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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第十話 「復讐のフィクサー」
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7.待機


 山井里香宅の庭は雑草が生い茂り、落ち葉やゴミが散乱した小さな駐車場には、埃をかぶった年代物の軽自動車が停められていた。


 剣崎が呼び鈴を押しても反応はない。

 玄関には鍵がかかっている。


「いなさそおすねー」


 剣崎と猫屋敷はゴミの間をぬって家の周りを回る。窓にはカーテン。中は見えない。


「電気メーターの回転からみると、エアコンなどはつけてない。今、使ってるのは冷蔵庫くらいか。郵便受けからは新聞があふれていた。六日分以上ある。いない、と考えるか、あるいは……」


 猫屋敷は顔色を変え「し、死んでる?」と声をうわずらせた。


 剣崎は、ため息をついて県警と消防に連絡を入れる。


 猫屋敷は慌てて「近所、聞き込みして来るっス」と言って、小さな錆びついた門から飛び出て行った。





 早乙女達は土手の草むらに身を隠し、双眼鏡で輸送車を監視していたが、近づく車や船は全くない。


 三時一分になると、再び犯人から電話が入ったが、今回は音声ではなく、文字メールだった。


 イヤホンで内容を聞いた初老の刑事は不快感をあらわした。


「今度は、四時までに、11H、409に行けだと」

「あと一時間ないですよ」と大木刑事が焦る。


 早乙女は歩いてパトカーに戻りながら餅柿に電話をかけると、今回はすぐに繋がった。


「11H、409、ですか……」

「分かるかしら?」


「そう、ですね……、もしまた数字を表しているのなら、十進数以上の時には数字とアルファベットを組み合わせますが……」

「ええ」


 1から9の九つの数字を使い、十個目で位が上がるのが十進数である。

 また例えば、1から9の九つの数字と、aからzの二十六のアルファベット、計三十五個を用いて、三十六個目で位が上がるのが、36進数である。


「ラージエイチが入ってたのなら、……、44進数以上だと思います……。ですが、そのう、何進数かが確定しないと、可能性がたくさんあり過ぎて、正しい答えが何か、決めかねます。すみません、私には……」


 早乙女は、謝る餅柿に感謝して電話を切ると、山本刑事が口を開いた。


「一時間以内に車で移動できる場所だろうが、範囲が広すぎるな。ここからじゃ大磯ロングビーチにも行けちまう」


「金子警部は、機械部品の品番じゃないかって、とりあえず近くの機械部品工場に何人か向かわせようとしてますよ」と大木刑事。


「本部長は、早乙女警部の指示に従えとさ。どうする?」


 早乙女は険しい顔で顎をつまんだ。


 時計の針は容赦なく進む。

 11H、409とは何を指し示しているのか?

 何処に移動すれば良いのか?

 判断を誤るわけにはいかない。


 山本刑事は早乙女に静かに言う。


「刑事にとって大事なことは、簡単に決断しないことだ」


 早乙女は彼に目をやる。


「だが、もし、即断する必要に駆られた時は、捨てろ」

「捨てる?」


 初老の刑事は頷くと、ゆっくり「私心、そして、固定観念だ」と言った。


「そいつを捨てた決断であれば、結果はどうあれ、俺たちは常に味方だ。文句を言う奴は俺がとっちめてやるから安心しろ。仲間は命令を待ってる。だが、もし決断を下せないのなら……」


 帽子をかぶり日傘をさした氷室が早乙女に寄り添う。

 彼女は見上げると、氷室はやさしく微笑んだ。


 早乙女は山本を見る。

 そして決意したのか、おもむろに無線機に手を伸ばした。






 餅柿は、人があふれる川崎の繁華街を歩き、機械を設置するポイントを見繕っていた。


 私有地なら、管理者の許可を得なければならない。適当な場所を見つけても強制はできない。公共の場所だと許可が下りるまでに、やたらと時間がかかる。面倒なことだ。

 河西巡査と加藤巡査も暑い中、別行動で交渉を手伝い、何とか三つのうち二つの設置を済ませた時には三時を過ぎていた。


 餅柿は早乙女からの電話のあと、すぐに本部に問い合わせた。


 聞くと、犯人は先日とまったく同じ川崎の基地局を経由して電話をかけていた。


 つまり、今、このすぐ近くに犯人がいる。

 すでに、神奈川県警が捜査を始めているだろう。


 しかし、あと一歩早ければ……。

 最後の一つが設置していたら、発信のポイントを特定できたのに……。


 餅柿は表情を変えることなく悔しがった。


 その一方、特定の携帯端末の電波を測定する機器の設置は、犯人が同じ場所から電話をすることを前提にしており、ある意味、守株作戦であった。


 設置が完了した場所付近から再び電話をかければ、犯人の位置が分かる。

 まったく別の場所から電話をかければ、設置は無駄足に終わる。


 餅柿は次の機会に期待した。 


 ちなみに、犯人からの午前の電話は、これもまた先日と同じ、大手町の基地局経由。

 例によって、携帯の電源はすぐに切られ、別の基地局につながることはなかった。


 餅柿は歩きながら思案する。


 ひょっとして、犯人は適当に移動しているのではなく、拠点を持ち、そこから電話をかけているのでは……。

 同じ基地局だったことは、それで説明がつく。


 移動がなく、拠点ごとに複数の別の人間が、電話をかけている可能性は?

 ない。

 それでは同じ携帯端末を使用している理由が説明できない。

 しかし、なぜ、ここまで広範囲に移動するのか?

 捜査をかく乱するためだろうか?


 餅柿は、ビルの立ち並ぶ川崎の街を見回す。様々な看板が目に入る。多くの人が歩き、車が通行する。


 犯人が電話をかけたのは、今さっき、すぐ近く。

 この瞬間にも犯人が目の前にいるかもしれない。


 餅柿は考えながら、次の機械設置場所へと足を向けた。







 捜査本部は固唾をのんで犯人からの連絡を待っていた。


 期限の四時を過ぎて、もう一時間になろうとしているが、その後、何も音沙汰ない。


 早乙女の「移動しないで待機」の指示は間違っていたのではと、捜査員の中には「やはり不能だったか」と囁く者がいる。


「本部長、どうされますか」痩せ気味の主任官が耳打ちした。


「どうとは何だ。君は犯人が指定する場所が分かると言うのかね」谷垣が彼を見据える。


「い、いえ、そんなことは」彼は目をそらした。

「とにかく待て。その間、すべき事を進めておけ」


 主任官は、逃げるようにして、部下に指示を与えに戻っていく。


 谷垣は「俺の仕事は、現場の責任を取ることだ」と呟き、橋と現金輸送車の映し出されたモニターを眺めた。






「もう、どうなってるんですか。この会社、トラブル続きですね」


 警備員の高井は大量の汗をかいてハンカチで顔を拭いながら保安センターに戻って来た。後ろから大槻も入ってくる。


「おかえりなさい、大丈夫でした?」


 タブレットを監視していた桃井が振り返る。


「ええ、不審者の男なんですがね、小説を盗作されたって言いがかりで、ずっと喚いてましてね、捕まえようとしたら、あちこち逃げ回って、もう大変でしたよ。階段を上がったり下りたりで四頭筋がパンパンです。ははは」高井が答える。


「高さんばかり走らせてすみません」


 大槻が申し訳なさそうに手刀を切ると、高井は、


「ああ! すみません! そういうつもりじゃありません! 大槻さんは病み上がり何だから、気にしないでください! 運動して疲れるのは若人の特権ですから!」とペコペコ頭を下げた。


「お疲れさまでした」と微笑む桃井に、大槻は「あれから動きはありました?」と尋ねた。


「いえ、ずっと橋の上で動きません。って、わたし、仕事もしないで見張りって、係長がいないと、やる事もないんですけどね」桃井は舌をだす。


「喉、渇いたでしょ。何か買ってきますよ。何がいいですか?」


 大槻が訊くと、桃井は「あ、いえ、わたし買ってきます」と立ち上がった。


「あ、いいです、いいです。トイレのついでですから、その代わり、しっかり見張っていてください。お金は後でいただきますから」


「しっかりしてますね」と高井。

「僕、お金も友人も失いたくないんですよ」


 大槻が言うと、高井と桃井は、「大袈裟ですねえ」と笑った。


「じゃ、すいません。僕はコーラで」

「すみません、じゃあ、わたしは、ええと」

「ジャスミンティーですか?」

「え? あ、いえ、レモンティーありましたら……」

「大槻さん、推理、外れましたね」と高井。


 桃井はクスリと笑う。


「ははは、名探偵『弘法の猿』とお呼びください」


 大槻は、おどけて言うと、詰め所を出て行った。







 車中、胃薬をスポーツドリンクで流し込んだ亀井は、びくびくした顔で隣の中年刑事に目をやった。

 刑事は無言でハンドルを指で叩いている。


「なんでまだここにいるんです? 四時はとっくに過ぎてますよ。ねえ、聞いてます? ちょっと、刑事さん」


「その場で待機しろとの命令ですから」


「武田さんを助けたくないんですか! 犯人が待ってるかもしれないんですよ。殺されるかもしれないんですよ! まさか暗号が解けないんですか。どこ行くか分からないなんて言わないでしょうね」


「我々は待機です」


 刑事は無表情に言う。


 その時、再び武田の携帯が鳴った。亀井と刑事が携帯に目を向ける。

 時計を確認すると、四時五十八分。

 犯人から再びメールが届いている。


 亀井は、携帯と刑事を何度か見てから、覚悟を決めてそれを開いた。






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