2-12 フランシス ヘイゼルに電話
同じ日、エレノアの機嫌を取りたいフランシスが、めずらしく自分からヘイゼルに電話をかけようとしていた。
確か、ヘイゼルと一緒にいた男が気になるって言ってたわね。
エレノア本人が『出て行かない』と言っているにもかかわらず、フランシスは怯えていた。何かエレノアの気を引くようなことをしないと、またルームメイトを失うかもしれない。そしてあの悪しきヘイゼルが『ルームメイトその36!』とか叫ぶのを聞かなければいけなくなるのだ。それだけはどうしても避けたい。
『おやおや、ご令嬢自らお電話とは、台風でも近付いてるのかね?』
ヘイゼルのふざけた声が聞こえてきた。いつもならここで怒鳴り散らして受話器を置くところだが、そういうわけにはいかない。
「あんたが管轄区から連れてきた男について知りたいんだけど」
『は?ああ、エブニーザ?そんなこと聞いてどうするのかね』
「あんたのことだから、どうせ何かに利用するために連れ回してるんでしょ?どういう使い方をしてるわけ?シュタイナーと関係があるって本当なの?」
『なぜそんなことが気になるのかな?』
「うちだってシュタイナーとは取引があるのよ!」フランシスはイラついた声で叫んだ「聞いちゃ悪い?」
『あいつはかわいそうな奴なのだぞ』独特の語り口調でヘイゼルが話し始めた『管轄区でひとさらいが流行っていたのは知ってるだろ?あいつはその被害者の一人でな……』
「人さらいの被害者?」
『強制労働させられていたところから逃げ出して、シュタイナーに拾われたのさ』
「何それ。どこの何者かわからないじゃないの、そんな奴どうして引き取ったのよ」
『そんなことを聞いてどうするのかね。あ~わかったぞ。エブニーザがいつも俺のそばにいるから邪魔なんだろ?嫉妬してるな?』
「そんなわけないでしょ!バカじゃないの!」
『いやーそのむきになって怒鳴るところがあやし……』
フランシスは電話を乱暴に切った。
「受話器はもっと優しく置かないとダメよ。壊れるわ」
後ろから声がしたのでフランシスが飛び上がった。帰ってきたエレノアが呆れた顔でフランシスを見ていた。
フランシスが、ヘイゼルから聞いた内容をエレノアに伝えると、
「人さらい?聞いたことがあるわ」
と言った。
「管轄区は何もかも遅れていて警察も機能してない、どうしようもない国なのよ」フランシスは気を取り直して、お得意の悪口を言い始めた「知ってる?あそこの身分制度ってめちゃくちゃなのよ。警察より貴族の方が格が上なの。貴族は何をやっても逮捕されないのよ……殺人だろうと強姦だろうと。そんな国がまともなわけないじゃないの」
「そうなの?私が聞いた話では、のどかな、いいところだって……一度行ってみたいわ」
「やめなさい。あそこはかなり男尊女卑よ。アケパリより酷いわよ。あなたが旅してきた国とは違うの」
子供をしつけるような態度でフランシスはそう言い、窓の外を見て、ふと、つぶやくようにこんなことを付け足した。
「まあ、イシュハも大していい国じゃないわね。平等なんて嘘よ。私が大人になるまでに何か変わるかしら?そう思いながら学校に通ってたけど、どうやら何も変わりそうにない。何でも男が勝手に決めるのよ」
そして、疲れた顔で自分の部屋に戻ってしまった。
エレノアも、言われたことを考えながら自分の部屋に戻る。生まれつき自由に生きていたエレノアには、フランシスが嘆いていることがあまり実感できない。ただ、フランシスがなぜ悩んでいるのか、何に悩んでいるのかはうっすらと感じ取れる。
イシュハは男女平等ということになっている。
でも、本当はそうじゃない。それは、フランシスもエレノアも実感として知っている。家の中で家事をしているのはたいてい母親一人。会社の重役はほとんど男性で『世界で影響力のある男性』はCEOとか大統領とか、社長だが、『世界で影響力のある女性』という特集では、どこかの幹部とか、マネージャーとか、自由業とか、女優とか、なんとなく『一ランク下』の集まりになる。旅先で出会った人をふり返って見ても、安い接客業や製造業は女性が多く、偉い人の多いイベント(あまり旅芸人が呼ばれることはないが)は男性が多い。
窓から、見事すぎる夜景を眺めながら、エレノアは考える。
世の中は変わるだろうか?私たちが大人になるころ……。




