レオニス皇子の災難
軽く失神されられただけのレオニスは、自分の気持ちを持て余していた。
本当は大人が悪い。予言の力を持つ娘を、他所に渡す訳にはいかないと
はやった皇帝がいきなり、ルーナに求婚しろと言ったせいだ。
落ち着いた場所で二人を引き合わせさえすれば、
先ほどの悲喜劇は避けられただろう。
まぁ、それほど予言の異能が珍しいとも言える。
レオニスは知らないが、
予言の異能者が現れる時には国が乱れるそんな言い伝えがある。
言い伝えに多くの真実が隠されていることを知る皇帝が、
思わぬ拙速な行動をしてしまった理由がここにあった。
8歳のレオニスにとっては災難という他ない。
後年アストラル13世となったレオニスが、
こと皇后の話となると、いつも一瞬苦い顔になるのは、
このトラウマのせいだ。
「あいつが、俺の嫁になると言ったんだろう?
そのせいで求婚させられたと言うのに、俺を知らないだと!」
怒るのも無理はない。
第一皇子であるレオニスは絵姿も人気の的で、
平民でも知らない者などいないのだから。
しかも公衆の面前で求婚を無視したあげくの、お前は誰だ発言。
普通なら処罰ものだというのに、父上は自分の口を封じたのだ。
そこへ様子を見に行かせた近習が帰ってきた。
なんとレオニスは片思いの挙句振られたことになっていた。
しかもその無礼な娘を、皇帝が正式に食事に招待したのだという。
「一体なにを考えているんだ!父上は!」
戸惑いの感覚は、一瞬で怒りに塗り替えられてしまった。
騒動のもう一人の主役、ルーナはのんびりしたものだ。
ニルもあまりに落ち着いている娘に、感心しそうになったぐらいだ。
しかしヴァレンティノ公爵夫妻はよく知っている。
ルーナは落ち着いているのではなく、よく言えばおっとり。
悪く言えば、何も考えていないだけなのだ。
ヴァレンティノ城の三人の娘
長女リリアーヌは愛らしい。
あざと可愛いという種類だ。
にこにこと愛らしい顔で、さらりと毒を吐く。
吐かれた方は判らない。だってとても愛らしく笑っているから。
二女ステラは大人しい
いつも静かで、あまり喋らない。
しかし頭の中は姦しくおしゃべりを続けている。
多くの事象を観察し組み立てて、
その本質が理解できて初めて言葉にする。
しかも通じない相手には、言葉にする手間さえ惜しむ。
三女ルーナはおっとりしている。
あんまりおっとりしているので、存在自体忘れられそうになる。
いつもどこかの隅で、使用人たちのお喋りに耳を傾け
気づかない内に大人たちの内密の話を真剣に聞いている
本を読み、地図を読み、気象を読み 歴史を読む
人々の話をインプットしていく。
予言はそれがアウトプットされたものではないか?とニルは考えている。
つまりルーナの異能は予測。そのために常にインプットする必要があるのだろう。
ルーナにとってレオニスは皇子という記号だ。
結婚相手という記号。それがいきなり話して来た。
自己紹介もなしに。
びっくりして、あなたはだあれ?と聞いた。
だって初対面だから。
まぁそういう話をつらつらと
ニルヴァはフレデリックに伝えたわけだ。
皇帝は素直に謝った。今回、子供達は被害者だ。
しかもこじらせてしまった。さすがの皇帝も困り顔だ。
「ルーナは気にしていないと思うぞ。たぶん」
「しかし、レオニスには悪いことをしたなぁ。
男の子の面子を潰してしまったからなぁ」
ニルヴァがそう言うと、
皇帝がどうしたらいいと思うか聞いてきた。
皇帝陛下が困りきっている。
「ルーナを、しばらく預けるよ。レオニス皇子にな」
「無茶だ。そんな事」
「宮廷雀どもからだけ守ってくれればよい。
あれは毒には慣れていない。
放置しておけば、自分で居場所を見つけるよ。そんな娘だ。
奥宮からは出してくれるなよ。あれは身を守るすべを持たない。
すべての魔力が予言に全振りしている。赤子より弱いぞ。
すぐに転ぶし、迷子になる。食事を忘れるし、なんなら眠らない。
だからよく熱をだす。
驚くぐらい生きることに執着していない。
あれが興味があるのは人。
人の営み。歴史。
未来への時間の流れ方。
きちんと食事をさせて、’眠らせてくれ。
隅にいても放置でよいが、目をはなすと、本当に消えるぞ。
見つけるのが遅れたら勝手に死にかける。
虚弱生物を保護したと思って欲しい。
頼んだぞ。レオニス皇子」
こっそり忍びこんだレオニスは驚いた。
いくらなんでもそんな人間はいないだろう?
「お前、苦労しているんだなぁ」
父上がしみじみとヴァレンティノ公爵に言った。
「あぁ、あんな虚弱な生き物を6年も育てたんだぜ。
最初は俺も何の冗談かと思ったもんだが……」
実感がこもっている。籠り過ぎている。
僕がそんな地雷娘の面倒を見る?
馬鹿な!
しかもそれを妻に?無い、絶対に無い。
レオニスは確信していた。
「あぁ、半年たったら迎えにくる。
いらないようならその時に返してくれ」
「何それ?返品可なの? いいの、それで?」
レオニスは子供だったのに、大人が頭痛がすると言う意味が分かってしまった。




