。
「何してるの」
少しだけ首を傾げる。
「見てる」
俺はそのまま答える。
「ちゃんと」
神崎は少しだけ目を細める。
「……そう」
それだけ言う。
その瞬間。
——違和感。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
神崎の輪郭が、揺れた気がした。
「……今の」
思わず呟く。
「何?」
佐倉が反応する。
「いや……」
言葉に詰まる。
見間違いかもしれない。
だが——
「なぁ佐倉」
「なに?」
「今、あいつどう見える」
佐倉は怪訝そうな顔をする。
「どうって……普通だけど?」
やっぱりか。
「……そうか」
俺はもう一度見る。
神崎。
普通にいる。
問題ない。
だが、さっきの違和感は消えない。
「優くん」
神崎が立ち上がる。
そして、ゆっくりとこっちに歩いてくる。
「そんなに見られると、ちょっと困る」
静かな声。
「悪いな」
口ではそう言うが、視線は外さない。
「確認してるだけだ」
「何を?」
「お前のこと」
神崎は少しだけ考えるように視線を動かす。
「……ちゃんと見えてる?」
その質問。
一瞬、意味が分からない。
「見えてるだろ」
俺は答える。
「今はな」
神崎は少しだけ笑う。
あの、いつもの笑い。
「そっか」
短く言う。
その時だった。
「……あれ?」
佐倉が小さく声を漏らす。
「どうした」
俺はすぐに反応する。
「え、いや……」
佐倉が神崎を見る。
そして——
「今、一瞬……」
言葉を止める。
「何だよ」
「……気のせいかも」
そう言うが、表情は固い。
「何見た」
「なんか……」
うまく言えないらしい。
「薄くなったっていうか……」
やっぱりだ。
「お前もか」
俺は小さく呟く。
「え?」
「見えたんだな」
「……うん」
確信に変わる。
これは俺だけじゃない。
「……来てるな」
小さく呟く。
段階が進んでいる。
記録。
物理。
そして——
「認識」
人の感覚。
そこにも影響が出始めている。
「優くん、これやばいって」
佐倉の声が少し震える。
「さっき普通にいたのに」
「今もいる」
俺は神崎を見る。
神崎はそこにいる。
だが——
「安定してない」
小さく言う。
神崎はその言葉を聞いて、少しだけ視線を落とす。
「……見えてるね」
静かに言う。
「ちゃんと」
「どういう状態だ」
俺は聞く。
神崎はすぐには答えない。
数秒。
そして——
「ズレてるだけ」
小さく言う。
「何が」
「存在と、認識」
その言葉。
一瞬で理解できるほど簡単じゃない。
だが、直感的に分かる。
良くないやつだ。
「……それ、どうなる」
俺は続ける。
神崎は少しだけ考える。
「そのままだと」
一度言葉を切る。
「見えなくなるかもね」
軽い口調。
だが、内容は軽くない。
「……誰から」
思わず聞く。
神崎は答えない。
ただ、少しだけ笑う。
「帰るね」
それだけ言う。
まただ。
核心に触れたところで止まる。
「おい——」
呼び止める。
だが、神崎はそのまま歩いていく。
その背中を見ながら、俺は思う。
「……始まったな」
小さく呟く。
佐倉が不安そうにこっちを見る。
「優くん……どうするの」
「決まってる」
俺は視線を前に戻す。
「観測する」
逃げる理由はない。
むしろ逆だ。
「……消えるなら、その瞬間まで」
それを見届ける。
記録が消える。
物理が消える。
そして——
「認識も消えるなら」
その先がある。
多分。
「……最後は何だろうな」
小さく呟く。
誰にも聞こえないように。
だが、その問いだけは、やけに重く残った。




