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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第十話 「復讐のフィクサー」
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3.伝説の刑事



 談英社の新本社ビルは、2005年に竣工され、レンガとガラスを多用した二十九階建ての高層ビルである。


 近代的な開放感ある玄関を入って正面、受付の裏に保安センターがある。


 三十四年前――当時は古風な建物だったが――、コメディアンの「ひろし軍団」に編集部が襲撃されたことで、談英社の防犯体制が強化された。


 襲撃の原因というのは、週刊マンデーの記者が過激な取材により、リーダーひろしの交際相手、二十三歳の女性に大けがを負わせたことによる。


 ひろし軍団は抗議するために押しかけたが、なんの謝罪もなく、副編集長が「俺は空手の経験がある、帰れ」と煽ったため、暴動に発展してしまった。


 ひろしには執行猶予の付く懲役刑の判決が下され、彼は一年間芸能活動を自粛することになった。


 談英社は「言論・出版の自由を脅かす暴挙に対して、断固たる態度で臨む」と戦う姿勢を明確にあらわした。


 現在では、従業員やゲストは、セキュリティカードによって、立ち入る場所が厳重に管理されている。




 ネクタイを締めなおしながら、詰め所に入って来た白髪交じりの警備員は、モニター前に座っていた若い同僚に声をかけた。


「やあ、高さん、おはようございます。その顔つきだと、奥さん、順調みたいですね」


 若い警備員は相好を崩した。


「おはようございます、おかげさまで、なんだか実家で羽をのばしてるみたいです。うちのアパートより居心地いいし、心配しないで一日に何度も電話してこなくていいって言われると、ちょっとショックでしたけどね」


 大槻は「ははは、それはショックでしたね。ま、幸せそうで何よりです。とりあえず、今日もお仕事、頑張りましょうか」とまなじりを下げる。

 そしてキャビネットから連絡ノートを手に取ると、真剣な顔つきに変わった。


「ところで、進展はありましたか」

「いえ……、特になにも、もしかしたら、警察はなにか掴んでるかもしれませんけど」

「あれから三日‥……、無事だといいんですが」

「そうですね、それにしても亀井さんも災難ですね。あれからずっと泊まり込みですもん。僕らはいつも通り夜勤と交代できるからいいですけど」


 亀井とは会社のトラブルで一緒になる機会が多い。ときどき居酒屋で一杯やる間柄である。

 大槻は、本当に申し訳ない顔つきで「確かに」と言った。


「現金に異常はありませんか」


 ビルの上層、特にセキュリティレベルの高い階の格納庫に、十七個のジュラルミンケースを保管してある。厳重な防犯システムにより、ここだけではなく本社でも二十四時間監視されている。

 犯人の要求にすぐに応えられるように、大槻がそれを主導した。


「ええ、問題ありません」


 身代金の受け渡しの前に盗難にでもあったら大問題である。

 大勢の首が飛ぶだけでなく、被害者の生命も危うくなる。


 大槻は頷く。


「あの……、ところで、大槻さんが手配した現金輸送車、あれ、今もずっとここにありますけど、いいんですか。他でも使うんじゃ?」

「ああ……、あれ、大丈夫ですよ、事件解決まで貸し切りです。専務の許可は下りてますから」

「ああ、あの警察から天下りした方でしたっけ。なら、いいですけど」


 大槻は「ここだけの話……」と、いたずらっぽく目を細めた。


「事故で修理したばかりの予備車両ですから。あれは何かあって保険金が下りる方がお得なんですよ」


 高井は「ああー」と納得したように言った。


「さすが、もと探偵ですね。僕、そこまで考えませんでした」


 大槻は「探偵は関係ないですよ」と笑ってノートを閉じ、「さて、見回りに行ってきますか」と、帽子を被りなおした。


 高井は「もし亀井さんにお会いしたら、頑張ってとお伝えください」と声をかけた。





 大会議室では、氷室が魔法瓶でもってきたコーヒーを皆に振舞っていた。甘い香りによって、ピリピリした部屋の雰囲気は、だいぶ和らいでいた。


 部屋の中はあちこちパーティーションで区切られて、仮眠場所には畳んだ毛布がいくつか積み上げられてある。部屋の隅には大きなゴミ袋が三つ、分別用に並んでいる。


 髭をそって着替えた亀井は、いくぶん元気を回復し、窓際の席に座って氷室と会話していた。

 外には本郷市民センターの展望台や後楽園が見える。


「わが社はですね、『破滅の競馬』が大ヒットしまして、今期の売り上げが、前年比八倍、二百億を見込んでまして……」


「俺、映画見たっす! あれ面白かったっす!」


 猫屋敷が言うと亀井は微笑んだ。


「破滅の競馬とは?」氷室が尋ねる。


「ええ! 氷室さん、知らないんすか! 今もう大ブームのマンガっすよ。ほら、ええとっすね、平安時代からつづく馬狩りの老婆隊が、馬を集めて競走馬にしたてて、G1制覇をめざすんすけど、鬼仏事きぶつじ無断むだんていう悪役が、それはもう自分勝手で、競馬で馬しか走れないのは差別だって言って、無断でルールを変えて、チータとか象とかでレースをするっていう、もうスゴイ話なんす! この夏の映画だと、芝コースに無断で線路を引いて、機関車と馬を競走させるっていう『無断列車編』がもう最高に燃えたっす!」


「さようでございますか、それは楽しそうでございますね」


 初老の刑事が離れた所で、うるさそうに「ったく、ヒットする理由が分らんな」と呟いている。


「そおっすよ! 絶対見た方がいいすよ!」

「落ち着きましたらチケットをお送りします」


 亀井が言うと、氷室は「それはありがとうございます」と会釈する。


「ところで、『週刊マンデー』と言うのは?」


「あ、マンデー(Manday)はですね、第一事業局の写真週刊誌です。1984年創刊です。他社さんの、マフィン(Muffin)、モアプレイボーイ(More-playboy)と並ぶ代表的な週刊誌で、スリーエム(3M)って呼ばれてます」


 氷室は微かに眉を八の字にした。


「武田大地様は、編集長をされていたと」

「ええ」

「今まで、このようなことはございましたか?」

「もちろん初めてですよ。誘拐は、ですが……。クレームや訴訟は数えきれないほどありますけど」


「ヤクザとか乗り込んでくることあるんすか!」猫屋敷はわくわくした目で尋ねる。


「今時そんな事ありませんよ。弁護士を通じて慰謝料とか損賠賠償とか……ですかね、まあ、その弁護士と言うのも、こうですがね」


 亀井はそう言って、頬を指で切る真似をした。


「一応、トラブルは、会社を通じてのものなら全て把握しているつもりです。陰で個人的に、っていうのまでは分かりませんけど、今、資料をまとめさせていますので、後でお渡しします」


 氷室は武田について尋ねる。


「ええと、そうですね。四年前に編集長になりましたけど、それまでは記者として最前線でマンデーを支えていたと聞いてます。何度もスクープをものにして、賞を取った事もありますよ」


「失礼ですが、恨みを買われるようなことは?」


 亀井は言いにくそうに、一瞬、間を置いた。


「同僚からはないと思いますが……、ただ、ある意味、あの人たちは恨みを買うことが勲章みたいに思っているふしがありまして……、言論や表現の自由を守り、真実を明らかにすれば、誰かしらの恨みを買って当然だと……、私たち営業畑の人間からしたら、取材の道義も守って欲しいのですけど」


 亀井は乾いた声で笑った。

 猫屋敷は思い出したように言った。


「あ、そうだ、ここ、たしか、『AIテクノロジー』も発行してたすよね」

「ええとあれは、第三事業局の雑誌ですね。どうかしましたか?」


「氷室さん、そこの記者と、以前、事件で会ったって」

「それはそれは、どなたです? あそこは入れ替わりが激しいから、まだいるかな?」


 亀井が興味深げに訊く。


 猫屋敷は「記者の山田さんす。今は檻の中すよ」と言って、亀井の表情をこわばらせた。






「だから本部で控えていてくださいと頼んでいるでしょう」


 捜査本部から戻った金子警部が、談英社の会議室に入って来た。

 その後ろから早乙女や不可能犯罪係の面々が続いて来る。


「こちらも仕事なんです」早乙女は毅然とした態度で答える。


「今それどころじゃないんです。だだでさえ、我々に通報したことがばれて、害者の指が切断されたんですよ。分かってます?」


「被害を最小限にするために、私たちに声が掛ったのではありませんか。それに、本部長だって、おっしゃっていたでしょう」


「あれは、協力して上手くやってくれって言っただけでしょう。だから本部で控えていて欲しいんです。大勢の警官がここにいると犯人を刺激する可能性もあります」


「住宅じゃあるまいし、このビルは一日に何人出入りするんですか、数百人のうち私たち数人増えたところで何の問題があるんです」


 奥で、亀井と話していた猫屋敷が早乙女を見かけて手を振る。


「見た目だって分からないっすよー! 女の人は小奇麗で、男はむさくるしいっす。警官も記者もおんなじっス!」


「はっきり言いましょう、邪魔なんです、捜査妨害になるって言ってるんです。はあ、もう、山さん、山さんからも何とか言ってくださいよ」


 金子はアンパンを齧っていた初老の刑事に泣きついた。彼は、ため息をつくと、じろりと早乙女に目を向けた。


「ああ、嬢ちゃん、ここはな、言ってみりゃ戦場の最前線だ。素人の遊び場じゃ……」


 そこまで言った時、早乙女は目を輝かせ、勢いよく彼の元に走り寄った。


「伝説の山さん! あの山本磯五郎刑事ですか!」


 胸を両手で抑えて突進してくる早乙女に、刑事は思わず椅子にのけ反り「ん、ああ……」と言葉を詰まらせた。


「赤城女子大生連続誘拐事件、闇友信金OL誘拐殺人事件、籠目市幼児誘拐事件……、数えきれないほどの難事件を、誰よりも歩き、誰よりも情熱的に、些細な証拠から犯人に辿り着き、見事解決に導いた、あの山さん、あの捜査の鬼ですね!」


「あ……、ああ? 鬼ぃ?」


「葉山海彦長女誘拐事件では、有名人になって娘を誘拐されるのが悪いと、被害者の俳優を責めた記者をぶん殴りましたよね! わたし、子供のころそれを聞いて、スカッとしました。光栄です! あ、あの、宜しければ、その、握手していただけますか」


 おそるおそる手を差し出す早乙女。

 刑事は「お、おう」と言って彼女と握手をした。

「きゃー」と喜ぶ早乙女。


 金子警部は「山さん、いいから、そんなことより、彼女を説得してくれよ」と口を出す。


「あ? ああ、そうか、嬢、いや、えー、あの、早乙女警部、誘拐事件に携わったことは?」

「合衆国で五回ほど」

「日本は?」

「いえ、まだです」


 初老の刑事は少し考えてから、早乙女の肩にポンと手をやった。


「よおし、分かった、俺が、日本の誘拐捜査のイロハってもんを叩きこんでやる。俺から離れず、よく学びな」


 早乙女は「はい!」と嬉しそうに返事する。


 他の刑事たちは、ほくほく顔の刑事を見て、「山さん、こんなにチョロかったっけ?」と顔を見合わせた。




 刑事たちは、亀井と二人の刑事を電話番に残し、一角に集まると、これまでの情報をすり合わせることにした。





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