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王と王子

 王は王子を呼び出すと人払いをした。


「カール。私の渡したワインはどうしたのだ。

 あのワインは眠るように逝ける。苦しむこともない。

 死んだあとも、眠っていると錯覚する筈なのだ。

 王妃の顔には恐怖の表情が!

 しかも遺体は蝋のように真っ白だった!お前は何をした!」


「父上。誤解されているようですね。

 母上は、ワインを叩き割りました。

 私は、なるべく苦しまないように配慮しただけです」


「配慮だと!

 私の目は節穴か? カール。

 あれは全ての血が抜かれておった。

 母親なんだぞ。お前の。どうしてあんな惨い真似ができる?

 どれだけ時間が掛かった?あれは、どれだけ苦しんだのだ。」


「父上は誠実王などど言われていますが、少し気が弱すぎますね。

 犯罪者ですよ。母上は。多くの死人を出した。

 楽に死ねた方ではありませんか?

 少なくとも痛みは感じなかった筈です。」


「そうか?お前はそう思うのか?

 よろしい。

 明日は、あれの葬儀だ。神殿に行くことになる。


「カール。王命だ。

 お前は今から神殿で祈りを捧げなさい。葬儀が終わるまで。

 明日、葬儀に参列することは許さない。

 明後日 私と二人で王妃と最後のお別れをしよう。」


 

 王は軽く手を挙げた。

 数人の近衛が王子に近づいた。


「殿下。ご同行をお願いいたします。僅か一日半の御辛抱です。」


 カールは笑った。


「父上は本当に慈悲深い」


 そうしてまっすぐに父を見つめた。


「父上、私は侮辱されるのが大嫌いだ。この代償、払って頂きますよ」


 カールが連れられて行くと王は大きく息を吐いた。


「カール。お前は侮りすぎている。

 王という立場は、時として非情な決断が必要だ。

 私には、それすら出来ないと思うのか?


 カール。何がいけなかったのか今でも分からない。


 王妃は無邪気な娘だった。

 ひまわりのように明るく笑っていた。

 お前が生まれた時に、王妃がどれほど嬉しそうだったか!

 お前に見せてやりたいよ。なんの憂いもなく笑っていたのだよ」


 そうして王は何事も無かったかのように仕事に戻っていった。

 明日は王妃の葬儀だ。やることは山積みだった。


 国民は、王妃が急な病で亡くなったと聞いて深い悲しみに暮れている。

 明日は王妃と最後の別れをしようとする民が列を作るだろう。


 神殿に到着すると、王子は法王の元に連れてこられた。


「殿下。王からの御依頼で、私の個人礼拝堂をお貸しします。

 奥院にあり、とても静かです。

 私も何日も籠って祈りを捧げて参った場所です。

 きっと心が落ち着かれるでしょう。

 明後日には、王自ら王子殿下をお迎えに来られます。


 殿下。

 殿下はいずれ大きなお立場に立たれるお方。

 どうか慈悲の心を学んでください。

 私はせつに祈っております。」


 王子は笑った。


「なるほどね。

 悪人は私で、皆様方は善人だと言いたいのですね。

 そうではないとご存じではないようですね。

 私にも言い分はあると言うのに。


 まぁ、今回は私もやりすぎたようだ。

 まさか父上が、あんなにも母上を愛していらしたとは!

 不思議ですね。王でありながら、ひとりの女性に囚われるなど」


「殿下。

 殿下にはいらっしゃらないのですか?心ひかれる女性が?」


「さぁね。どうだろう?僕にも判らないね」


 法王は静かに首を振ると、神官たちに合図を送った。

 神官は王子を祈禱室に入れると外から鍵をかけた。


 祈祷室は清浄な空気に満ちている。

 前面には神の像があり、

 その前に ゆったりとした椅子と机がある。


 この椅子に座り、前の机に組んだ腕を置くのだろう。

 長く祈れるようにした工夫だろう


 柔らかい明かりが部屋に満ちている。

 どこにも窓一つない。

 静かだ

 限りなく静かだ。


 部屋の隅にトイレや洗面所があり

 反対側には、茶器のセット 簡易な保存食も置かれている。

 成る程。数日籠ることもできるのだろう。


 神官どもが時々、祈祷と称して部屋に籠る理由はよくわからない。

 祈っていれば、神が返事でもすると言うのだろうか?


 カールは部屋を点検して眉をひそめた。

 寝室は用意されていない。

 神官どもは寝ずに祈るのか?

 本当に馬鹿げている。


 自分の手下を呼び出そうとして気づいた。

 ここは魔法が使えない。

 完全に外界と遮断されている。


 内省だっけ?

 神官どもの言葉を思い出す。

 成る程、この部屋はそれしか出来ないらしい。


 カールはうんざりして、床に寝転がった。

 部屋は適温だから寒くはない。

 足音がしないように、床は深い絨毯が敷き詰められている。

 無音というのは、嫌なものだ。


 自分の呼吸音

 心音まで感じられる。

 カールは知らず知らず、幼い頃を思い出していた。


 お母さまは、僕を愛してはくださらなかった。

 お母さまが愛したのは、僕の死んだ弟。

 僕が知らないとでも思っていたの?

 お母さまはずっと僕を憎んでいた。

 僕が生まれたせいで弟が死んだから?


 僕のせいなの? 

 僕はただ生まれただけだ。

 なのにどうして僕を憎み、僕を恐れたの?


 僕の望み。

 それはいったい何だったんだろう?

 僕はずっとそれを望んでいた。

 望み過ぎて、望みを忘れてしまった。

 ねぇ、僕の望みを教えてくれない?


 母上。あなたは僕のお母さまではありませんか?

 

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