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エリーゼの誤算と母の覚悟

 ベアトリーチェは王城での茶会では、娘のそばを離れないように注意していた。

 さすがに5歳児では、保護者が同伴していても

 奇異な目で見られることは少ない。

 ただし、婚約者候補としては脱落組だと認識される。

 それでも良いとベアトリーチェは考えた。


 それほど娘の言動が危険だと感じたのだ。

 ベアトリーチェとて伯爵夫人である。社交界の厳しさはよく知っている。

 それに今朝から胸騒ぎがするのだ。

 何か得体の知れないものに絡み取られているかのような。


「あらまぁ、あちらをご覧になって」


「まぁまぁ、お可愛らしいこと」


「お母さまもご一緒なのね」


「まだ、あんなに幼くていらっしゃるのに」


「しかたがありませんわ。王家の招待をお断りすることなど」


「それはもちろん、ねぇ」


 相手の弱点を抉るのは当たり前。レディたちも容赦はなかった。

 最初こそ、月の女神のようだと褒められてその気になったエリーゼだったが

 すぐに自分が嘲笑されていることに気がついた。

 エリーゼが、この場にふさわしくないと、あてこすっているのだ。


 エリーゼは怒りに身を震わせた。未来の王妃である私に、なんと無礼な! 

 王妃になったら、あの娘たちは残らず王都から追放してやる。

 エリーゼはそのためにも、一刻も早く王子に会わなければならないと思った。


 しかも運が悪いことに、ベアトリーチェは自分と同じように

 幼い娘に付き添う夫人に声をかけられ談笑していたのだ。

 その隙にエリーゼは素早く小道をそれてしまった。

 さすがに侍女のひとりは気がついて慌てて付き従ったが……


 母親から解放されたエリーゼが狙うのは、勿論今回の主役であるカール王子である。

 なにしろエリーゼはカールと恋仲になる予定なのだから。

 優雅な出会いを演出しなければ……。

 小道を進んでいくと、東屋でくつろいでいるグループがいた。

 エリーゼはそちらを目指すことにする。


「シャルロッテ姫さま」という言葉が何度も交わされている。

 中央にいるのがそのシャルロッテであるらしい。

 若草色のドレスを着た、快活そうな女性が取り巻きらしい令嬢といる。


 ちらりとエリーゼを見たシャルロッテは声をあげた。


「エリーゼさまですよね。いらっしゃい。

 私、あなたのお祖母さまから頼まれていたのよ。

 銀色の天使をよろしくと。本当に可愛らしい方ね」


「あら、それではこちらがローゼンベルク伯爵家の?」

「本当にお可愛らしいかた。」


 エリーゼはイライラしていた。

 先ほどから可愛らしいと言いながら上から

 目線で偉そうに見下されてきたからだ。

 エリーゼはすっかり戦闘態勢になっていた。


 祖母から頼まれた。確かにシャルロッテは、そう言っていたのに。

 これは社交界デビューをする孫への心配りであったと言うのに。


「まぁ、お姉さま方。初めまして。

 私エリーゼ・フォン・ローゼンベルクと申します」


 綺麗にカティシーを決めるとテーブルに近づく。


「お姉さま、私もお隣に座ってよろしくて?」


 シャルロッテの両隣には既に令嬢たちが座っている。それなのにエリーゼは彼女たちには目もくれない。


 しかし令嬢たちは黙って下がっていった。この不遜な令嬢がどう振舞うのか見てやろうとしている。


 しかしエリーゼは自分の方が偉いと錯覚した。

 シャルロッテの両隣には、ヴァレンティノ公爵家の縁続きの姫君たちが

 ヴァレンティノ公爵家秘蔵の姫を守るために、控えていたというのに。


 ヴァレンティノ公爵家の姫であるシャルロッテは微笑ましそうに

 エリーゼに席を勧めた。

 王家の血を引く姫は、まさか自分に無礼を働く者がいるとは思いもしなかったのだ。


「新しくお茶をお願いね」


 シャルロッテの言葉に、侍女がエリーゼにお茶を用意する。

 そこに狙いすましたエリーゼが偶然を装って手を伸ばす。

 何度もリゼリアにしてきたことだ。失敗するはずはない。


「あっ!」


 侍女の叫び声


「キャー」という悲鳴。


 狙いすました熱い紅茶は見事にシャルロッテの腕と体に染みを作っていく。

 熱湯だから、すぐに手当てしないと火傷になってしまう。

 下がっていた令嬢たちが慌てて駆け付ける。侍女たちが手当に奔走する。


 そこに過たずエリーゼはお姉さま方のドレスの裾を踏み転ばせる。

 もう現場は大混乱だ!

 大騒ぎはあっという間に周囲にも広がった。

 ベアトリーチェは、まさかと思いながらも大急ぎで駆け付けた。


 そこで見たのは……。


 いつものように自信満々のエリーゼ。

 面白そうな顔でやって来たカール王子。


 騎士たちがシャルロッテの手当ができるように素早く天幕を張る。

 控えていた医師が中に入る。


 本当に見事な手際である。

 これが王宮。

 ベアトリーチェは、すぐさま我が子を確保しようとした。

 しかし及ばなかった。


 王妃陛下がこの場に来られたのだ。

 全員が平伏する。


 シーンと静まり返る中。

 王妃が一言呟いた


「私の茶会で狼藉を働いた者が?」


 ベアトリーチェは、平伏して慈悲を乞う。


「申し訳ございません」


 しかしエリーゼはケロリとして言う


「わざとじゃありません。うっかり紅茶をこぼしただけです」


 そうだ。何時も娘はそう言って笑っていた。

 リゼリアに何度もやってきたことだ。

 そして私はそれを当たり前のように許してきた。


 ベアトリーチェは、絶望したが、諦める訳にはいかない。

 我が子の命が掛かっている。


「なるほど、うっかり者が我が王宮にのう誰か、この娘にムチをくれてやれ。10回だ」


「お待ちください陛下!」


 ベアトリーチェは、叫んだ。

 10回ムチで打たれたら、5歳児の身体は粉々に砕けるだろう。


「ローゼンベルク伯爵家は爵位を返上し、領地をお返しいたします。

 平にご容赦を!」


「そうか?それでは刑を半分にしてやろう」


「陛下、どうか刑は私に!娘はまだ5歳。罪は親である私にあります」


「なるほど。ではそなたが受けるがよい。ただし刑の途中で意識を失えばそれまでだ。

 残りは娘に受けさせる」


 頑丈で鍛え上げた騎士なら耐えられるかもしれない。

 しかし華奢な貴族夫人であるベアトリーチェに耐えられるはずもなかった。

 しかしベアトリーチェは、頷いた。


「お慈悲に感謝申し上げます。陛下」


 すぐに大男がムチを持ってやってきた、

 狭い小道は少しでも刑を見ようとする野次馬であっという間にいっぱいになった。


「ふむ、ここは狭いな 広場にいこう。それならゆるりと見学できるであろう」


 ベアトリーチェは、自分で歩くことが出来なかった。

 これから何が起こるかよく知っていたからだ。

 ずるずるとひきずられながら、ベアトリーチェは願った。

 どうか、最後まで耐えさせてくださいと。

 決して叶えられぬ願いであると知ってはいたが……。



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