11.埴輪
張り込みをしていた湾岸署の刑事は、その日の朝、大麻所持が疑われる小集団を発見した。男たちが乗って来た車からスカンク臭を嗅いだためである。報告すると、何もしないで、そのまま見張りを継続するように命令された。
その後、本庁から続々とイカツイ刑事たちが署に集まってくる。黒スーツ、サングラス、パンチパーマ、柄シャツ、眉毛なし、いろんな刑事がやって来た。
それを湾岸署の柏木は腕を組んで見ていた。
「また横槍ね」
フンと鼻から息を吐く。
まだ若い女性。スリムだが、男たちに舐められないよう身体は十分鍛えてある。
その横に、飄々とした雰囲気の、頭の薄くなった刑事が立った。
「まあ、そう言いなさんな。仕事は奪い合いじゃない、助け合いだよ」
「その割に私たちには何も知らされないし。インフォームドコンセントがないのよ。ここは」
柏木は半眼する。
その時やって来た背の高い男が、「和久さん、どうも」と会釈をした。
頭の薄い刑事は「よっ」と片手を上げて挨拶すると、背の高い男は「ではまた」とだけ言って通り過ぎていく。
「……なんか、すごい迫力ですね。お知り合いですか」
「ん、ああ、彼、ここ出身。君の先輩だよ」
本庁の刑事が湾岸署出身と聞いて、柏木は表情を緩めた。
「どんな人なんです」
和久は懐かしそうに眼を細める。
「ん、彼は剣崎君、組織犯罪対策課のエースだった。兎に角、腕っぷしが強くてな、その辺のチンピラや暴力団からだけじゃなく、同僚からも恐れられてた。そのうち本庁の警備部に引き抜かれたが」
興味深げに聞く柏木に、和久は顔を寄せた。
「ここだけの話だがな、特殊部隊に入って活躍してたんだが、少し前に、傷害事件を起こしちまってな……、SITも喉から手が出るほど欲しがってた人材だったが、結局、特命課に転属させられてな」
「あの、もしかして、その傷害事件って、女性に性的暴行をしたボクシングチャンピオンを、空手で半殺しにしたって言う、あれ、ですか」
「そう、あれ。先に殴ったのは向こうさんだし、ヘビー級のプロボクサー相手じゃ生命にかかわるって、擁護する奴も結構いたがな、相手は有名人だし、半殺しは明らかに過剰防衛だったな」
「あの一緒の、茶髪の人は?」
剣崎の相棒のようだが、人の良さそうな青年が、はしゃいでいる。
「……知らねえな」
「なんか、チャラそうですね。大丈夫です?」
和久は、目つきを鋭くして声を落とした。
「見た目に騙されちゃいけねえよ。仮にも、海千山千の猛者の中から、あの剣崎の相棒に選ばれてるんだ。若く見えるが、奴さんもまた、ひとかどの漢なんだろう。舐めてると痛い目にあうぞ」
柏木は緊張し、ごくりと唾をのみ込む。
和久は少し間を置いてから、「なーんてな」と快活に笑った。
組犯課は大麻取引の情報をあらかじめ掴んでいた。
武田の安全を確認するために、ただちに現場を捜索すべきとの声も上がったが、そこに監禁されているとも限らず、誘拐については時間的猶予がまだあるので、とりあえず被疑者を大麻所持で逮捕してから、じっくり搾り上げれば良いと、取引の時間まで待つことになった。
取引の場は、張り込みをしていた倉庫から少し離れた、今は使われてない工場だった。周辺には廃材が積み重なっている。
午後三時、やって来たのは四人の外国人。その後、八人のヤクザ風の男たち。六人は派手なシャツでチンピラ風、二人だけシルクのジャケットを着て幹部らしく見えた。
全員工場に入って扉を閉めると、炎天下、隠れていた警官たちは鼠一匹逃げられないように、音もなく周りを取り囲んだ。
頃を見計らい、突入の号令とともに、完全装備のSITが突入した。ヤクザたちは蜘蛛の子を散らすように工場内で逃げまわったが、大した抵抗もなく、取り押さえられていった。
同時に人質を捜索するが、誰も発見できない。
一方、アジア系の外国人らしき男たちは、窓ガラスを割ってスタントマンのように外に飛び出た。四人は、大きな鉈のような幅広の刀を手にしている。
屋外、工場から距離を置いて取り囲んでいた警官の何人かは、思わず腰を抜かした。
偶然にも、四人の前には、一人、猫屋敷が立ちはだかっていた。
「危ない! 引いて!」
離れた所から柏木が叫ぶ。
だが、後ろ姿の猫屋敷は動かない。
猫屋敷を見た四人は、左右を見てから、彼に襲い掛かることなく裏手に向かって走った。
その時、先頭の男の刀を持つ腕が、鈍い音をたてて、肘からあらぬ方向に曲がり、その後ろの男が、身体を折って、口から何かを吐いて倒れた。
「取り囲め!」
叫んだのは、廃材の死角から現れた剣崎である。
剣崎は、喉めがけて刀を刺突してきた三人目を躱し、男の顔面に裏拳を打ち込む。男は首を捻じ切られるようにして倒れた。
さすまた持った警官たちは慌てて走り寄り、残った一人を確保する。
剣崎の足元でうずくまる男たちは容易く拘束されていった。
近づいた柏木は、白目をむいて大の字になった男をのぞき込む。
「生きてる?」
首が変な方向に向いていた。が、息はしている。
歩いて来た和久が、薄くなった自分の頭をなでた。
「あちゃあ、こりゃ、取り調べの前に病院に連れてかねえとな」
「すみません。和久さん、お手数おかけします」剣崎は頭を下げた。
「ん、いや、流石だねぇ。誰も怪我しなかったのが何よりだ」
剣崎は礼をすると、猫屋敷の方へ歩いて行き、彼と何やら話す。
「見たか」
和久が柏木に声をかける。
柏木は信じられない顔つきで、彼らの後ろ姿に目をやった。
「信じられません……。一瞬で三人を制圧するなんて。でも、あんな危ない真似……」
「確かに、たとえ格闘技のプロだってな、刃物を持った複数の敵と正面から戦うのはリスクが高すぎる。だがな、剣崎は強いが、無謀じゃねえよ。あいつが危なげなく闘えたのは不意をつけたからだ……。彼も凄いが、それよりもな、あの若いの、突然、刀を持った四人が窓から飛び出て来た時、微動だにしなかった。普通なら怯むか腰を抜かす。怯んだら襲われて当然だ。たとえ剣崎でも警戒態勢をとるだろう」
「そう、ですね」
「だが奴さん、まったく動じなかった。で、武器を持った四人の男を、剣崎の方に誘導しやがった。武器を持ったガイジンの犯罪者、興奮し勇猛果敢になった奴らを、無言で、立ってるだけで尻尾を巻かせた。それがどんな事か分かるか?」
柏木は、剣崎の強さばかりに意識が向いていたが、和久の話を聞き、はっと気づいた。
上手の猫は爪を隠す。
和久が言っていたのは、この事か。
そう理解した柏木は、自分と同じ年くらいの刑事に畏敬の念を覚えた。
喚き散らすヤクザたちが警官とともに工場から出て来て、続々とパトカーへと連行されていく。
「マッポが触るんじゃねえ!」
「黙って歩け!」
「わしらが何したんじゃ、ごらぁ」
「あの葉っぱは何だ! 違法薬物だろ」
「んな訳あるかい!」
「じゃあ何だ! 言ってみろ!」
「乾燥野菜じゃ!」
「あ? なにが乾燥野菜だ! あんな大量にどうする気だ!」
「村おこしの返礼品だよ!」
「はあ!?」
「ふるさと納税は殺るか殺られるかなんだよ!」
「ざけんな! 寝言はムショで言え!」
剣崎と猫屋敷は、騒然とした中、何もなかったかのように工場へと入って行く。
和久は、物思いに耽る柏木の背中を叩き、「なーんてな」と言ってニヤケた。
蒸し暑い工場内は、錆びついた古臭い機械と、スクラップゴミと埃だらけだった。
鑑識が、段ボール箱に入っているビニール袋の写真を撮っている。中には乾燥した葉がぎっしり詰まっている。
葉を簡易検査したが、すべて大麻の反応であった。
その横を剣崎と猫屋敷が歩く。
猫屋敷は剣崎に頭を下げていた。
「すんません! あまりにびっくりしたんで、固まっちゃったっす!」
剣崎は他の警官から離れた所へ行くと、猫屋敷に壁ドンし、怒気を孕んだ声で言った。
「いいか、新人、絶対に、生殺与奪の権を、犯人に委ねるな。猫みたいに驚いて固まるのはやめろ。そんな事が通用するなら、一課はいらない。奪うか奪われるかの時に主導権を握れない奴が、捜査する? 犯人を逮捕する? はっ」
「「笑止千万」」
猫屋敷が剣崎とハモると、剣崎は額に青筋をたて、猫屋敷のこめかみを両拳骨でグリグリした。
猫屋敷は本気で痛がりながら「反省してるっす! すんませんっす! ホントっす。もう絶対にしないっす!」と謝る。
「いいか、遊びじゃないんだ。二度とふざけるな」
剣崎が手を離すと、猫屋敷はこめかみを押さえながら「はいぃ……ふざけてないのにぃ……」と返事した。
剣崎は倉庫を物色しはじめ、「それにしても」と猫屋敷に目を向けた。
「なんすか?」
「お前、固まってた時、顔が埴輪みたいだったぞ」
「そうすか」
「かなり引いた」
猫屋敷は「はあ」と答え、首にぶら下げた電磁波測定器をオンにし、「それにしても」と剣崎に目を向けた。
「先輩が『破滅の競馬』知ってたなんて意外っす」
「知らねえよ」
「でも、あの富岡八幡婆のセリフ、覚えてるなんて」
「あ? なんだ、そのセリフってのは」
「あはっ、そんな、照れなくていいすよ。俺も富岡さん、大好きなんすよ。超嬉しいっす。馬の呼吸! 四十肩! 馬耳東風!」
猫屋敷が日本刀で切る真似をする。
「知らねえつってんだろ」
「あ、そうだ、じゃあ、今度いっしょに映画見行きましょうよ。DVD出たら、音声消して二人でアテレコするのどおす? 家行っていいすか?」
剣崎は指で目頭を押さえる。
そして首を振って天井を見上げた時、鉄骨の間に何かを見つけ、目を細めた。
捜査本部は、工場や倉庫から武田を発見できなかったと報告を受けて肩を落とした。
逮捕した指定暴力団組織、郷古会の構成員や、国籍不明の外国人を搾り上げ、また彼らのアジトを捜査したが、誘拐に関わっていた証拠は未だ見つかっていない。
事件が急転するのは、その次の日だった。




