お母様の遺品
ローゼンベルク伯爵家は歓喜に沸いていた。
三か月後の第一王子の茶会にローゼンベルク伯爵家令嬢が招待されたのだ。
王家からの招待状。
これがただの招待状ではないことは明らかだろう。
第一王子は現段階では王太子候補の筆頭だ。
しかも王子は12歳
今回招待されたのは、伯爵家以上の爵位を持つ 5歳~15歳までの女性だ。
つまりは婚約者候補。
どの家も家名をかけてえりすぐりの姫君を参加させるはず。
どの家にも招待状は1枚。
つまり、各家で選別してふさわしい姫を参加させよ。と言っているのに等しい。
年齢でいえばリゼリアがふさわしいだろう。5歳では有能な姫たちと戦うのは難しい。
エリーゼはもう少しで6歳になるけれど。
多分どの家でも参加するのは、10歳~12歳の娘だと思われた。
けれど。残念ながらリゼリアは参加できない。
傷持ちを王太子妃に? ありえない話だ。
「エリーゼ。多分あなたは最年少になるはず。そのままでは候補になるのは難しいわ。判っているわね」
「大丈夫ですわ。お母さま。王都の娘なんて私の敵ではありませんもの」
エリーゼはふてぶてしく笑った。
「その意気よ。あの娘を罰しておいて丁度よかったわすぐに婚約者が決まるわけじゃないし、時間がたてばあなたが有利になるわよ」
その言葉は、今のエリーゼでは、とても無理だと言っていたのだが、エリーゼには通じなかった。
ローゼンベルク伯爵夫人はアルフレッド執事長を呼びだした。
「私たちは一家揃って王都の屋敷に移ります。侍女長と侍女たちも連れていくからこの館の管理をあなたに任せます。よろしく」
「かしこまりました。奥様。お任せ下さい。料理人や下働きもお連れ下さい。館でしたら、少人数でも切り盛りできます。王都の方が、何かと人手が必要になるかと」
暗に王太子妃候補になるのはエリーゼだと仄めかせば、夫人も上機嫌で頷いた。
「そうするわ。アルフレッド。相変わらずよく気が利くこと」
こうしてローゼンベルク伯爵一家は揃って王都に行ってしまった。しかもリゼリアを軽視していた者たちは全部王都に行かせた。アルフレッドは呟いた。
「ようやく、館の掃除に取り掛かれます」
アルフレッドは館に残った者たちを集めて言った。
「ここに残っているのは、エレノーラ奥様に恩を受けた者たちだけだ。なんとかしてリゼリアお嬢様をお守りできるよう力を尽くしてもらいたい」
そうして今は締め切っている亡くなったエレノーラの部屋を整えた。元々不吉だとして生前のまま保存されていた部屋だ。
もしかすると、この部屋にお嬢様を守ることのできる秘密が隠されているかもしれない。
「奥様は、聡明なお方だ。きっと何かあるはず」
アルフレッドは呟いた。そしてそれを見つけることが出来るのはリゼリアお嬢様だけだろう。
アルフレッドはリゼリアに面会を求めた。
私はおどろいたけれども、アルフレッドが私を主と認めてくれて嬉しかった。
「アルフレッド。どうしたの?」
「本館のお部屋が整いましたので、お迎えに参りました」
「本館へ。今はいないとはいえ、お義母さまが知ったら、アルフレッド。あなた首になるわよ」
アルフレッドは表情も変えずに言った。
「今頃、あれらは王子に取り入る事しか考えておりますまい。リゼリア様はお母さまのお部屋に興味はございませんか?」
私は喜んで部屋を移ることにした。お母さまのお部屋に行くのは、3歳以来だ。
お母さまのお部屋はまったく埃ぽくなかった。きっと執事長が心を砕いてくれたのだろう。
それでも部屋がそのまま残されているなんて驚きだ。
お義母さまなら、全部捨ててしまいそうなものだけど。
お父様かな?そんな風に思うのは間違いかもしれない。
けれども私は、お父様のことを信じたいのだろう。
母を亡くし、義母に虐げられそのうえ父まで私を疎んでいたら?
ちょっと辛すぎる。
お母さまの天蓋付きのベッド。懐かしいなぁ。
よくお母さまのベッドに潜りこんで、絵本を読んで貰ったり、
優しく子守歌をうたって貰ったりした。
あの頃は
みんな優しかったのに……
嫌だ感傷にふけっている場合じゃないのに。私も、もうすぐ11歳になる。
生贄の日まで、あと1年に迫っているのだ。でも、味方ができた。
精霊のニル。
あれ?
「ニル。ちょっと聞きたいのだけど。」
「どうした?」
ニルはすぐに姿を見せた。いつもどこに隠れているのだろう?
「もし、私が生贄として海に落とされるとするでしょう?そしたらすぐに助けてくれる?」
「当たり前だ。第一生贄なんて必要ない。神龍はそんなもの求めていないからな」
でもなぁ。神殿が生贄をきめたんだよなぁ。
「もしかして、このあたりに雨を降らせることは出来る?」
雨が降れば生贄は必要ない筈。
「それが奇妙なことに、雨雲が無い。本来なら雨雲が発生する季節なのに」
「じゃあ。無理なの?」
「無理じゃないけど、自然ではないよ。雨雲がないのに、水を呼ぶことになるから。それをすると別のところが枯れる」
「あれ?もしかしてそれが答えじゃないの?どこかがいびつになっていて、別の場所で雨がいっぱい貯まっているとか?」
「成る程。そうか!それが答えかも知れない。悪いけれどしばらく旅にでるからな。いびつな場所を探る」
「それなら、ノクス伯爵家とヴァレンティノ公爵家を調べて見て。彼らが黒幕なら、その領地に雨が集まっているかも」
「了解。しばらくひとりにするが、泣かないで待っていろよ」
「泣く訳ないでしょ。失礼ね」
私はぷんぷんむくれてしまった。失礼な奴。
ニルはケラケラと笑っていたが、突然真顔になった。
「リゼ、少し後ろを向け」
「なんで?」
「心配だから、お守りをつけといてやるよ」
「後ろを向いて、髪を上げて。うなじを見せて欲しいんだ」
私は後ろを向いて、うなじが見えるようにした。
冷たい。
ニルがうなじに何かを貼り付けたようだ。
突然青白い光が広がると、それがうなじに吸い込まれていくのがわかった。
「何?いまの?」
「ただのお守りさ。お前に何かあれば、これがお前を守る」
ニルがうなじを撫でたので、くすぐったくてたまらない。
「止めてよ。くすぐったいでしょう」
ニルはそれはそれは深いため息をついた。
「お前なぁ。いや。いいんだ。気にするな」
お子様なんだから。そんなことをぶつぶつと呟いてニルは消えてしまった。
私はもうすぐ11歳になる。そこまでお子様でもないはずなのに。
全く仕方がないニルである。
私はとりあえずニルのことは置いておくことにした。
まずは、お母さまが、何か残していないか調べよう。
お父様もそう思って部屋をそのままにしていた筈だから。
ニルが出ていってから一週間。全くニルから音沙汰すらないので、私は少し不安だった。
もしニルが帰って来なかったらどうしよう?私はもしもに備えて執事長のアルフレッドに相談することにした。
アルフレッドは信頼できる。それにアルフレッドの力を借りないと、もしも生贄にされたらそのまま死んでしまう。そんなのは絶対に嫌だ。
お母さまの死の真相も暴けず、殺されるなんて絶対に嫌。
アルフレッドは私の話を真剣に聞いてくれた。
「お嬢様。簡単な救命具を服に仕込むことはできますが、海が荒れることもあります。
寒い時期だと、あっという間に心臓が止まってしまいます。
すぐに救助したいのですが、奥様や神殿の目があると難しいでしょう。
やはりここはアルヴィス侯爵家のお力を借りるしかありません。
アルヴィス侯爵も娘に続き孫娘までむざむざ死なせないと思います」
やっぱりそうか。
もしもヴァレンティノ公爵家が黒幕だったら、アルヴィス侯爵家に迷惑をかけたくないと思ってきたけれど、何もできないで殺されたくはない。
私はその提案に頷いた。まだ1年はあるはず。ニルが間に合うかもしれない。
でも、選択肢は多いほうが良い。
お祖父さまに頼るなら、なにかお土産が必要だ。私を助けた方がアルヴィス侯爵家に利があると思われるような。
貴族は情では動かない。多分。だから私はお母さまの部屋を徹底的に捜索した。
今までも調べてきたけど、今回は本気だ。
お祖父さまに、利を示さないと。見限られる前に。
ふー
私は、ばったりベッドに倒れこんだ。
ぼんやりと天蓋を見つめる。
もしかしたら、何もないのかも知れない。
お母さまが殺されたというのも妄想かも。
私が、ただ愛されない子供なだけなのかも。
じわじわと目に涙が貯まる
泣いちゃダメなのに。
それではなにも解決しないのに。
涙にぬれた目に何かがキラリと光った気がした。
おかしい。
天蓋の刺繍にしては、キラキラしすぎているような。
涙のせいかもしれないけれど。私は天蓋を覆う布を回収することにした。
「セーラ。これ」
「お嬢様、この刺繍 ところどころに無意味なガラスピースがあります」
「そうよね。刺繍の模様にしてはおかしすぎる」
「これ、地図かもしれませんね」
「だとすると、この3つのガラスが隠し場所」
「でも、そもそもどこの場所でしょう?」
「そうよねぇ。それがわからないと探しようがないわ」
お母さまはあまり出歩かなかった。大事な証拠を外に保管するとも考えづらい。
だったらこの屋敷の筈。
でも、どう読み解いても、この屋敷と符合する場所ではなさそうだった。
これって棚の位置みたい。でも、こんなに沢山の棚なんてないよね。
うーん。
「棚がいっぱいある場所」
「お嬢様、棚がたくさんなら図書館ですよ」
「そうだ!図書館なら、それこそ棚だらけ」
よし。こんな大きな天蓋用の布は持っていけない。
まずは、これを書き写すところからだ。
この布も証拠になる。丁寧に畳んで箱にしまいこれも図書館に隠すことにする。
布をしまった箱と地図を片手に図書館に行こうとしたところで、アルフレッドに出会った。
「お嬢様、アルヴィス侯爵さまが一週間後にいらっしゃいます。
やった! ぎりぎり間に合いそうだ。




