紅蓮侯と蒼天の王
アルヴィス侯爵は少しの間考え込んでいたが、決断は早かった。
「リゼリアを抱えて夜道を走るわけにもいくまい。今夜はここで休もう。
リゼリア。お前はきっと大人を頼ることに慣れていないのだろう。
だが信じて欲しい。お前は私の可愛い孫だ。
きっと守ってやる。安心して今夜はよく寝ることだ。
お休み、リゼリア」
そう言われてしまっては、我が儘を言うわけにもいかない。
私たちは本館に戻り、お祖父さまや近臣の人たちもゲストルームで休むようだ。
「セーラ、なんだか興奮して眠れそうもないわ」
「もっとおじい様と、お話したいのに」
「お嬢様、明日からご一緒に行かれるのですから、いくらでもお話できますよ。
眠らなくても良いので、横になって下さい。
それだけでも、お身体が休まりますから」
そこまで言われてはしかたがない。私はベッドに横になった。
「ねえ、セーラ。セーラはついて来てくれるでしょう?」
「勿論ですとも、お嬢様。私はいつまでも、お嬢様と一緒ですよ」
それを聞いて安心したのかもしれない。そのまま朝までぐっすりと眠ったのだ。
さて、こちらはアルヴィス侯爵。
「出てきては貰えぬか。そう殺気を放たれては鬱陶しくてかなわん」
「たいして気にしてもいないくせに」
そうして姿を現した青年は青い色彩と膨大な魔力を纏っていた。
「やはりのう。そなたの執着が孫にまとわりついておったわ。
そなたであろう。精霊なんぞと嘯いて孫を誑かしたのは」
青年はおかしそうに笑った。
その表情があまりにも無垢に見えたので、アルヴィス侯爵は納得した。
「それで、神龍殿。そなたの番は我が孫で間違いはないのだな?」
「無粋な質問をするな。紅蓮侯ともあろうものが。既に刻んだ印が見えぬ筈もあるまい」
「困ったお方だ。蒼天の王ニルヴァ殿 此度の日照りと生贄の件で来られたか?」
「ふん、王家の腰が重すぎる。あれは何をやっておるのだ」
「そう言って下さるな。あの王は治世向き。
乱世に向いておらぬことはご本人も承知のこと。
そのうえであれを王にと決めたのはニルヴァ殿ではありませんか」
「ふん、まさか我をこうも軽んずる奴が出るとは思わぬであろう」
「魔力を持つものが減っておりますから。既に神龍は寓話や伝説になっております。
だから、時々は民に顔をみせるように申しましたのに」
「だって面倒じゃないか」
そう言ったのはトカゲの精霊姿のニルだ。
「また、ずいぶん可愛らしいお姿に。その姿で孫を篭絡しようとしても無駄ですぞ」
「なぜだ?」
「それではペットにしか見えん。男とも思っておらぬでしょう」
ガーンという音が聞こえた気がしたが、アルヴィス侯爵は無視した。
神龍よりも孫が大事だ。
「リゼリアが寂しがっておりました。側にいて下さい。
ただし、くれぐれもそのお姿を解かれませぬように」
そういうアルヴィス侯爵は、紅蓮の炎を纏っていた。
勿論ニルはこくこくと頷いた。
朝、起きたらニルが気持ちよさそうに寝ている。
「ニル、帰って来たんだぁ。良かった」
「お嬢様、お仕度を手伝います。今朝は、侯爵さまがお待ちですよ。
ご一緒に朝食を取ると申されて」
「おじい様が。それじゃあ急がないと」
「ごはんか?俺も行く」
「ニル、お早う。帰って来ていたのね。
一緒に行きましょう。お祖父さまに紹介してあげる」
私はちゃんと伯爵令嬢らしいドレス姿だ。
アルフレッドが手配してくれたので、ドレスもそれなりに持っているのだ。
今は……。
ニルはパタパタとついてくる。
「ニルが間に合って良かったわ。
お祖父さまのところに行くことになったの。
ニルも一緒に来てくれるかしら?」
「当然だろ。俺はお前の守護者なのだからな」
ニルは大威張りだ。胸を張っても可愛らしいだけなのにね。
「おじい様。おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、それほど待ってはおらん」
「おじい様。先に紹介しておきますね。私と契約した精霊のニルです」
「ふむ、ニル殿。孫を頼むぞ」
「任せておくがよい」
もう、ニルったら偉そうなんだから。まぁ、そこも可愛いんだけどね。
この館で食事を取るのもこれが最後かぁ。
あまりいい思い出はないけれど。でも、私が生まれた場所だ。
お祖父さまのところへ行けば、もう戻ることはないかもしれない。
少し寂しそうな顔をしていたらしい。
「リゼリア。祖母が楽しみにしておる。
それに息子達は成人して、それぞれの館にいるが養い子がおる。
12歳だから良い話し相手になるだろう」
「養い子。養子なのですか?」
「養子にしているが、訳ありでな。」
「それじゃぁ、私と同じですね。私も訳ありだし」
それを聞いておじい様は慌てた。
「リゼリアはわしの孫娘じゃないか!
レオンとは違う。レオンは預かり人じゃ。いずれ爵位を貰って独立する」
なるほど。
レオンという少年は、おじい様より高位の方のお子様なのだ。
高位貴族ほど家庭の事情は複雑だ。聞いてよい話ではないだろう。
「そうですか。レオンさまとは仲良くなれそうですわ」
「リゼ。レオンなんかと仲良くしなくても、俺がいるだろう!」
ニルは嫉妬しているみたい。
「大丈夫よニル。一緒に遊びましょうね。きっとニルも仲良くなれるわ」
ニルがプルプルとして怒っているので、なだめておいた。
お祖父さまが、実におかしそうな顔でニルを見ている。
まぁニルは表情が豊かだしね。
そこに、黒髪の堂々とした男性がやって来た。
「閣下、全員揃っております。いつでも出立できます」
「ゼノンか。ご苦労。しかしわし等についてこられぬとは、
随分ぬるい訓練をしていたようだな」
ゼノンという人は黙って頭を下げた。
気の毒に。お祖父さまが置いていったくせに。
「おじい様。こちらは?」
「わしの副官のゼノンだ。ゼノンわしの孫娘のリゼリアだ。
しっかり守れ!」
「はっ!領土に戻れば護衛騎士を選抜いたします。
希望者が殺到しそうですな」
そう言って大声で笑ったけれど、
私なんかの護衛をしたい人なんかいるかしら?
外に出て驚いた。
300人位の人たちが騎士服を着て整列している。凄く立派だ。
中央に黒い大きな馬車がある
8頭立て。なんだこれは?王族でもないのに。
「大きい方が良いと思って運ばせた。
中で眠れるようにベッドも入れてある。
のんびりしろ。馬車は好かん。わしは馬で並走する」
そう言ってさっさと行ってしまった。
大きい方が良いって!それにしても大きい。
中にはフカフカのソファがあって、倒すとベッドに早変わりするようだ。
きちんとした椅子とテーブルもある。ずっとソファでは反って疲れる。
「こんなに広いのに、私とセーラとニルだけで使うの?」
「いいえ、お嬢様付きの侍女が一緒です」
と、セーラが言う。
黒髪を纏めて紺色のドレスを着たお姉さんが頭を下げた。
「ノーラと申します。この度リゼリアさまの侍女に抜擢されました。
生活魔法を得意としております。ご不便の無いよう精進いたします。」
おおう。なんか仕事ができる才女って感じ。
「こちらこそ、よろしく。ノーラさんはお幾つですか?」
「ノーラと呼び捨て下さい。姫さま。私は17歳でございます」
「判ったわ。ノーラ。
私もセーラも事情があって、きちんとした教育は受けていないの。
間違いがあったら教えてね」
「もったいないお言葉でございます。
しかし、セーラ。姫さまをお嬢様呼びはおやめください。」
「はい!」
セーラは良い子のお返事をした。なんか迫力があるのだ。ノーラは。
「ねぇ、ノーラ。リゼは馬車が初めてだ。
とりあえず酔い止めを飲ませておいて」
いきなりニルが口をはさんだ私はヒヤリとした。
トカゲもどきが上から目線で命令するのだもの。
ノーラは叱るかもしれない。
しかし……。ノーラはニルに深々とお辞儀をしてこう言った。
「畏まりました。気がつかず申し訳ありません」
と…… 一体どうなっているのだろう?




