侯爵家のお引越し
王家からお迎えの馬車が来る筈なのですが……。
王都と侯爵家を繋ぐ街道は大混雑です。
「いったいどうなっているんだ?」
王家からの使者が、街道の人々を問い詰めました。
「知らないのか?どこの田舎者なんだ。
王子さまが立太子されるんだよ。新年にさ」
「そんなことは知っている。だがまだ2ヶ月も先の話だ」
そうなのです。
王子は立太子前に太子妃候補を決めておき、
立太子のお披露目に妃もお披露目しようと考えたのです。
だからこんなに早く妃候補を迎えにきたというのに。
商人は憐れむような目で役人を見ました。
「いいですよね~お役人様は呑気で。
立太子ですよ。立太子!
金儲けのチャンスです。
早くいかないと、宿すらとれませんや。
ここだけの話じゃない。 国中こんな感じでしょうや
なんなんです。あんたがた。
こんなに込み合っているところに逆走しようなんて!
迷惑でしょう。」
そして聞こえよがしにこう呟きました。
「まぁ、役人なんて存在自体が迷惑だけどな」
使者は怒りで真っ赤になりましたが、我慢するしかありません。
周囲の人々がこの商人と全く同じ気持ちなのは見て取れたからです。
ここで騒いでは、暴動を誘発するかも知れません。
とは言っても王命は王命です。
どんなに邪魔そうな目で見られても、進むしかありません。
その歩みは亀のようで、王太子候補を連れ帰る頃には
立太子は終わっているかも知れません。
そしてこの混雑を助長しているのが、アルヴィス侯爵。
「立太子式に間に合わなければ、爵位をはく奪される。」
「少しでも早く王都に行くことで忠誠を示すべき」
「後からのこのこ行っても野宿もできないぞ」
そんな噂を流したのですが、なにしろ噂というものは
野火のように凄まじい勢いで広がるものです。
結果はこのありさま。
これでは立太子式すら行えるかどうか?
流通はほとんど止まってしまいました。
「おじい様、侯爵家はお引越しでもするのですか?」
「まぁ、引っ越しみたいなものでしょうね。
ほぼ全員が王都の邸宅に移るのですから」
「アル、どうして?私が妃候補になったから?」
「ありがたいことに、移動する名分がたちましたなぁ」
ゼノンがほくほく顔です。
なんなんだろう?リゼはむくれました。
夕べは自分ひとりで王都に行くのだと悲壮な決意をしていたというのに。
そういえば、ニルだって奇妙でした。
本当に番を奪われるとしたら、あんなもので済む訳もありません。
だって王子とダンスするというだけで、嵐になったのですから。
これ絶対に最初から王都行は決まっていた筈です。
さっきゼノンがうっかり本音を漏らしていました。
名分が立つ。
もしかしたら、王様もグルなのかもしれません。
でも、どうしてこんな形でアルヴィス侯爵家を王都に呼ぶのでしょう。
ゼノンはアルヴィス侯爵家の全員が王都行だと言いました。
つまり騎士様も全部です。
まさか……。
いえいえ、そんな筈はありません。
お祖父さまは国に忠誠を誓っています。
そんな事を考える訳はないのです。
謀反なんて……。そんなことは……。
「えーと。私は、どうすればいいのかしら?」
「僕と馬車に乗ればいいのさ」
ニルが涼しい顔をしています。
「ひと月ほどの旅行になるよ。ついでに領地を見て歩こう
ずっと館に籠っていたからね」
「ニル、私、馬車はあんまり好きじゃないの」
「大丈夫さ、今回はのろのろ行くからね目的は街道を塞ぐことだから」
「街道を塞いだら、王都の人たちご飯が食べられなくなるかもしれないわ」
「誠実王は王都の民が半年は食べられるだけの食料を備蓄している
商人たちや貴族は自分たちの食料は持参するし、どれだけ民が増えても
3か月は余裕で持つさ」
やっぱりそうです。
絶対に何か企んでいます。
しかも王様もグルだとしか思えません。
王都で何かが起きる筈なのです。
3ヶ月も食料を備蓄する必要がある何かが。
「ニル。一体何が目的なの?」
「可愛いリゼ。僕を信じてくれるのでしょう?」
「信じるけど、私だけ何も知らないのは嫌なの」
「ごめんねぇ。君が知らないことが、この計画の肝になるんだ。
だから教えられない」
私が知ってはいけないこと。それが何かはわからない。
でも、ちゃんと正直に言って貰えて、安心した。
知るべき事と、知ってはいけない事。
それをわきまえることは大切だ。
ニルは、私をちゃんと大人扱いしてくれる。
それが嬉しくて、私はニコニコ顔になった。
ニルは私の頭をポンポンと叩いて
「困るぐらい、聡い子だねぇ」
と苦笑している。




