王子と神龍
あれだけの暴言を吐いておきながら、この平穏な佇まい。
私は少したじろいだが、すぐにマイヤー夫人の言葉を思い出した。
笑顔を貼り付け、さりげなくおじい様の後ろに下がろうとしたが、
王子はそれを許さなかった。
いつの間にか私の腰を抱いて、おじいさまにこう言ったのだ。
「アルヴィス侯爵家の秘された姫がこれほど可憐とは。
ファーストダンスをお願いしてもよろしいですかな。アルヴィス侯」
「娘は養女になったばかり。失礼があってはなりません。
ダンスはご遠慮いたしましょう。
まだ、デビュッタントもさせておりませんので」
「それならお任せ下さい。こう見えてダンスは得意なのです。
それに、私と踊ればデビュッタントとしては十分なのでは?」
第一王子殿下は、全く引く気がないらしい。
ここまで言われてしまえば、お祖父さまも頷かざるを得ないだろう。
その時、凄まじい雷鳴が轟き、豪雨になった。
建物が揺れるほどの風に、女性の悲鳴が混じる。
風が入りこむはずもないのに、ろうそくの火が消えた。
昼間だというのに、瞬時に暗闇が訪れた。
「これでは、ダンスどころではありませんな」
「何をしておる、明かりを持て。殿下を安全な所へ」
殿下に付き従っていた近衛たちが、おじい様の案内で殿下を客間に連れていく。
そして私はと言うと、ニルと一緒に私室に戻っていたのだ。
「ニル。約束を破ったわね」
「救ったと言って欲しいな。あのままだと、どうなったと思っているんだ!」
なんだかニルが激おこだ。
「どうなったって……」
もし、あのままダンスを踊っていたら?
社交界は私を婚約者候補筆頭だと思うだろう。
第一王子は今まで公式に女性とダンスを踊ったことが無い。
12歳という年齢のせいかもしれないが……。
そんな王子がわざわざ王宮を出て侯爵家の娘の披露に来る。
これだけなら、前回の犯罪者の家族に興味を持っただけと言い張れる。
けれどダンスは違う。
私は犯罪者の家族から王子のお気に入りの姫となる。
アルヴィス侯爵家の姫。王子妃としての資格は十分だろう。
「確かにね。助かったわニル。ありがとう」
「でも、きっとこのままでは済まないわ」
「必要なら、王家を黙らせるだけだ」
「ニル、一体何を言い出すの?」
いくら精霊だとしても、不遜すぎる。
そこにアルがやって来た。
「やはりここか。いきなり消えやがって!
どうするつもりだ。ここまでやらかせば王家だって気がつくぞ!」
「そうだな。それじゃ挨拶に行ってやろうじゃないか」
そう言ってニルはアルと出て行ってしまった。
大変、お父様まで行ってしまった。
平民となったお父様が、この館にいるのを知られたら。
きっと大変な事になってしまう。
やきもきしていたら、アルがすぐに戻ってきた。
「私が、のこのこ王子の前に顔を出すわけないだろう。
少しニルをなだめていただけだ。あれが無茶をしないようにね」
「でも、ニルは?ニルはどこにいるの?」
「大丈夫だよ。ほら、嵐も去ったろう。
王子も帰るはずだ。お披露目が始まる。
仕切り直しの準備をしなさい」
王子が帰った?
素直に?
そんな馬鹿な?
そう、そんな馬鹿な話はなかった。
王子の客間にニルヴァが入っていったとき
既に人払いがされ、部屋には王子とアルヴィス侯爵だけがいた。
王子はにこやかに挨拶をやってのけた。
「これは、これは、蒼天の王ニルヴァ殿。ご挨拶が遅れました。
私はカール・フォン・プロイセン。この国の第一王子です」
「人間の王子ごときが、我が番に手を出すな!」
神龍の怒りにも殿下は動じない。
カール王子は笑顔で言ってのけた。
「随分ゆとりがないのですね。神龍さま。
リゼリアは未婚の乙女。求婚者が列をなしても、問題はないはずでしょう?
選ばれる自信が無いのですか?ニルヴァさま」
「ぬけぬけ言いおるわ、小童め。あれは私の守護の元にある。
気づかぬ筈は無いであろう」
「ええ、神龍のいとし子を妻に迎えれば、さぞかし国は安定することでしょうね。
確か、そんな王もいたとか、いないとか?」
確かに。過去に神龍のいとし子を妻に迎えた例がないわけではない。
龍の愛はとても深い。番が自分以外を選んでも、番を守り続けることもある。
まぁ、大抵は略奪してでも自分のものにしてしまうのだが。
しかし、真向からこのように言われてしまっては、そうもいかないだろう。
こざかしくはあっても、言葉は龍を縛るのだ。
既に一度ニルヴァは縛られた。人の理に介入しないと約束している。
ニルヴァは受け入れるしかなかった。
リゼリアの愛を得たものが番となることを。
そうして王子を追い出した。
「くそ王子め! 盟約は結ばれた!招かれぬモノはさっさと帰れ!」
勿論、王子は帰った。
自分の手に入れた獲物の大きさに、ほくほくしながら。
神龍の弱みをその手にしたのだ。
ニルヴァは茫然としている。
自分が姿を現せば人間の子供など慌てて逃げだすと思っていたのだ。
だが結果はどうだろう。自分は又も縛られた。
愛しい番を、あの忌々しい人間の王子と争うことになったのだ。
ニルヴァはリゼリアの言葉を思い出した。
「神龍は王子に急所を貫かれて死んだのよ」
馬鹿馬鹿しい。私が人間ごときに殺されるなど。
それでも今回は確かに自分が負けたのだと自覚した。
侮ることのできる相手ではないようだ。
龍は人の世界に関与できない。
けれどもニルヴァは確かにカール王子を敵だと認識した。




