王子来襲
私のお披露目会に向けて家庭教師が付くことになりました。
テレーゼ・フォン・マイヤー夫人
彼女が選ばれたのは、豊富な実績に加えて魔法にも精通していたからです。
魔法を教えるのは男性教師が多いのですが、私にはニルがいます。
このトカゲの精霊は、日に日に嫉妬深くなって、
護衛だってお父様だから許すだけ。
血がつながっていないと、男性が近づくだけで意地悪をするのです。
そのたびにきちんと叱るのですが、最近はニルを恐れて誰も近づきません。
「ねぇ、ニルって女好きなの?」
「何てこと言うんだ!そんな訳あるか」
「だって私に男の人が近づくと意地悪するでしょう?女の人にはしないのに」
「いいか、リゼ。お前を守るのは俺だけだ。それは判っているな?」
「勿論、だってニルは私の契約精霊だもの」
「だろ?だったら男は必要ない。女はしかたない。
お前だって侍女は必要だろうし……」
「いや、待てよ。お前の世話も俺が面倒見てやる。侍女も必要ない」
私はニルに枕を投げつけました。
「ニルのエッチ!出ていきなさい!」
ニルはすぐに消えました。全く。
都合が悪くなると消えるんだから。
セーラとノーラはクスクス笑っています。
「姫さまを大切になさっているのですよ。ニル様は」
「ニルに様なんてつけなくていいよ!全くお子様なんだから!」
ぷんぷん怒っていると注意された。
「ほら、姫様。お仕度を急がないと、先生をお待たせしてしまいますよ」
私は急いで学習室に向かった。
「おはようございます。先生」
「おはようございます。リゼリアさま。今の礼は美しくございませんね。
やり直してください」
しまった。急いできたので、ついやってしまった。マイヤー夫人は厳しい。
指先にまで気を使わないと合格が頂けないのだ。
でも礼法ひとつで首が飛ぶ。
エリーゼの事があるから、私も真剣に学んでいる。
アルヴィス侯爵家の養女になったのだ。私も王宮に行くこともあるだろう。
マイヤー先生はとても厳しいけれど、授業の終わりには雑談に
付き合ってくださる。
勿論、お茶のお作法の復習も兼ねているのだろうけれど。
このお茶の時間が私は大好きだ。
「王宮ってどんなところ?先生は行ったことがありますか?」
「そうですね。デビュッタントで王宮に行くことが多いですよ。
デビュー前はまだ礼法が未熟ですからね。」
やっぱりそうなのだ。
じゃあ、婚約者候補の女性たちは、とっても勉強していたんだなぁ。
「姫さまは、王族に興味がおありですか?」
「とんでもありません。私は侯爵家ですら大変だと思っているのに、
王家なんて絶対に近づきたくありませんわ」
私は知らなかった。
こんなことを言うからフラグが立ってしまったことを。
ただ、確かにテレーゼ・フォン・マイヤー先生はこの時こうおしゃったと思う。
「そういう事はねぇ。案外避けるほど相手が近づいてくるものなんですよ。
とても不思議なことですけれどね」
そしてほほ笑んでくださった。
「お披露目の日は私がシャペロンとして付き添います。ご安心ください。」
そう。先生がいらっしゃるなら安心だ。その筈だった。
誕生日の朝、私はニルに何度も、何度も約束させた。
「リゼ、いい加減にしろ。しつこすぎるだろう?」
「わかったわ。それじゃあ、今日のお約束、ちゃんと言えたらお終いにする」
ニルは、はぁーと大きなため息をついた。
そして実に嫌そうに
「私ニルは、今日リゼに話しかける人を邪魔したり、意地悪したりしません。」
と言った。
「ちゃんと誓って!」
「誓います」
ニルはそう言うなり消えてしまった。
「少しニル様に厳しくないですか?」
ノーラはそう言った。なぜかノーラはニルびいきなのだ。
ニルがやらかしたいたずらの数々を知っているのに。
「いいえ、あれぐらい言って丁度ですよ。ニル様には」
セーラはそう断言する。
実はセーラが密かに想いを寄せる騎士がニルの被害者なのだ。
その騎士もセーラのことが好きじゃないかと私は睨んでいる。
なんとなくセーラがいると近くにいるから。
それをニルに言ったら、ニルはそれからその騎士に優しくなったのだが、
セーラはそれを知らない。
「ともかく今日はお客さまが多いのよ。
そのお客様がいきなりずぶ濡れになったり、なぜか池に飛び込んだり
してごらんなさい。
アルヴィス侯爵家は化け物屋敷と言われてしまうわよ」
これには、さすがのニルびいきのノーラも何も言えなかった。
「やぁ、準備は整ったのかい。美しいね。さすが我が妹だ。」
「お兄さま、恥ずかしいですわ」
この人はクラウス・フォン・アルヴィス。侯爵家の長男で跡取りだ。
「とても綺麗よリゼリア。」
クラウスと一緒に入ってきたのが、妻のイルゼ。
「お姉さま。ありがとうございます」
「お兄さま、お姉さま。私のために、わざわざお越しいただいて恐縮です」
本当に申し訳なく思っている。お兄さまは領地の端。
他国との境界を守っていたからここまでとても遠いのだ。
「気にしないで。私もたまにはお義父さまにご挨拶しないとね」
お姉さまはフォローがお上手だ。
「やぁ、僕がエスコートさせていただけるなんて光栄だな
こんなに麗しい姫君を」
「レオンお兄さま」
レオンは侯爵家の養子。一見すると立場は私と一緒だが、身分は上らしい。
誰も本当の身分を教えてくれないから。
「こちらこそ、嬉しいですわ。お兄さま」
ニルが一番ライバル視しているのが、このレオン。
だから一番の被害者もレオンだ。
私だったら、本気で怒るところだけれど、レオンは穏やかだ。
魔法が上手だから、濡れてもすぐに乾かせるから、かもしれないけれど。
「さぁ、もうそろそろ行った方がいい」
お兄さまの合図で私たちは揃って歩き出した。
私はそっとレオンの腕に手をかける。
一瞬レオンが痛そうに眉をひそめたから、きっとニルがまた雷でもぶつけたのだ。
ニルめ!約束したのに。
でもさすがはレオン。すぐに素知らぬ顔でエスコートを開始した。
大広間を臨むバルコニーではおじい様、今はお父様が待っていた。
すでに、ご挨拶は終わったらしい。後は私を紹介するだけ。
けれど……。人々が騒めきだした。
おじい様の元にも伝令が何かを囁いている。
おじい様の顔が一瞬かわる。
護衛のアルが私をレオンから奪うと、近くの小部屋に移動させた。
いやいや、レオンも守らないとでしょう。
そう思ったけどアルが真剣なので何も言えない。
外の喧噪がやがて静まった。そしてシーンとする中
「王国の至宝カール・フォン・プロイセン殿下のお出ましでございます」
どういうこと。意味がわからない。
一介の侯爵家の養女のお披露目に、なんで王国の第一王子が?
アルも青ざめている。想定外なのだろう。当たり前だ。
この王子、もしかしてニルより面倒な奴かもしれない。
そこにマイヤー夫人が足早にやって来た。
マイヤー夫人が慌てる姿を、初めてみた。
「よろしいですか。礼法は一通りお教えしています。
まずは王子殿下に、ご挨拶に伺うことになります。
お口はチャックで。余計な言葉は一言もおっしゃらないでください。
ご挨拶の後は、何を言われても、ほほ笑んでいればよろしい。
お判りですね」
私は真剣な顔で頷いた。馬鹿に見えようが、災難を引きいれるよりましだ。
レオンがアルから私を引き受けた。そうだ。アルが姿を見せる訳にはいかない。
マイヤー夫人が私たちの後に続く。サポートしてくださるつもりだ
王族相手では、どこまで出来るかわからないけれど。
おじい様が殿下に挨拶している声がする。
王子が鷹揚に対応している。会場の人々も礼を解かれたようだ。
「おお、丁度よいところに娘がやってまいりました。
殿下、これが養女とした娘、リゼリアでございます」
「王国の次代の太陽にご挨拶申し上げます。
この度アルヴィス侯爵家の養女となりました、
リゼリア・フォン・アルヴィスにございます」
「あぁ、あの私の茶会をぶち壊したローゼンベルク家の娘か。
私はまだ王太子ではないのだけどね。
さすがに逃げ足の速い娘だけのことはある。
おべんちゃらだけは一人前だな」
「恐れ入りましてございます」
私は更に深く礼をする。足がプルプルするが、
こんなものエリーゼが受けたムチを思えば、どうということはない。
私は貴族としての覚悟は足りないかもしれないが、
私を守る人々を守るだけの気概はあるつもりだ。
王子がジロジロと私を見るのがわかる。
まるで嘗め回されているみたいで気持ちが悪い。
鳥肌が立つのが感じられる。
耐えろ!
弱みを見せるな!
私のカティシーはピクリともしなかったはずだ。
「ふん、侯爵家の養女はまともに口もきけぬらしい」
おおう、まだ言うか。好きなだけ言うが良い聞いてやろうじゃないか!
どうやら私は自分で思っていた以上に勝気らしい。
足の震えも止まり、頭がシンと冷えて来た。動悸も鳥肌もおさまった。
しんと静まった心と身体は、すっかり穏かさを取り戻していた。
「つまらん、頭をあげろ」
私は頭をあげて王子を見た。そして少し驚いた。
あれだけの罵詈雑言を浴びせていた王子は予想に反して
とても穏やかで、しかも満足そうに見えたからだ。




