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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第十話 「復讐のフィクサー」
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12.現金保管庫


 結局、あれから二日たったが、その後、犯人から電話はなく、亀井は報告書をまとめたり、警察に提出する資料を手配したりで、時間は過ぎて行った。


 最低あと一日は、会社で夜を明かさないといけないブラックシフトである。


 気が滅入るが、刑事たちも泊まり込みするので、我慢、我慢と思い込もうとしたが、刑事たちはしっかり交代するのに対し、こちらは専任担当(亀井)とその補佐(桃井)が、たった一人づつ。ちなみに桃井は、五時上がりである。


 重役たちは帰宅して、のほほんとしているのには心底腹がたつ。



 その一方、亀井は、桃井や大槻が自分のことを心配していた事を知り、世の中まだまだ捨てたもんじゃないと目頭を熱くした。


「係長、もう一息です。無理しないで頑張ってください」


 そう励まされ、保身に精を出す上司の記憶が薄まった。


 犯人は「三日ノ猶予ヲ与エル。コレガ最後通告デアル」と言った。もう電話はないだろう。


 後は警察の仕事である。

 亀井は張りつめていた精神を幾分弛緩させることができた。




 六時を過ぎた頃、私服の大槻が桃井を連れてやって来て、焼き鳥のお持ち帰りセットを差し入れてくれた。

 時々、大槻や同僚と一緒に行く焼き鳥屋。赤ちょうちんのアットホームな店である。

 亀井の好物、せせりとネギまが入っていた。


 大槻は、高そうな栄養ドリンクもくれた。高麗人参が入っているやつだ。

 申し訳なさそうな顔をしているのは、仕事が終わったからだろう。


 心配して来てくれただけで嬉しいのだが。



 大会議室の片隅で、亀井は、私服の大槻と桃井と一緒にノンアルコールビールを飲みながら、一昨日の出来事で話の花を咲かせた。


 電話番だった山本と大木刑事に、事件は未だ解決してないのに不謹慎だと叱られるかと思ったが、何も言われる事はなかった。

 息抜きは必要らしい。


 大槻は「一緒にどうですか」と刑事も誘ったが、二人は「折角だが」と丁寧に断った。


 ブラインドの空いた窓の外には、いつも通りの平和なネオンの光る夜景が見える。

 なんだかキャンプみたいに感じられて、亀井は楽しく感じられた。


「犯人に心当たりあります?」


 桃井が聞くと、亀井は頭を振った。


「電話の声は合成だったし、見当つかない」


 大槻が「会社の方はどうですか」と尋ねた。


「駄目ですね。何も決まりません。重役たちは根拠なく意見を垂れ流すだけで、まるっきり僕と警察任せですね。このままじゃ武田さんの身が危ないっていうのに」


「警察はどうするつもりでしょう」


 大槻が刑事たちに目を向けたが、刑事たちは聞こえていたようだが無視した




 突如、武田の携帯が鳴った。


 亀井は椅子から飛び上がった。

 刑事たちは跳ね起きると、激しく亀井を手で招き、ヘッドホンを取りながら録音機をオンにする。


 亀井が電話に跳んでいくのを見て、桃井は、目を丸くしていた大槻に「犯人?ですよね?」と尋ねた。


 亀井は、おそるおそる電話に出ると、今までと同じ無機質な声が聞こえてきた。


「今カラ保管シテアル現金ノ場所ヘ行ケ。追ッテ指示スル」


 電話が切れる。


 刑事の一人は本部に連絡し、もう一人は大槻に保管庫への入室の手配を要請すると、大槻はすぐさま部屋を出て行った。


 大槻は速歩でエレベーターに向かい、歩きながらスマホを取り出す。

 電源を入れた瞬間、着信でスマホが震えた。


 大槻は立ち止まり、怪訝な面持ちでそれを見つめた。

 非通知である。

 出ようとすると、切れた。


 大槻はスマホを眺めていたが、すぐに我に返ると、エレベーターに乗って保安センターへと向かった。





 二十階。

 二十畳ほどの殺風景な格納庫の中心には、十七個のジュラルミンケースが積み重ねられていた。

 その周りには備え付けのカメラ以外にも、複数のカメラやセンサーが設置されている。警備会社と警察により今回だけ設置されたものだ。


 白い壁紙の下はコンクリート製の壁。他には棚や荷物など何もない。


 大槻に先導されて入ると、亀井と二人の刑事はジュラルミンケースの前に立った。


「あのう、私も入っていいんですか」


 腰が引けた桃井がドアの外から中を覗く。

 セキュリティカードと鍵束を持った大槻は中から手招きした。


「桃井さんは補佐でしょう」


 桃井は、部屋に入ると亀井の傍に立った。


 五人でしばらく犯人からの電話を待っていると、ドアがノックされた。

 皆が顔を向ける。


 大槻が慎重にドアを開けると、立っていたのは、早乙女と氷室であった。





 氷室が口を開いた。


「皆様、申し訳ございません。先に謝らせていただきます」


 亀井たちは訳が分からない顔つきで、頭を下げる氷室を見つめた。


「実は、皆様をこちらにお呼びしたのは、わたくしでございます」


 大木が驚く。


「え? ちょっと待って下さい。本部にも確めましたけど、あの電話は犯人の携帯からでしたよ。それに、呼び出したって、なんでまた」


「お尋ねしたい事があったからでございます」


 氷室は静かに答えた。


「武田様の監禁場所でございます」


 亀井は慌てた。


「ちょちょちょっと、待って下さい。この中に犯人、いや、共犯者がいるって事ですか」


 亀井は、自分たちは疑われていたのかと、氷室を見つめた。


 大木が「確かに、そちらの桃井明代さんのお姉さんは、出間市幼児連続誘拐殺人事件の被害者のご遺族ですけど……」と言うと、桃井の顔は曇った。


 亀井はゆっくりと彼女に顔を向けた。


「本当?……」

「……だったら何ですか」桃井は冷たく言って目を背ける。

「い、いや、何でもない……」亀井も目を反らす。


 亀井は犯人からのメッセージを思い出した。


『偽善者には罰を、警察には試練を……時ノ関節ガ外レテイル……正サネバナラヌ……』


 復讐……。


 彼女は、そのために僕に近づいたのだろうか。

 一年前、渉外係に転属になり、真面目に仕事をこなす良い部下であった。可愛らしい後輩であり、デートを何度かして、これからいい感じの関係になりそうな子であった。それが……。


 大木が補足する。


「だからと言って、濡れ衣を着せるほど、警察は馬鹿じゃありません。彼女には、怪しい所はありませんでした。誘拐があった日の前からの行動はすべて把握してますが、誘拐に携わっていた行動も、犯人に連絡をとっていた形跡も皆無です。もちろん、他の職員の方もです」


 それを聞き、亀井は、早まった!と後悔した。


 たった今、彼女に疑いの目を向けてしまった。

 僕を心配して励ましてくれる子に。

 被害者の遺族というだけで彼女を疑うなんて最悪だ。


 ……疲れている……、そう、疲れているからだ……


 亀井は自己弁護に走ろうとしたが、すぐに思いとどまった。

 うちの会社の重役と一緒じゃないか…… 


 亀井は沈鬱な表情で「ごめん……」と、小さな声で謝ったが、桃井はそれを無視した。


「その質問は誰に対して、ですか?」


 大木刑事が氷室に尋ねると、彼は「はい」と答えて大槻の方に身体を向けた。





「大槻様、武田様の居場所、お聞かせくださいますか?」


 大槻は「ぼ、僕? い、いや、私?ですか」と目をパチクリさせると、少し考えてから、白くなりかけた頭をボリボリと掻いた。


「あのう、よく分かりませんが、私が知っているという根拠を、宜しければ、教えてくれますか」


「勿論でございます。それでは、ここからはプライバシーに関わりますので、大槻様だけ場所を変えて、というのは如何でございましょう」


「任意同行、ですか。そう、ですね、死ぬまでに一回くらい経験したいとも思っていましたが、尋問中に人権侵害される危険が、あ、いえ、すみません、刑事さんたちを疑っているのではなく、その、今までそういう事例があると言うか、気分を害してしまったら申し訳ないのですが……」


 早乙女が言う。


「気にしないでください。心配されるお気持ちは分かります。ただ、この場だと、皆様いらっしゃいますし、防犯カメラも、ビルに備え付けの物以外にも、警備会社や警察で臨時に設置したものもあります。すべて録画されていますが、よろしいですか?」


「構いません。その方が安心かもしれません。知られて困るプライバシーはないですから」


 大槻が答えると、桃井と亀井は他の部屋から折りたたみ椅子を運んで来て、ジュラルミンケースの周りに並べた。


 そして二人が部屋を出ようとすると、山本刑事に「待て」と呼び止められた。

 刑事は、亀井の持っている携帯に目をやった。


「犯人から電話があるかもしれん」


 大槻も頷くので、亀井は自分たちの椅子も用意した。


 皆が席に着くと、大槻は「それで、どうして私が武田さんの場所を知っていると言うのです」と氷室に尋ねた。







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