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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第十話 「復讐のフィクサー」
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9.時の関節


 何も考えず、輸送車を見ながらソフトクリームを舐めていた早乙女は、携帯が鳴ると顔つきを変えた。科捜研からだった。


「警部、今いいですか」

「ええ」


「切断された指の爪を精査したんですが、出て来ましたよ。加害者の物だと思いますが、皮膚片です。切断時に抵抗して引っ搔いたんでしょうな。いやあ、大変でした。ガイシャの血液が爪の中で凝固して、その中に埋もれてましたから、警部に言われなきゃ、危うく見逃す所でしたよ」


「村瀬さんが見逃すわけないでしょう。それにしても早かったですね」

「無断列車並みのスピードだったと自負してます」

「え、なんです?」


「あいや、忘れてください。んで、DNA鑑定の結果ですが、なんとですね、二十五年前の、出間市幼児連続誘拐殺人事件に関わるDNAと一致する可能性があります」


「可能性?」


「ええ、ご存じの通り、当時はマルチプレックスSTR法を用いてなかったんで、MCT118のデータしかないんですよ。完全に合致するか鑑定したいんで、その事件の遺留資料が欲しいんですが」


「分かったわ。埼玉県警に確認して手配します」


 切ると、早乙女はすぐに剣崎に電話をかけた。






「本郷市民センターが封鎖されたみたいですよ」


 大槻が言うと、保安センターで寛いでいた高井と桃井は「え?」と声を上げた。


「大勢の警官に囲まれて、ネズミ一匹出られないみたいです」

「あのビルの警備もうちですよね、なんです、厄日ですか、いや、厄週ですか。いったい何が起こったんです?」


「聞いたけど、彼らも理由は知らされてないみたいです。僕、今日はもうちょっとで上がりですから、行って調べて来ます」


「ああ、僕も行きたいですけど、僕、今日は九時までだし……」


「動きがあったら、報告よろしくお願いします。桃井さんは、ここ残りますか?」

「はい、わたし、いちおう五時で退勤してますから、もう少し見ていきます」


「そうですか、夜勤が来るまで、高井さんと二人きりになりますが、彼、新婚で安全ですから心配しないでくださいね」

「はい」

「はいって、新婚じゃなくても安全ですよ」と高井は口を尖らす。


 大槻は時計を見てから、帽子を脱いだ。


「では六時、ですね。僕はドロンさせていただきます。お疲れさまでした」


 帽子を振って出て行く大槻に、高井と桃井は「お疲れ様でした」と声をかけた。


「大槻さん、元気ですね」と桃井。

「ほんとに、入院してたとは思えないくらいです」

「そうなんですか?」


「そうですよ、大槻さん、病気さえなかったら、幹部になってもおかしくない、何でもできる大ベテランですよ。今は、若手育成のために、あちこち警備受託先を回ってましてね、僕も色んな事教わりました」


 桃井は、「へえー」と言って、タブレットの地図上のマーカーを確認した。


 しばらくしてから、彼女は不意に口を開いた。


「ところで、ここ、どんな場所か知ってます?」


 高井は地図を確認する。


「ここ? 高速の橋? ですよね? どうしたんです?」

「……、いえ、別に……」


 言葉を濁す桃井の表情は、高井には確認できなかった。


 車が高速道路上で停止してから三十分。

 動きはまだない。






 本郷市民センターの出入り口は、表玄関一か所を除いて、地下鉄乗り入れ口、裏口、すべて封鎖されていた。


 表玄関が検問所になり、ビルを出る人間はそこで身分の確認と身体検査をされている。


 発信場所の三十階の防犯カメラが調べられ、犯人から電話があった時間、その場所にいた人物が三十人ほど二階に集められて調べられたが、誰も犯人の携帯電話を所持していなかった。


 処分したのだろうと、ビル中のゴミ箱やトイレが捜索されたが、まだ発見できない。


 刑事たちが話している。


「すでにビルを退館した可能性は?」

「まさか、三十階からエレベーターを使って下りても一分以上かかる。防犯カメラでも確認済みだ。あの時間、三十階にいた人間は、全員確保した」

「屋上から逃げたとか」

「ルパンや怪盗キッドじゃあるまいし……」


 電話があってから一時間以上経過し、今は六時を回った。窓の外は夕焼けに染まっている。


 餅柿は独り隠れ潜んでいる人物を探すため、三十階をくまなく歩いていた。首には弁当箱のような電磁波測定器をぶら下げている。


 そんな中、本部から犯人が再び電話を使ったと知らされた。


 餅柿は発信場所を聞いて耳を疑った。


 経由した基地局は、品川の小井ふ頭である。この場から二十キロは離れている。

 ビルは封鎖。

 犯人は、まだこの中にいるはずである。携帯もこの場に残っているはずである。


――なぜ? いったい、どうやって?


 彼は近くの椅子に腰をかけると、手を組んで静かに思案しはじめた。






 六時十七分。


 悪い予感しかなかった。


 亀井は、いつかかって来るか分からない電話がなった時、座席の上で飛び上がり、天井に頭をぶつけた。

 拍子で携帯を落としたが、隣の刑事がすかさず空中で取り上げた。

 それを受け取り、おそるおそる電話に出る。


 電話の向こうの声は無機質なものだったが、その内容は今までの素っ気ない指示ではなく、若干の時間差があったものの、会話が成立した。


『金ハ確認シタ。次ノ指令ヲ伝エル』



 橋を見守っている大木刑事はイヤホンでそれを聞き、


「確認したって! どうやって! 輸送車、誰も近づかなかった、ですよね!」


 と初老の刑事を見たが、山本は音声に集中している。



「待ってください。武田さんは生きてるんですか! 安否を確認させてください! じゃないと」と亀井。


『……生キテイル証拠ガ必要ナラ、マタ郵送スル』


 そう言われ、亀井は血まみれの指を思い出す。


「や、やめてください! それより武田さんと話をさせてください」


 無線で会話を聞いていた刑事たちは、動きを止める。

 声は、亀井の要求を無視した。


『……金ハ然ルベキ所ヘ分配シロ。三日ノ猶予ヲ与エル。コレガ最後通告デアル』


「ちょっと! 然るべき所ってどこです! 分配ってどういう意味です! 武田さんをどうするつもりです! なぜこんな事をするんです!」


「……時ノ関節ガ外レテイル、……正サネバナラヌ、……to be or not to be……、オ前タチ次第デアル……」


 電話が切れる。


 そして聞いていた刑事たちも「くそう! 次は殺されるぞ!」と切れた。



 金子警部は即座に指示を出して、輸送車を付け回し一般道で停車していた二台の車に乗っていた人物を確保させた。


 一人はヨンケイ新聞の女性記者であり、もう一人は写真週刊誌マフィンと契約しているフリーのカメラマンだった。

 その後、念入りに調べられたが、怪しい点は浮かび上がっていない。



 現金輸送車と亀井は会社に戻り、早乙女達刑事はいったん捜査本部に戻って、状況をまとめる事にした。






 帰ろうとしていた証拠品管理センターの副管理責任者は、東京から来た刑事に急な仕事を持ち込まれ、不機嫌だった。


「え、ないすか?」と猫屋敷は口を開けて、剣崎の顔色をうかがう。


「ないなら仕方ないすね、先輩」


 剣崎は冷ややかな目で、水色半袖の中年警官を見おろした。


「出間署から、こちらに移送されたのは裏がとれていますが」

「しつこいねえ。あーね、無いものは無いとしか言えないの。ご苦労さま、どーぞ、お引き取りを」


 なおざりに対応する警官。

 剣崎は、いきなり彼の胸倉をつかんだ。


「おい、あんた、俺たちを馬鹿にしてるのか」

「お、おい、君、ぼ、暴力か……」

「ああ? これか? ネクタイを直してやってるだけだ」


「先輩、駄目すよ。この人、ネクタイしてないすよ」猫屋敷は、あたふたする。


「じゃあ、お前の貸せ。巻いてやる」

「嫌すよ!」

「じゃあ、手錠にするか?」


 警官は、首に手錠をはめられるのを想像して顔色を青くした。


「だ、大問題だぞ、き、君の人生、お仕舞だぞ」

「先に終わるのは……、分かってるな」


 剣崎が顔を近づけると、警官は唾をのみ込んだ。


「殺人事件の証拠品を出せって言ってんだ。無い? ああ? 殺人の時効はもうないよな。永久保管が原則だろ。違うか? 違わないよな? 調べられると都合の悪いことでもあるのか? それとも紛失か? こっちの事件にも関係してるもんだ。これが本当の大問題だろ。あんただけじゃない。あんたの上官、それに本部長も責任取らされる。あんたの所為だ。おい、言ってる意味分かるか?」


 中年の刑事は小さく頷いた。


「いいか、三十分だけ待ってやる。それまでに見つけて持って来い。一秒でも遅れたら、分かるな?」


 ドスの効いた声で言うと、剣崎は中年警官を突き放した。


 警官は汗を垂らし、転げるようにして保管庫へ走って行く。


 猫屋敷は手背で口を隠し、「いいんすか? あの人、階級上すよ」と剣崎に囁いた。






 次の日の朝、小井ふ頭の片隅。


 薄暗い寂れた公園の木に隠れるようにして停められた車中では、刑事二人が張り込みをしていた。


 百メートルほど離れた場所には、雑草の中、廃棄されたコンテナあり、その脇には、錆びたトタン張の倉庫が立っている。近くには廃屋や、廃工場が多い。



 前日の夕方、犯人が電話をかけた基地局エリア付近には、湾岸署があり、即座に捜査の手が入った。市街地とは異なり、建物も人も少ない。


 通行するトラックを止め、エリア内にいた人間に職質した。が、犯人の携帯を持つ怪しい人物は発見できなかった。


 しかし、ある倉庫に目星が付けられた。所有者は外資系の企業である。組織犯罪対策課が以前からマークしていた建物であった。


 さっそく捜査官が尋ねたが留守。



 それ故、張り込みをしていたのだが、空が白みはじめたころ、一台のバンがその倉庫の前に停められた。中から四人の男たちが、微かな白煙とともに出てくる。


「おいっ」


 覆面パトカーの車中、刑事はウトウトしていたもう一人を小突く。


 四人はアジア系の顔つき、二十代から三十代だろうか。服装から見ると日本人らしくはない。

 彼らは大きな段ボール箱をいくつか、バンから倉庫へと運び入れた。


 四人が倉庫へ入って姿を消す。


 二人の刑事たちは車を降りて、慎重に倉庫に近づいて行った。






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