2-11 アンゲル ヘイゼル 男子寮の部屋
「おおーようやくご帰還か、エンジェル氏」
アンゲルが部屋に戻ると、ヘイゼルがソファーを占拠して新聞を広げていた。
時刻はすでに夜中の1時。
「ここは俺の部屋だろ!?」
「またそれか。いいかげん慣れろよ。ソファーがあるんだから憩いの場でもあるのさ」
「おい……」アンゲルがヘイゼルに詰め寄った「前も言ったけどな、俺はイシュハに勉強しに来たんだ。遊びに来たわけでも、のんびり憩いにきたわけでもない!」
「まあ怒るな、怒るな」ヘイゼルがふざけた声を出した「今日は俺だって大変だったんだぞ?エブニーザをいろんなところに案内してだな」
「案内じゃないだろ?連れ回したんだろ?お前の事だからな!」
「人聞きが悪いな」
「そういえば、コミュニティで変なうわさを聞いたぞ」アンゲルは言うべきか迷ったが、聞いてみることにした「前のルームメイトをサンドバッグ代わりにしたそうじゃないか」
「ああ、あれか」ヘイゼルはつまらなさそうにそっぽを向いた「あれはあいつがとんでもないバカだったからさ」
「そんな理由で人を殴るなよ!」
「まあまあ、そんなのはあくまで昔の話だろ?確かに去年の俺はひどい奴だった。被害総額は計り知れない。でも今年は違うさ」
「何が違うんだよ」
「色々あったんだよ、シュタイナー爺さんのところでな」ヘイゼルが右手の人差し指を立てて、振った「エブニーザに出会うまで、俺の辞書には『同情』とか『配慮』っていう言葉がなかったんだよ」
「……今もないだろ?」
「まあまあまあ……」
ヘイゼルが、出て行こうとしたアンゲルをにこやかに止めた。
「あいつに出会って初めて『世の中には、誰かがなんとかしてやらないとどうにもならないかわいそうな人間がいる』ということに気がついたわけだ。それまでは、周りの連中はみんなクズだと思ってたよ」
「……今でも思ってるだろ?」
アンゲルは、今までのヘイゼルの言動をひととおり思い出してみたが、そのどれからも、人を小馬鹿にしたような印象しか得られなかった。
「思ってるけど、質が変わったんだ。説明しにくいが……まあ、安心したまえ。エブニーザとエンジェル氏は殴らない。約束しよう」
「エンジェル氏って呼ぶのやめろ、ティッシュファントム」
「ティッシュファントムじゃない!シュッティファントだ!」
ヘイゼルがまた例のすさまじい怒鳴り声を発して、アンゲルの胸ぐらをつかんだ。興奮で目の血管が浮き上がっている。
「だったら俺のこともエンジェルって言うな!」アンゲルはもがきながらも、同じくらいの大声で言い返した「怒鳴るのもやめろ!耳がおかしくなる!」
「何の騒ぎ……あ!」部屋からエブニーザが出てきた「何やってるんですか!」
「あー心配ない、心配ない」ヘイゼルが急に力を抜いてアンゲルを床に放り出した「ちょっとした権力闘争だ。もう終わった」
「何が権力闘争だ!?」アンゲルが床に転がりながらわめいた「ここは俺の部屋だぞ!」
「まーだそんなこと言ってんのか?」
ヘイゼルが呆れた顔で、床に転がっているアンゲルを見おろした。
「あのー」エブニーザがおずおずと言いだした「やっぱり僕の部屋を使ったら……」
「ダメ!」
「許さん!」
アンゲルとヘイゼルが同時に叫んだ。エブニーザは困惑の顔で瞬きした。




