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認識の欠落

次の日。


朝の教室。


俺は席に着くなり、昨日のノートを開く。


『知っている』


——消えている。


完全に、跡形もなく。


「……やっぱりな」


小さく呟く。


予想はしていた。


だが、実際に目にすると気分は良くない。


「優くんおはよー」


佐倉がいつもの調子で声をかけてくる。


「おはよう」


適当に返す。


「昨日のやつ、どうなった?」


「消えた」


短く答える。


「え」


佐倉が固まる。


「マジで?」


「見れば分かる」


俺はノートを少しだけずらす。


佐倉が覗き込む。


「……うわ」


声が小さくなる。


「ほんとに消えてる」


昨日、あれだけはっきり書いた文字。


その部分だけが、綺麗に抜けている。


「……ここだけだ」


他は残っている。


関連部分だけ。


「選別は続いてるな」


「やばいってこれ」


佐倉が少しだけ距離を取る。


「紙もダメってことじゃん」


「記録は全部対象だな」


クラウドでも、紙でも。


形式は関係ない。


「優くん、もうやめようよ」


珍しく、真面目な声。


「これ普通じゃない」


「最初から普通じゃない」


俺は即答する。


「今さらだ」


「そうだけど……」


佐倉は言葉を濁す。


だが、完全に止める気でもない。


「なぁ佐倉」


「なに?」


「昨日の内容、どこまで覚えてる」


「え?」


少し考える。


「えっと……神崎さんと話して」


「ノートに書いて」


「で、消えそうって話して……」


問題ない。


普通に覚えている。


「……抜けてる感じは?」


「ないよ」


即答。


違和感もないらしい。


「そっか」


ここまでは、これまでと同じだ。


記録だけが消える。


人の記憶は残る。


だが——


「優くん」


佐倉が少し不安そうに言う。


「これ、ずっと続くのかな」


「さぁな」


俺は短く答える。


だが、内心では違う。


一つ、気になることがある。


「……なぁ」


「なに?」


「神崎のこと、どう思う」


「どうって?」


「どんなやつだと思う」


佐倉は少しだけ考える。


「普通じゃないよね」


即答。


そこは一致している。


「あと……なんか、距離近い」


「距離?」


「うん、いつの間にか近くにいる感じ」


曖昧だが、分かる気はする。


「それだけか」


「それだけっていうか……」


言葉を探している。


「なんか、うまく説明できない」


その反応。


少しだけ引っかかる。


「優くんは?」


「……同じだ」


俺は視線を前に戻す。


神崎の席。


——いる。


普通に座っている。


昨日と同じ。


何も変わらない。


「……なぁ佐倉」


「なに?」


「今、あいつ見えてるよな」


「は?」


佐倉が怪訝な顔をする。


「何言ってんの」


「確認だ」


「見えてるよ」


即答。


「普通にいるじゃん」


指をさす。


同じ位置。


問題ない。


「……だよな」


俺は一度だけ息を吐く。


考えすぎかもしれない。


だが、念のためだ。


その時だった。


「ねぇ」


後ろから声がする。


振り返る。


神崎だ。


「何してるの」


いつも通りの声。


「確認だ」


俺はそのまま答える。


「何を?」


「お前のこと」


神崎は少しだけ首を傾げる。


「……変なの」


「知ってる」


俺は立ち上がる。


そして、神崎の方に一歩近づく。


「なぁ」


「何」


「お前、ちゃんと“いる”よな」


その言葉。


自分で言っていて、少しだけ違和感がある。


神崎は数秒だけ沈黙する。


「……どういう意味?」


「そのままだ」


俺は続ける。


「記録が消える」


「物理も消える」


「じゃあ次は何だって話だ」


神崎は俺を見る。


少しだけ、深く。


「……優くん」


静かな声。


「そこまで考えなくていいよ」


「よくない」


即答する。


「ここまで来て止まれない」


神崎は少しだけ視線を落とす。


そして——


「じゃあ、一つだけ」


小さく言う。


「何だよ」


「今日、私のこと——」


そこで一度言葉が止まる。


「ちゃんと覚えてて」


その言い方。


妙に引っかかる。


「……は?」


意味が分からない。


「どういう意味だ」


聞き返す。


神崎は答えない。


ただ、少しだけ笑う。


あの、ニヤリとした笑い。


「後で分かるよ」


それだけ言う。


またそれだ。


「おい——」


呼び止めるが、もう遅い。


神崎は自分の席に戻っている。


何事も無かったかのように。


「……なんだよそれ」


俺は小さく呟く。


「優くん」


佐倉が少し不安そうに言う。


「さっきの、ちょっと変じゃなかった?」


「変だな」


即答する。


「かなり」


だが、それ以上に。


「……覚えてて、か」


その言葉。


頭に残る。


記録は消える。


物理も消える。


なら——


「……記憶はどうなる」


小さく呟く。


佐倉が固まる。


「え、それ……」


「まだ分からない」


だが、可能性はある。


もしそこまで行くなら。


「……範囲が違うな」


俺は椅子に座り直す。


クラウドを開く。


ノートを見る。


そして、前を見る。


神崎は、そこにいる。


今は。


「……ちゃんと見とくか」


小さく呟く。


これが次の段階なら——


見逃すわけにはいかない。

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