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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第十話 「復讐のフィクサー」
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4.捜査会議


「五日前、八月八日に脅迫状が郵便で届きました。これがコピーです」


 刑事たちが円形に並べた椅子に座る中、大木刑事が一人立ってファシリテートした。



『武田大地の身柄はあずかった。返してほしければ現金で十六億八千二百万円を用意しろ。受け渡し方法は、武田の社用携帯に、おって連絡する。警察にいえば身の安全は保障しない』



「筆跡は、ここの社員によれば、武田のものに酷似しているとのこと、鑑定にも出しましたが、ほぼ、彼の書いたものに間違いないようです。ちなみに、その日、武田の社用携帯は彼のデスクで充電中で、今はあちらです」


 大木は亀井の方に目をやった。


「誘拐犯に書かされたんすかね」と猫屋敷。


「投函したポストはいくつかに絞り込みましたが、近くに防犯カメラなどなく、人通りも多いため、投函した人物の特定はできてません。紙や封筒は分析中ですが、どちらも何処ででも買える大量生産品です。今のところ、特徴は発見できていません」


「武田の足取りを追いましたが、三日前、八月五日の深夜に退社、タクシー会社を片っ端から調べましたが、記録は見当たらず。世田谷区の自宅マンションには帰宅した形跡はありません。武田の個人携帯の位置情報を追跡しましたが、移動のルートとスピードを考えると、車で移動したと考えられます。おそらく帰る間に拐取され、自宅の近くで、携帯を壊されたか電源をオフにされたと思われます。五年前に離婚して現在一人暮らし、他に家族はなく、元妻とはまだ連絡がついていません。だいたい毎日遅くまで仕事。失踪前日にアパレルショップで服を買ったくらいで、ここ最近、特に変わった行動はありませんね」


「脅迫状が届いて二日後、八月十日、午前十一時十分、電話がありました」大木がレコーダーを再生させる。



『金ハ用意デキタカ……、できました、けど、あ、あの十六億円というのは、いくら何でも……、……今カラ金ヲ車ニ積ミ、十二時ニナッタラ、八王子ニ向カッテ出発シロ、マタ電話スル……、あの、ちょっと、待って! 武田さんは無事なんですか! 生きてるんですか!』



「ここで切れました。音声はボイスチェンジャーではなく、読み上げソフトでしょう。どのアプリを使ったかはまだ不明です。環境音はありません。非通知でしたが、発信元の電話番号はこちらです」


「アメリカの、番号ですか……」餅柿が声を漏らす。


「ええ、西海岸ですね。プリペイド式の携帯でしょう。それを国際ローミングしてますが、契約者を特定したところ、日本を一度も出た事のない老人でした。多重債務があり、名義貸しをしていたようですね。引き落とし口座も同様です」


「だから本部に組犯(組織犯罪対策課)の奴等が出張ってたのか」と剣崎。


 猫屋敷は「どういう事っス?」と尋ねると、餅柿が小さな声で「闇で売買された携帯でしょう。暴力団が、詐欺グループや海外マフィアなどに卸していると聞いてます」と教えた。


 大木が続ける。


「談英社は、東帝都綜合警備の現金輸送車両を借りうけ、談英社から亀井昇一名が、こちらからは谷本巡査長が一名同乗して、十二時に、この本社ビルを出発し、甲州街道を西に移動。捜査員三十名が覆面パトカーにて、その前後を遠巻きに監視、その後、八王子で犯人から電話があり、十六号線を北へ、また荒川近辺で電話がありました。ええと、言い忘れましたが、それらの発信場所は、四ページ目にあります」


「ええ! どこから電話をかけたか分かっちゃうんすか!」猫屋敷は驚いている。


「基地局の座標は、三か所、ですね……」と餅柿。


「ええ、いずれも同一の携帯で、電話をかける時だけ電源を入れて、通話後、すぐに切っていますね。賢い犯人です。移動しながら電話をしたんでしょう」


「その場所はどちらでございますか?」氷室が尋ねる。


「一回目は丸の内、それから本郷、あと川崎の繁華街ですね」


「おかしいわね」早乙女が顎を触って言った。「電話をかけた犯人は走行ルートから、かなり離れている……」


「ええ、それなのに、北上しろとか、的確な指示を出しています。見張り役と連絡役がいるんでしょうか」と餅柿。


「尾行していた車はねえな。だが、十六億要求する時点で複数犯だろう。一人じゃ、一億持って逃げるのも一苦労だ」


 初老の刑事は腕を組み、背もたれに深く寄り掛かった。


「その後、車は葛西臨海公園に辿り着くと、犯人からの連絡が途絶えました。深夜一時まで待つも音沙汰なく、その日は撤収です」


「警察に気づいたんスかね」


「その三日後、本日昼前、メッセージの書かれた紙片と切断された指が送り付けられてきました。指は指紋、血液、DNA等から武田大地の左小指と断定。対象物は自宅と職場から複数採取してあります。切断されてから二日、生活痕があることから、八月十一日には生きていたと考えられます」


「犯人はヤクザすかね。生きてるなら、ひと安心すね」


「分からねえぞ。切ったあと殺された可能性もある。警察が関わっていると気づかれたんだからな。平気でエンコを詰める奴等なら、いずれにせよ」


「命の危険が差し迫っている……」と早乙女。


 それを聞いて、一瞬、ほっとした猫屋敷は、顔色を青くした。


「メッセージは、やはり武田大地の筆跡ですね。筆跡を変えるとか、ごまかす気配は全くありませんでした。乱れもなく、血痕などがないため、指の切断前に書かされたものだと考えられます。内容はこちらです」



『偽善者には罰を、警察には試練を』



「どういうことっす?」猫屋敷が首をかしげる。


「警察に知らせたから、指を切ったってことでしょう」と大木。


「内容はこれだけでございますか?」


「ええ、他には何も。紙や封筒、ガーゼなどは大量生産品、ビニール袋も百均でも買えるものですね。追跡は難しいと思います。一応、分析に送りましたが、結果はまだ出ていません」


「さあ、警部、どうする? 犯人から次の電話を待つ以外、俺たちにできる事は」


 初老の刑事は早乙女を窺う。

 大木刑事がちらちらと目をやる中、早乙女は躊躇なく答えた。


「まずは証拠品、紙だけでなく、糊や付着した繊維や微量成分、指は血液成分、とくに爪の間に残されたものの分析をすすめます。また、指を切断したのなら、その治療を行う可能性がありますので、関東圏の病院、診療所に左小指を切断した患者が来なかったか調べる必要があります。また、海外のシンジケートが関わっている可能性があるので、停泊中の船の船医、あるいは闇医者なども……」


「わあった、おけ、OK牧場」


 すらすらと答える早乙女を、山本刑事は制止した。

 捜査の鬼の口から発出した『OK牧場』に、特殊犯の刑事たちは驚いたように顔を見合わせる。


「単なる金目あてだけじゃなく、恨みの線も完全には捨てられねえからな。その辺も調べとかねえとな」


 そう言って、彼が顔を向けた先の机の上は、山のように積み重なった『週刊マンデー』だった。


「とりあえず、四年分用意させた。隣の部屋には創刊以来三十年分を運ぶよう手配してある」


「そこから武田大地さんに叩かれた人物、暴力団などを洗い出すんですね」

「地道だぜ」

「望むところです」


 初老の刑事と早乙女は、ニヤリと不敵に笑った。





 フレアスカートの桃井は、段ボールをたたんで部屋の隅に積み重ねると、警備員の大槻に頭をさげた。


「ほんとすみません。とっても助かりました。運ぶの手伝ってくれるだけじゃなくて、箱から出して並べてくれるなんて」

「どういたしまして、女性が困っていたら誰だって助けますよ」


 机の上の雑誌を三十の山に揃え終えた大槻は、貴族っぽくお辞儀をしてほほ笑んだ。


「そんなことないですよ。英雄ひでおさ、あ、いえ亀井係長なんて、ぜんぜん気が利かなくて、わたし一人に運ぶの押し付けて」


「亀井さん、時々そうゆう所ありますからね」


「ほんとですよ! エレベーターで雪崩おこした時には、地下に他に誰もいなくて、ほんとに、どうしようかって思ってたんです。ま、そりゃ、事件で大変なのは分かるんですけど……、でも、なんで駆けつけてくれたんです?」


「僕、どうも、呼ばれてる気がしたんですよ」

「え?」


 大槻は間を置くと快活に笑った。


「なんてね。ただ階段にいた時、何かが崩れる音が微かに聞こえまして、その場所と状況を推理したわけです」

「大槻さん、名探偵ですね」

「僕、もともと探偵だったんですよ」

「そうだったんですか?」


「ええ、でも探偵とは言っても、長年、浮気調査とか身元調査とかばかりですよ。ちょっと入院する機会があったんで、これを機会に、配属を警備の方に回してもらいましてね。もともと経験ありましたし」


「制服に慣れてるので、なんか意外です」


「え、制服姿かっこ良すぎますか?」大槻はネクタイを締めなおす。


「あはは、言ってません、言ってません、大槻さん、おかしいっ、なんか、わたしの二周りも年上だなんて思えません」

「実は、僕、十七なんです」

「あー、やっぱりオジサンだ。そうゆう、つまらない嘘をつくのって、オジサンの証拠ですよ」

「おやおや、桃井さんも名探偵ですね」


 大槻がおどけて言うと、二人は一緒に笑った。


「失礼いたします」


 突然真後ろから声がかかり、女性は「ひゃ!」と声を上げた。高鳴る胸を抑えて振り返ると、部屋入り口には、品のあるロマンスグレーの老人が立っていた。


「こちらの雑誌、もう拝見しても宜しいですか?」

「あ、ええと、警察の方ですよね」

「はい、氷室と申します」


 女性が首肯すると、老人は微笑んで、雑誌の山に目を向けた。


 一番上の一冊、やや色褪せた表紙には、『宮崎アリエルAV出演の過去!』『悪女! 幼児誘拐殺人犯の猟奇的生活!』などの見出しがある。

 他にも、芸能人の不倫や、薬物使用などのスクープが並んでいた。


「それから、もし宜しければ、少々お話をお聞きしたいのですが」


 紳士に優しい目を向けられ、桃井は大槻と顔を見合わせてから、慎重に頷いた。







 犯人から再び電話が来たのは、その明くる日、八月十四日の昼前だった。


「犯人は何考えてやがる!」


 科捜研から急いで戻って来た早乙女は、めずらしく狼狽えた様子の刑事たちを目撃した。




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