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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第十話 「復讐のフィクサー」
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6.行列



 輸送車は急発進して談英社を飛び出した。


 覆面パトカーは赤い回転灯を付け、サイレンを鳴らして先導する。

 刑事たちを乗せた何台もの車がそれを追った。


 密かに尾行、などとは程遠い、賑やかな一大行列である。


 異様な光景に、歩道を歩く人々、行きかう車を運転する人々は、何事かと顔を向けた。


「高速使ってもギリギリだ」


 助手席の山本刑事は少しだけ首を動かして、後部座席の早乙女に目をやった。その隣には氷室が足を組み、優雅にすわっている。


 大行列は関越自動車道に入る。

 目的地には、すでに県警の捜査員も向かっていた。


「警部殿、場所は分かったが、そろそろ理由を教えてくれてもいいんじゃねえか」


 早乙女が「そうですね」と言うと、運転する大木刑事がすぐに電話に手を伸ばそうとしたが、初老の刑事は「いい」と言い、自分で本部長に電話をつないだ。





 十五分前。談英社、六階。


「あのう、分かりますか?」早乙女が上目遣いに氷室を見る。


 氷室は「さようでございますね」と腕を組み、顎を触った。



 3581 13931 3593 13963



「まず、思いつくのは座標、でございましょうか」

「ええ、緯度と経度ですね」


 離れた場所で、金子警部が「緯度と経度だぞー!」と叫んで、机に広げてある大きな地図に覆いかぶさるように凝視しはじめた。


「こちらだと十進法の記法でございますね。お書きしても?」


 山本刑事が頷くと、氷室は万年筆を取り出して、点を書き加えた。



 35.81 139.31 35.93 139.63



「北緯、35.81、35.93、および東経、139.63、139.31でございましょうか」


 金子警部は、十進法を六十進法に計算しなおし、地図に定規を使って線を書き加えると、大きな長方形が東京と埼玉をまたいで浮かび上がった。

 その時、早乙女の携帯がふるえた。餅柿からの電話だ。


「山手線より広い。あ……、ちょっと待てよ」


 金子は長方形に対角線を引くと、川越と所沢の中間あたりに交点できる。


 大木が嬉しそうに「警部! ここ! ここですよ!」叫ぶ。


「よおっし! 本部に連絡、出るぞ!」


 刑事たちが慌ただしく動き始める中、氷室が落ち着いた、そして良く通る声で言った。


「恐縮ではございますが、少々お待ちくださいませ」


 刑事たちは動きを止める。


「犯人は数字が『示さない』場所とおっしゃった、とお聞きしましたが。『示さない』とは、何でございましょう」


「うぐっ、そ、それはそうですけどね、時間がないんです。いずれにせよ座標の範囲は北西でしょう。ここじゃない。とりあえず今は出発するしかないでしょう」


 氷室が「しかし」と言ったところで、地図を見ながら餅柿と電話で話していた早乙女が顔を上げた。


「今すぐ出ましょう。時間がありません」


 金子警部が「ほら」という顔をすると、早乙女が続けた。


「場所が分かりました。でも、その交点じゃありません。もっと遠くです。間に合わないかもしれません。皆さん、早く、急いで! 移動しながら説明します」


 氷室は早乙女の目を見ると、彼女はひと言だけ言った。


「素数です」


 氷室は「あ、なるほど」とトンと掌を叩くと、部屋の出口に向かって、ひらりと身を翻した。






 急ぐ時の信号は赤い。


 現金輸送車の助手席に座る亀井は焦っていた。


 パトカーに先導され、いつもより多い赤信号を通過した。信号無視は五年前、救急車で運ばれた以来である。その時は急性胃炎だった。


 回転灯をまわしたパトカー行列をみた一般車は、普段の高速では見られないほどスピードを控え、追い越し車線から左へと移動しているので、現金輸送車はどんどん車を追い抜いて行った。


 しかし、もっとスピードを出すかと思いきや、メーターをのぞき込むと時速100キロ。普段の一般車と大差ない。


「もっとスピード出ないんですか」


 苛立ちを抑え、運転する中年の刑事に聞くと、刑事は「法定速度がありますから」と無表情に答えた。ハンドルを指でトントンと叩いているので、彼もやり切れないのだろう。


「それに、場所は合っているんですか?」

「私にはなんとも」と刑事は無愛想に答える。


 正しいと願う時の答えは、だいたい間違っている。

 事故が起きるのは、起きて欲しくない時か、それを忘れている時だけだ。


 世界とはそういうもの。ああ、不運だ。


 車中、亀井の貧乏ゆすりは止むことが無かった。






「四つの数字の共通点か?」


 初老の刑事が唸ると、早乙女は説明をつづけた。


「はい、はじめは、35や139などに数字に気を取られてしまいましたが、実は、他にも共通点があったんです」


 早乙女は電話で餅柿警部補に尋ねると、餅柿は一瞬で四つの数すべてが素数であることに気づいた。


「そして、これらの素数は連続したものではなかったんです」

「どういうことだ?」


「3581と3593、そして、13931と13963の間には、それぞれ、もう一つだけ、別の素数があったのです。それが、犯人が『示していない』数、3583と、13933です。つまり、北緯35.83、東経139.33。埼玉県出間市の吽岩うんがん橋です。そこが目的地だと考えられます」


「なるほどな」


 運転する大木刑事は「警部、さすがです、お見事です。今度こそ犯人たちを捕まえてみせましょう!」と息巻いた。


「橋が受け渡し場所か。しかし、出間川のあの辺りは」


「ええ、一級河川ですが水深が浅く、航行できるのは小型の船くらいですね。十六億の受け渡しに船を利用するとは思えません。仮に使ったとしても、出間川は荒川に、荒川は東京湾に流入します。逃げ切れるとは思えません」


 刑事は「だな」と頷く。


「なぜ、その場所を指定したのでございましょう」


 氷室が首をひねったが、誰もそれに答えられなかった。





 大槻は、保安センターにフレアスカートの女性を連れてきた。それを見て、モニター前の若い警備員は笑顔になった。


「ああ、桃井さん、お疲れ様です」

「高さん、いいですか?」と大槻。

「はあ、どうしたんです? トラブルですか?」


 大槻は顔を寄せると、声を潜めて「内密にできますか?」と訊く。


 高井は、年配の警備員と不安そうな女性を交互に見て、「いいですよ。もう、隅に置けないですねぇ」と、にやりと訳知り顔をした。


「誤解しないでくださいよ。亀井さんが心配で、どうしてるか気になるって言うから」


「ああ、亀井さん、僕も、すごく気になってたんですよね」


 女性は申し訳なさそうに、「あのう、いいんですか、私、ここに入って……」と小さな声で言う。


「臨機応変です、柔軟に、機動的に行動するのが、探偵ですから」

「僕ら警備員ですよね」


 高井は笑顔でツッコむ。

 大槻は、キャビネットから黒い頑丈そうなタブレット端末を取り出すと、パスコードを入力して操作する。すると画面に地図が表示された。


「ちょっと、大槻さん、なんでそのアクセス権、持ってるんですか!」


 大槻はしたり顔で「名探偵ですから」と答え、それを桃井に見せた。

 赤いピンが地図上を移動している。


「今は川越から南西に移動してるようですね」

「あのう、これは……」


「彼氏の所在地です。うちの車はすべてトラッキングできるんですよ」

「あ、あの、彼氏という訳じゃ……」

「初々しいですねー。結婚前、僕の奥様も……」


 警備員は、両掌に顎をのせて桃井を見つめる。


 大槻は「お二人とも、内密ですからね」と念を押した。






 吽岩うんがん橋は閑散としていた。


 小さな二車線の橋である。歩道はない。

 辺りは緑が多く、ぽつりぽつりと住宅がある。河原は砂利と生い茂る雑草。川面はギラギラと太陽の光を反射させていた。


 県警の捜査員たちが遠くの木陰から目立たないように監視し、いつでも周辺の道路を封鎖できるようにしていた。この暑さの中、川下りの木造船や川釣り用のボートは見当たらず、河川用の小型警備艇もまだ到着していない。


 現金輸送車を先導していたパトカーは、橋が見える前に回転灯を取り外し、川沿いに停車した。


 輸送車だけ吽岩橋の真ん中まで来ると、その端に寄せて停まった。周りには一台も車は見えない。


「二時五十一分、間に合いましたね」


 ずっと時計を見ていた亀井は独りごちる。運転席の刑事は鋭い目をして周囲に注意を払っていた。


 亀井も外を見て、腕時計を見る。少し窓を開けたが、風はなく蒸し暑かったので、すぐに閉めた。

 再び外を見まわし、誰も近づいて来ないのを確認して、また時計を見る。


 走行中は時間が滝のように速く感じられたが、三時を待つ間は時計の進みが異常に遅かった。


――また、すっぽかされることはないだろうか? 場所は本当に合っているのだろうか?


 びくびく思案しているうちに時計の針が三時を指し示した。


 外を見るが誰もいない。誰も近づく気配がない。


 心臓の鼓動が高まる。


 不安の極致に至ったとき、突如、亀井が握りしめていた武田の携帯が鳴った。






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