王妃の死
カール王子は珍しくイラつきを隠さない。
王妃宮に来たものの、座ろうともせずに落ち着きなく歩き回っている。
「カール、落ち着きなさい。あなたらしくありません。」
「父上は私の排除を決められたようです。」
「何を言うの。そんな事がある訳ないでしょう」
「あなたが、そこまで言うのなら全部消してしまえばいいだけの事。
焦る必要はありません。王の子はあなた一人。
傍系に王位を譲る。そんな決断をする訳はないわ」
確かに、立太子式は延期せざるを得ないかもしれない。
王太子候補の選定もね。
多分これは王からのメッセージよ。
理を乱さぬように。とね。
蒼天の王ニルヴァが人間界に口出ししたのだわ。」
「忌々しい爬虫類め。 人間擬きのくせに!
あ奴を排除しなければ」
「カール。
時期を見極めなさい。
あなたが王になれば、状況ががらりと変わるでしょう。
平静さを欠いているわ。」
「申し訳ありません。
お母さま。
確かに冷静ではありませんでした。
奇妙ですね。
なんだか、心が騒めくのです。
今までこんな気持ちになったことがない。
今日、父上は法王と面会されるのでしたね」
「ええ、確か神殿での昼食会が予定されていたはずよ。
私的な会見の名目だから、お付きの人員も少ないわ。
多分、王は内密に謝罪されるのでしょうね。
なにしろ、今回の件王族が絡んでいるから」
「お母さま。
少しおしゃべりが過ぎるようですね」
殺気を纏って睨む王子を見て王妃はようやく気がついた。
息子の逆鱗に触れた!
王妃の手配で、既にこの件に関与した者たちは、全員事故死している。
残っているのは自分だけ。
多分息子は自分を主犯にするだろう。
王妃が金目当てに理を乱し、民を苦しめた。
すべての証拠が彼女を指し示し。
そして私は……。
静かに法務官が入ってきた。
美しいカットグラスにルビーのようなワインが入っている。
「王子殿下。いかがでしたでしょうか?」
法務官は王妃には一瞥もせずに尋ねた。
カール王子は悲しそうに首を振った。
「母上は自白なさったよ。残念なことだが」
「既に証拠は揃っております。致し方ございません」
そういって法務官はグラスの乗った盆をカール王子に手渡した。
「国宝陛下から王妃陛下へお渡しするように申し使っております」
「ここからは、私が……。出て行ってくれないか」
司法官は王子に深く礼をすると、王妃を見ようともせずに出て行った。
「待って!待ちなさい。間違っているわ!」
そんな悲鳴も聞こえないように……
アーサー王子はグラスを手に
ゆったりとほほ笑んだ。
「母上、父上はお優しい。
これは眠るように逝ける。
僕ならこんなものは選ばないのに……」
「これを受け取りますか?
それとも……」
息子がうっそりと笑ったので、王妃は腰を抜かしたようだ。
倒れこんだ王妃を王子はじっと見つめる。
「ねぇ、母上。
いいえ、お母さま。
あなたはずっと私を恐れていらした。
実の息子だというのに。
いつも、笑顔に隠して、私を疎んでいらした。」
王子は手に持ったグラスを傾ける。
ルビーのようなワインが王妃の頭から、ゆっくりと身体を伝い流れていく。
「お美しい王妃陛下。
良いものを差し上げましょう。
さぁ口を開けて」
王妃は固く口を結んだ。
当たり前だ。
こうしている間に誰かが来て
この化け物を殺してくれるかもしれない。
そんな王妃の願いが叶う訳はなかった。
王子が王妃の鼻を可笑しそうに摘まみ上げたから。
「ねぇ、窒息死って苦しいらしいんですよ。
いつまで母上が耐えられるか、楽しみですね」
王子が心底楽しんでいるのを見て、王妃は全てを諦めた。
黙って口を開いた母親に、王子は心底つまらなそうな顔で
小さなクスリを投げ入れた。
そして、実験動物を眺めるような目で王妃を観察する。
この薬を飲みこまなければ、もっと惨い目にあう。
けれど。
どうしても飲み込めない。
王妃は、ついに薬を吐き出した。
パンパンと王子が拍手する。
「素晴らしい。さすがは母上だ。
僕に楽しみを残して下さるなんて
最高だ!」
王子は喜色をとりもどした。
「ねぇ、お母さま
僕、ずっと調べてみたかったんです。
人間の身体から、どれくらいの血が流れるものか?
大丈夫ですよ。
さっきのクスリ、ほんの少し口に含むだけで
血液が固まらないようになるのです。
だから、安心してくださいね、
お母さまの血、全部取りだすことができますよ」
さっきの拍手が合図だったようだ。
医師たちが大きなガラスの瓶を大量に持ち込んだ。
そうして長椅子に王妃を寝かせると、
しっかりと椅子に王妃を固定する。
そして手首をすぱりと切った。
手首からは、血が流れ出て、大きなガラス瓶に貯まっていく。
傷は大きくはなかったっから、
ポトリ、ポトリと水音が続く。
「あぁ、母上には水を飲ませてあげてね。
血を失うと、喉が渇くと思うんだ」
「母上、本で読んだんですけれど。血を失った人間は
蝋のように美しい白い身体を手に入れられるそうですよ。
そうなったら、ガラスの棺に母上を安置します。
きっとお美しいですよ」
王妃の瞳から、ひとしずくの涙がつぅと流れて落ちた。




