5.四つの数字
談英社の亀井を一人ほっぽり出し、ある刑事は腕を組んで唸り、別の刑事は携帯で熱心に話し、ある刑事は手帳にかかれた数字を睨みつけている。
「犯人から連絡があったのでは」
早乙女が、出動の準備をはじめていない刑事たちを見て尋ねると、山本刑事は「来たな」と言って、彼女に一枚の紙を差し出した。
「今日の三時までに金を持って、こいつが示さない場所へ来いとさ」
見ると、四つの数字が並んでいる。
3581 13931 3593 13963
「数字、ですね。他には?」
「これだけだ」
「私たちが手を引くようにとか、受け渡し時、尾行してはいけないとか……」
「何もない。次の指示は、そこで、またあるんだろうが」
「では、堂々と受け渡しの現場に臨めるということですか」と早乙女は信じられないといった顔をした。
「堂々できるかは分からんが、奴らは俺たちが関わっていると知った上で、そう言って来た」
他の刑事たちが呟いている。
「みごやい……いみくみい……、わからん!」
「ポケベルだと、そや うるわ そる ういちん?」
「英語に直すにはどうすんだ?」
突然、別の刑事が「これ漢字コードじゃないか!」と叫んだ。パソコンでシフトJISコード表を調べていたが、「ああ、アルファベットが入っている」と悔しがった。
「ユニコードはどうだ?」
「そいつもアルファベットが必要だ」
「数字をなんとか変換できねえか?」
「やってみる」
金子警部は「あと二時間切ってるぞ! 誰でもいい、はやく暗号を解いてくれ」と活を入れる。
「使われている数字は、135689、の六つですね……、『示さない』という条件が気になります……」
早乙女がそう言うと、金子警部は、はっとした表情で、「使ってない数字は、247だ!」と言って国道を調べると、場所は愛知県の名古屋から豊橋にわたる広い範囲であり、次に、郵便番号を調べると、神奈川県であることが分かり、そこから絞り込むことができずに、ふたたび険しい顔をして唸り始めた。
「頭の数字は、35と139で共通、末尾は1と3で共通してますね……」
「ほら、共通してるぞ! ヒントだ! ヒント! 害者の命がかかってると思って急げ!」金子は手を叩く。
「ところで……、犯人はどうしてこんな真似を」
「そこだ」
初老の刑事は早乙女の疑問を聞き、組んだ手に顎をのせた。
「金が欲しいのなら、受け取りの場所ははっきり言うはずだ。警察に手を引けと言ったって、今更後の祭りだし、それを要求しなかった奴らも、それは期待してないだろう。もし警察を撒きたいのなら、こんな真似はしねえ。これじゃあ、まるで……」
「挑戦……」
山本刑事の目が光る。
昨日受け取った『偽善者には罰を、警察には試練を』のメッセージを思い起こす。
「奴等、俺たちを試してやがる……。もしこれで犯人の要求する場に行けず、害者が殺されでもしたら……、警察が無能だから殺された、そう謂われるだろうな……」
金子警部は、それを聞いて、ますます顔色を変えた。
炎天下の中、餅柿は丸の内のビル屋上にいた。ある装置を高置水槽脇のアンテナの近くに設置し終えると屋上を離れ、エレベーターに乗った。
ビルから出ると、行き交う人をかき分けるように制服警官がふたり走り寄り、ビシッと敬礼をした。
「B地点、C地点とも設置完了であります!」
「どうも、ご苦労様です。では次に行きましょう」
「はっ!」
パトカーに向かって歩きながら、体格のいい一人の警官は、もう一人に尋ねた。
「あの機械、なんすか?」
寄り目の警官は「なああにいい!」と大声をあげて見得を切った。
広い歩道を行きかうビジネスマンたちが顔を向ける。
「お主! それも分からず、お手伝いしてたと申すか! 信じられん! まことに信じられん! 最初に言わなんだか!」
「ホンカンさん、何も説明しないで運転しろって、無理やり連れ出したんじゃないすか」
餅柿は車に乗り込みながら、「ただの電波の観測装置ですよ」と弱々しく言った。
「ただの、ではございませぬ! あれはゲイジツ作品であります! アートであります! 無駄を省いた設計! 既製品を利用した低コスト! いかにもジャンクらしき外観は、まさにスターウォーズ! ホンカンは男のロマンを感じたのであります! かとやん! 三角測量法を学べ! そして光栄に思うべし! こうべを垂れてつくばえ! 餅柿さんに平伏せよ!」
警官は「へえーっ」と立ったまま土下座するフリをした。
「河西巡査、申し訳ございません。そのくらいで。加藤巡査も助かります。先、急ぎましょうか」
餅柿が小さな声で言うと、二人は「はっ!」と答えて車に飛びこんだ。
体格のいい警官は運転席に乗り込むと、なぜ餅柿警部補が助手席に座り、ホンカンが後部座席に足を揃えて畏まっているのか、不思議に思った。
川崎に向かう途中、餅柿は、電波の測定のために一時的に電源を切っていた携帯電話をオンにすると、早乙女からの着信に気づいた。
「品川会、川目組、四代目梅酒組もおそらくシロか」
助手席に座っていた剣崎は、組犯課の友人からの電話を切ると、持っていた容疑者(組織)リストにチェックを入れた。
「絞られてきたっすね」
猫屋敷はハンドルを握って高速を走る。エアコンの効いた車内は、獄炎の屋外とは別世界である。
剣崎は窓に肘をもたれ、不機嫌に言った。
「なぜ俺たちなんだ」
「埼玉県警が連絡つかなかったからじゃないすか」
「離婚した相手とは別居してずっと会っていなかった。電話の履歴も、元妻とはしばらくはなかった」
「そうみたいすね」
「聞けることも少ないだろうし、状況の報告なら後回しでもいい。県警に全部任せたっていい」
「それもそうすね」
猫屋敷は、ちらちらと助手席に目をやる。前から緑色の案内標識が近づいて来る。
目的地は埼玉県米納市。山と川とゴルフ場の町である。
武田の元妻、山井里香はそこで一人暮らしをしているらしい。
武田も離婚前は、彼女とそこで暮らしていた。
とは言っても、通勤に不便であり、不規則な記者生活のため、たまに寝るだけに帰っていたらしい。
離婚後は武田が家を出て、世田谷区に居をかまえた。
「次の三芳でUターンします?」
剣崎は舌打ちして外に目を向けた。
「……行け」
「え?」
「……そのまま行け」
「え、なんすか? 戻るんじゃないすか?」
剣崎は無視する。
「実は、俺も我慢してたんすよねー。アンパン食べながら電話番して、逆探知するからもっと引き延ばせ!とか言いたいんすよ。そういうドラマみたいの憧れてたんすよね。いやあ、折角のチャンスすもんねー。先輩も一緒だったんすね。なんか意外す。親近感わいたって言うか、先輩も、かわいいとこあるすね」
「殺すぞ」
ドスの効いた声を聞き、猫屋敷は口にチャックする真似をした。
しばらく進み、また案内標識が近づいて来る。猫屋敷はおそるおそる言った。
「下りないすよ。そのまま行くすよ……」
反応しない剣崎。
猫屋敷は三芳パーキングエリアを通り過ぎながら、「なんで戻ったの?って聞かれたら、先輩に命令されたから、って言えたのになー。残念だなー」と呟いた。
「すみません、迎えの車を差し上げられなくて」
申し訳ない顔つきの早乙女に、氷室は涼し気な顔で、「いえ、こちらまで地下鉄で直ぐでございますから、お気になさらず」と微笑み、「それよりも」と続けた。
金子警部は「おおい、あと一時間四十五分だぞぉ!」と額に汗をかいている。
早乙女は「ええ、実は……」と、犯人の暗号を氷室に説明した。




