リゼリアへの罰
そういえばニルに伝えておかなければならないことがありました。
「ニル。神龍さまが殺されるみたいなのよ」
ニルは鼻で笑いました。人間なんかに神龍が殺せるわけはないだろうと。
私はゴソゴソと日記の入っている箱をあさり日記をニルに渡してみました。
ニルは読めるかしら?
「なんだ。これ?奇妙な文字だな?この世界の文字じゃねえな」
「やっぱり読めないのね。これで私が別の世界の記憶があることを信じてくれるかしら?」
「子供のいたずらじゃなきゃ、きっとそうなんだろう。なんて書いてあるんだ」
「神龍様を殺した方法なんだけど、神龍さまには逆鱗というのがあって、その下が急所なんだって!
本来逆鱗で守られている筈なんだけど、どうしてだかわからないけど、神龍さまが、自分で逆鱗を剥いでエリーゼに渡したの。そこを狙っていた王子が剣で刺し貫いて、神龍様が死んだって書いてあるわ」
それを聞くとニルは衝撃を受けたように固まってしまいました。
「エリーゼというのは、お前の妹で、その王子と結婚して王妃になると言っていたな?」
「ええ、日記にはそう書いてあるわ。私はもう過去を忘れてしまったから。多分、昔の私は、忘れることを想定して、この日記を書いたと思うの」
「神龍が逆鱗を剥ぐとしたら、理由は一つしかない。それは自分の番を守るためだ。 龍は逆鱗を番に与えることで夫婦になるんだ。」
「じゃあ、神龍様はエリーゼを愛して、そのせいで死んでしまった。というの?」
「そういうことだろうな。バカじゃねえの。ハニートラップに引っ掛かった訳だ!」
「でも。これを教えたら、もう大丈夫でしょう?」
「あぁ、ありがとうな」
「いいのよ。それよりどうすればいいか一緒に考えてくれる?」
「なんだ。色々調べていたようだが、黒幕でもわかったのか?」
「さすがに、そこまでは判らないわよ。
でもお義母さまの実家、ノクス伯爵家は怪しいと思うの。
そしてノクス伯爵家はアークライト公爵家の庇護下にあるの。
依子だとしたら、アークライト公爵家も無関係ではないかもしれない」
「うーん。黒幕はアークライト公爵家かもしれないってわけか?かなり大物だな」
「そうなのよね。生贄ってことは神殿も関係している筈だし。
多分お母さまの死も、お父様が、お義母さまの言いなりなのも関係がありそうでしょう?それで困っているの」
「どういう事だ?」
「母方の実家が、アルヴィス侯爵家なの。最初はアルヴィス侯爵家を頼ろうと思ったんだけど……。」
「つまり、頼ると祖父母も危険にさらす。という訳か?」
「うん、それにお母さまが亡くなってから一度もお会いしていないわ。もしかしたら嫌われているかもしれないし……」
ニルは私の頭をなでてくれた。
「あんまり考え込むな。嫌っているかどうかなんて確かめてもいないのに分からないだろう?」
「でも、何度かお手紙を書いてみたけど、お返事がないの」
「それは奇妙だな。もしかして手紙が途中で握り潰されている可能性があるぞ」
「そうだとしても、どうやって連絡すればいいのかしら?」
ニルとふたりで考え込んでしまった。
情報を集めたくても、伝手もコネもお金もない。今のままでは、これ以上どうすることもできない。
結局、解決方法を見つけられないまま三日目が来ました。私は、それらしく見えるように入り口の扉の前に横になります。
昨夜は温泉も我慢して、服も少し汚しておきます。何しろ3日間、なにも食べていない筈なんですから。
それらしくしないとね。
ニルが私のすぐ近くにいてくれるのが心強い。隠れた方がいいのでは?
そう聞いたら、ニルがバカにしたように笑いました。俺が見える人間なんて、そういる訳ないだろう?と。
静かに扉が開いて、司書の方々が入ってきたようです。
「おい!これは一体どうなっているのだ!」
「リゼリア様が倒れている!」
そこにセーラが飛び込んで来ました。
「お嬢様、ご無事ですか!」
大騒ぎになりましたが、侍女長がやって来て私がいたずらに図書館に潜りこんだせいだ、ということになりました。
多分、ほとんどの人がそんな訳あるか!と思ったでしょう。
3日も子供が行方不明になって放置するなんて。
けれども侍女長が出てきたことで、皆だまりました。
リゼリアが虐待されていることは暗黙の了解でしたから。
「私がお部屋に運びましょう」
司書の一人が私を抱えあげると、セーラが部屋に案内します。
部屋につくと、司書は驚いたようです。
まさか使用人の部屋に伯爵令嬢が住んでいるとは、思わなかったのでしょう。
しかも、3階の隅。日当たりもよくありません。
「こんな部屋に、おひとりで」
「どうして誰も……」
そう言いかけて黙りました。自分も黙認しているひとりだと気づいたのでしょう。
私はゆっくりと目を開けました。
「気がつかれましたか?大丈夫ですか?」
「すぐに、何か消化の良い食べ物をお持ちしろ!」
その声にセーラがすぐに部屋を飛び出しました。
「私にできる事はありませんか?」
そう言う声がとても真摯だったので、私は賭けてみることにしました。
「おじい様にお会いしたいのです」
「お祖父様というと、アルヴィス侯爵ですね。」
「申し訳ありません。何か証となるものはございますか」
司書というからには、下級貴族の次男か三男というところでしょう。確かに侯爵家に繋ぎをつけるのは難かしいはず。
私は机を指さしました。
「引き出しの奥に隠し扉があります。そこにお母さまの指輪が」
司書は素早く指輪を探し出し、何食わぬ顔で出ていきました。
もしも、あの司書が悪人だったら、お母さまの形見を失くすことになります。
私は司書が消えた扉を、じっと見つめました。
ニルが寄ってきて言いました。
「あいつなら大丈夫だ。きっとな」
「なんで判るのよ。ハニートラップに掛かるような神龍様の配下のくせに」
私の軽口は思いがけずニルの心をえぐったようで、ニルは苦い顔をしました。
「お前なぁ。まあ、そんなに悪口がいえるなら大丈夫だな」
そこにセーラが入って来ました。なんだかお肉料理を、たくさん持っています。
「スープをお願いしたのに、食べてないならこれが良いだろうと……」
またしても嫌がらせです。本当に3日も食べていなければ、フライドポテトとフライドチキンの盛り合わせなんて、食べられる訳がありません。
下手をすれば命にかかわります。
それにしても凄い量です。フィッシュフライやとんかつまで入っています。
どれだけ虐待したいのでしょう。
セーラはにっこりと笑いました。
「精霊さまもいらっしゃいますし、どうぞ召し上がれ」
「セーラ、ニルが見えるの」
「はい、他の方々が見えないようなので知らん顔をしておりました」
どうやら、私が渡した付与付きのリボンの力でセーラにもニルが見えたようです。
あつあつの内に大半をマジックボックスに収納して残りは皆で揚げ物パーティをしました。
ニルは気に入ったようで、ご機嫌で食べていました。
揚げ物って美味しいですからね。難点はすぐにお腹がいっぱいになること。
私とセーラはすぐにギブアップして、見ているだけになりました。
リゼリアが無事に図書館から出してもらえて3日目
侍女長からの使いがやって来た。お義母さまが呼んでいるとのこと。
セーラはそれを聞くだけで青ざめている。きっとろくなことにはならない。
私がお母さまの私室に行くと、侍女長とエリーゼが待ち構えていた。
「リゼリア、あなた妹をいじめたそうじゃない。5歳も年下のしかも妹をいじめるなんて、どういうつもりなの」
なんのことだか少しもわからない。エリーゼが大声で言い立てる。
「お姉さま、惨いわ。私をみると凄い目で睨んでくるし、この間なんて私を押して転ばせたでしょう!」
「なんのこと。私は何も」
「口答えまでするようになったのね。侍女長、あなたの責任よ。ちゃんとしつけて頂戴」
「かしこまりました。奥様」
侍女長はムチを持つと私にひざまずくように言った。私が震えながら跪くと、ムチがうなりをあげる。
ピシ! ビューン パシィ! ピシ!
今まではふくらはぎや手を小さなムチで打たれるだけだった。
でも、今回は違う革のムチで、背中を打たれた。まるで罪人にするかのように。
私は悲鳴をあげて助けて!と叫びました。そして血だらけになって気を失ったようです。
気を失う寸前、満足そうな声が聞こえた。
「これでひと月以上は寝込むはず。どこへも行けないわ」
部屋に運びこまれ、生まれて初めて医者も呼ばれました。医者もあまりの惨たらしさに、真剣に治療にあたります。
「薬を出しておきますが、今夜から数日は高熱が出るでしょう。
傷薬もだしますが、お背中に後がのこるかもしれません」
セーラが「ヒィ」と悲鳴をあげました。背中に傷が残ればドレスを着ることができません。
結婚は絶望的です。
私は痛みと高熱にうなされつづけました。そこにニルがやって来た
「大丈夫だよ。僕に任せて」
身体が青い水に包まれる水の中にゆらゆらと漂っているのがわかる。
なのに息が苦しくない。気持ちがいい。
「大丈夫。安心して眠って」
ニルが優しく誘導する。私は水の揺りかごの中で、ぐっすりと眠りました。
リゼリアに罰を与え、医者からは重症だと聞いた伯爵夫人たちは、
それですっかりリゼリアのことを、忘れてしまったようです。
放置しても問題ない。動けるようになっても、もう絶対に逆らおうとはしないだろう。
良い仕事をしたと侍女長は大いに満足していましたし、エリーゼもリゼリアの悲鳴が聞けて満足でした。
エリーゼは思います。
お姉さまは、もう二度と貴族としては再起できない。だって欠陥品になったのだもの。
これでもう誰もお姉さまと私を比べたりしないわ。
その頃
私はゆっくりと目を覚ましました。
部屋ではセーラとニルが心配そうにリゼリアを見つめています。
「大丈夫か?傷は全部癒したと思うが。動けるか」
私は身体を動かしてみました。全く痛くない。起き上がって鏡の前へ。
昔打たれたふくらはぎの傷も消えている。
背中は?
セーラ鏡を使って、背中も見せてくれた。すべすべ傷なんかない。
よかったぁ安心して私は床に座り込んだ。
でも、一体どうしていきなりこんな惨いことをしたんだろう?
セーラが教えてくれた。
侯爵家から使いが来たそうだ。一度リゼリアを館に招待したいと。
そこでリゼリアは身体が弱く寝込んでいて訪問できないと返事をした。
そのために私は寝込むほどのケガを負わないといけなかったのね。
そうか。
あの司書は、ちゃんとお祖父さまに繋ぎを付けてくれたのだ。
ここまでしてアルヴィス家に行かせたくないとすると、お祖父さまの力はかなりのものなのだろう。
お祖父さまを頼るというのは良い方法らしい。しかし、どうしよう。
どうやったら、お祖父さまにお会いできるだろう?
今回、私は貴族女性としては、致命的な傷を受けた。
夜会では、成人した貴族女性は背中を広く開けたドレスを着る。
襟の詰まったドレスは昼間用。
夜会でそんなドレスは着ることができない。
ここまでするという事は、もしもお祖父さまとあったとしても。
私を正式に社交界に出す気がないということだ。
生かしているのは、あくまでも生贄としてなのだろう。
ニルが治療してくれなければ、私は、もう笑うことが出来なかったかも。
貴族女性にとって、美しさというのは大事な武器。それが、醜くなるなんて。
もしかすると大人になれば、美しさだけがすべてじゃないと
言えるようになるのかも。
でも、10歳の私には、とても言えそうもなかったから。




