セレナ・フォン・ノクス伯爵夫人
ギルバート・フォン・ヴァレンティア公子は、
ねちねちといたぶるように言葉を続けた。
「そなたの孫だというからシャルロッテは庇護しようとしたのに。
その礼がこれか?」
セレナ・フォン・ノクス伯爵夫人は神妙に頭を下げているが、
腹の内は煮えくり返っている。
『こちらは娘と孫娘を殺されているのだ。
これはどう考えても、あの盆暗と侮っていた婿アルフレッド・フォン・ローゼンベルクとその義父ヴィクトール・フォン・アルヴィス侯爵の復讐だというのに。
そんなことも分らないのか!
ギルバート・フォン・ヴァレンティア!お前はエレノーラ・フォン・ローゼンベルク伯爵夫人を毒殺したことさえ忘れてしまったのか!』
そう叫んでやりたい。
だが今はその時ではない。
奴らがいかに陰険に娘を追い詰めたのか?証拠を掴まねば!
ヴァレンティア公爵公子は、エレノーラに水利権偽装の降雨販売契約書の写しや、帳簿の控えを盗まれて、あっさり殺してしまった。
しかも証拠の回収に失敗すると、娘を後妻としてローゼンベルグ伯爵家に送り込むように命令したのだ。
社交界でも後妻となると一段格下に見られるものだ。
娘のベアトリーチェは才媛として名高かった。
子供までいる家の後妻になるような娘ではない。
だが寄り親である公爵家の命令には逆らえなかった。
婿であるアルフレッドは、妻の死の原因を執拗に追い求めていた。
アルフレッドの暗殺を試みたものの失敗。
相手は氷河の騎士の異名を持つ氷使い。
毒にも身体を慣らしていたらしく、アルフレッドを大人しくさせる役割が
ベアトリーチェに求められたのだ。
ベアトリーチェの固有魔法「囁き」。
即効性は無いが、囁きつづけると、だんだんと自分の意志が薄弱になっていく。
最後には術者の意のままに動く木偶人形になってしまう。
ノクス伯爵家に魔法を使えるものは希少だ。
そのうえ、極僅かの魔法しか使えない。
だから一年かけてベアトリーチェは、アルフレッドとの結婚にこぎつけ、
徐々に相手の意欲を削いでいった。
孫娘が生まれるころには、アルフレッドの自我は残っていなかった。
それは間違いない。
孫の出産祝いでローゼンベルク伯爵家を訪れた時、私自身が確認している。
魔道具まで使って確認したのだ。
成功したと思っていた。娘と孫娘が殺されるまでは。
どこでアルフレッドは自我を取り戻したのだ。
いったいどうやって?
自宅に帰るとノクス伯爵夫人は、あの会場にいた者どもを全員呼び出した。
勿論、旧ローゼンベルク伯爵家の使用人たちもだ。
彼女らはおどおどしていた。罰を受けるのを恐れているのだ。
「あの日のことを委細漏らさず報告しなさい」
「ベアトリーチェははバカではないわ。
あの日エリーゼを野放しにはしなかったはず。何があったの?」
「はい、伯爵夫人はお嬢様を手元から放しませんでした。
けれど、バルト伯爵夫人から挨拶があったのです。
伯爵夫人もも幼い娘を連れていましたから、伯爵夫人はお嬢様を侍女に託しましたた。ほんの少しの間だったのです」
「それで?その侍女は誰なの?」
ノクス伯爵夫人は侍女たちを見回した。失態を演じた侍女を詰問しようとして。
「ここにはいません」
「なぜ?」
「あの日忽然と消えまして、そのまま見ていません」
「探さなかったの?」
「それどころではなかったのです。みんな混乱してしまって」
ノクス伯爵夫人は頷いた。
なるほど。まずはその侍女を探し出さなくてはね。
「では、そのバルト伯爵とは何者?
聞いたことないわね」
「はい、なんでも子爵から昇爵したばかりのようです。
元々準男爵で商売が大当たりしてとうとう伯爵まで登りつめたらしくて」
「商売は?何をしているの?」
「 手広くやっております。
奥方様がお贈りになった銀のドレス、あれもバルト家のもので」
「私はなぜあの銀の布地を選んだのかしら?覚えている?」
「はい、あの銀の布地は、間違えて持ってきたと言っておりました。
成人女性のドレスには布地が足りないと。僅かしかないからと、そう言っていまいた」
「そうだったわね。
そう言われて私は丁度いいと言ったのよ。
作るのは十一歳の孫娘のドレスだから」
「はい、そうです。あの銀の布は子供のドレスを作るのには、おあつらえ向きの分量で、しかも半端だから差し上げますと言っておりました。
今後ともノクス伯爵家の御贔屓にあずかりたいからと」
ノクス伯夫人は気分が悪くなった。
シャルロッテは銀のドレスを見てエリーゼだと判った。
私がそう言ったからだ。
「孫に銀のドレスを贈った。面倒を見てやってくれ」と。
あの目立つ銀色のドレスがシャルロッテを安心させた。
庇護する目印になった。
そしてそれがエリーゼを破滅させた。私が引き金を引いていた!
私が敵に目印を与えた。
あの銀のドレス。とても目立ったはずだ。
そして自然に誘導されたシャルロッテの元へ。
侍女が巧みに誘導したのだろう。
他も何人も誘導役がいたことだろう。
エリーゼを誘導し孤立させる。
そしてベアトリーチェ足止めしたのは、バルト伯だけではなかったはずだ」。
嵌められた。完全に。
ノクス伯夫人が大声で笑いだしたので、皆ぎょっとした。
「出ていきなさい!全員出ていけ!」
ノクス伯夫人が扇を投げ捨て、使用人たちは大慌てで逃げ出した。
「そう。そう来るのね!いいわ。アルヴィス侯爵。
それなら私は、あなたの孫娘を同じ目にあわせてあげる。
全員の目の前で、もっと惨めに、もっと惨たらしく
殺してくれと哀願するまで、いたぶって殺してやる!」
そう言ってノクス伯夫人は、また狂ったように笑いだした。
笑いながら、涙を流していた。




