第4話 自然に座るんよ
ここは外朝庭園・柳庭。
光と風をふんだんに取り込むために設計された美しい庭園区画である。
この区画も一般開放されているエリアと隣接しているが、皇族たる天華様の身を守るため、重厚な囲障で明確に区切られ、鋭い眼光の警護兵たちがズラリと立ち並んで厳重な警戒に当たっている。
ここには長椅子がないため、天華は青々とした芝生の上に敷かれた柔らかな座布団の上にちょこんと腰を下ろした。天華が座ると同時に、控えていた従者たちによって、瞬く間に愛らしい小ぶりの黄色い天幕(行営)がパッと立ち上げられた。
天華「この座布団、ちぃと柔いな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 座布団の絶妙な柔らかさまで一瞬で感じ取られるとは、その研ぎ澄まされた鋭い感覚は、まさに国家を統べる御政に必須の資質でございますね!」
薄花「……そうでございます……姫様……この柔らぎ……まるで朝の清らかな風が姫様の尊き御心に静かに寄り添っているのでございます……美しゅうございます……」
天華は誇らしげにふんすと胸を張って笑った。
その様子をすぐ近くで見守っていた理策、剛明、牧玄、そして琴雪が語り出した。
理策「恐れながら申し上げます。座布団の柔らかさは、内部に充填された綿や羽毛の量と密度の差による物理的現象です」
剛明「天華、そんな柔い座布団にばっかり座っとると腰が沈んで姿勢が悪くなるぞ」
牧玄「姫様、どれほど柔うても座布団は煎餅のように食えんぞ。ついでに下の芝生も食えんぞ。柳の枝を折ってムチにして遊ぶのもやめんちゃい」
琴雪「柔い座布団……それは優しく舞い降りる……姫様の心の羽……」
ーーなぜかしら、「姫様が座布団に座られた」という情報が、話屋たちのあいだに瞬く間に伝播するのだった。
話屋①「聞いたか! 姫様が広場の庶民的な座布団にお座りになられたらしいぞ!」
話屋②「民と同じ座布団にお座りになるとは! 姫様は天下無双の『謙虚の象徴』じゃ!」
話屋③「国中に広めるんじゃ! 明日から姫様の座布団感謝の儀を執り行うぞ!」
話屋④「待てよ……その姫様が一度でもお座りになった座布団を手に入れたら、一攫千金の特大の儲け話になるぞ……!」
ーーそれらの不穏な噂は、当然のように太后の耳にも入る。
太后「……どうしてそうなる。天華はただ、そこに敷かれた座布団に座っただけじゃ」
ここは外朝庭園・梅林。光と風を取り込むための開放的な庭園区画である。
天華はあずまやに設置された大きな木製の長椅子に腰掛け、ぼーっと日差しを浴びている。
天華「この長椅子、ちぃと長いな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 長椅子の持つ造形美と長さの優雅さまで一瞬で見抜かれるとは、本当にお見事でございますね!」
薄花「……そうでございます……この長さ……まるで静かに流れる清らかな川が姫様の御心をそっとなぞっているのでございます……」
天華はふんすと胸を張って誇らしげに笑った。
理策「恐れながら申し上げます。長椅子の長さは、複数の人間が着席できるよう設計された家具の構造によるものです」
剛明「天華、そんな長い椅子にぽつんと座っとると、余計に横に広がって小さく見えるぞ」
牧玄「姫様、どれほど長うても椅子は食えんぞ。食うたら腹が痛くなるぞ」
琴雪「長い椅子……それはどこまでも続く……姫様の心の流れ……」
囲障の向こう側の一般区域から、この様子を見ていた商人や住民たちがザワザワと騒ぎ始める。
商人①「見たか! 姫様がわざわざあの長椅子を選んでお座りになられたぞ! これは空前の長椅子ブームが来るぞ!」
住民①「ワシはそんな場所を取る長椅子なんか買わんぞ!」
商人②「職人を総動員して長椅子を大量生産させるんじゃ!」
商人③「姫様愛用モデル至高の長椅子としてブランド化して売り出すんじゃ!」
住民②「どうせ貴族様向けの高級家具なんじゃろうなぁ。」
太后「……騒がんのんよ! 天華はただ、目の前にあった長椅子に座っただけじゃ!」
何千人もの職人が何ヶ月もかけて磨き上げた一級品の石畳が敷き詰められた御政殿前の広場・月台。
そこに瞬く間に愛らしい小ぶりの黄色い天幕(行営)が立ち上がる。その中央に据えられたのは、天華の小さな体躯に合わせて特別に誂えられた、天華専用の移動式折りたたみ玉座ーー金交椅だ。
天華「この玉座、ちぃと座り心地が違うな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 微妙な座り心地の違いや職人の意図まで感じ取られるとは、さすがでございますね!」
薄花「……そうでございます……この座り心地の柔らかな揺らぎ……まるで穏やかな夕暮れが姫様の御心に優しく触れているのでございます……」
天華は「ふあぁ」と大きなあくびをした。
理策「恐れながら申し上げます。座り心地の差異は、使用されている革や木材の材質、および座面の傾斜形状によるものです」
剛明「天華、座り心地がしっくりこんのなら、別の椅子に掛け直せや」
牧玄「姫様、どれほど座り心地が違おうとも、玉座は食えんぞ」
琴雪「座り心地の違い……それは静かに訪れる……姫様の心の兆し……」
ーーしばらくして、この「座り心地の違い」という発言が市中に爆発的に伝播し、国家を揺るがす大論争へと発展する。
占師①「姫様が玉座の座り心地の変化を感じ取られた……! これは国家大吉の吉兆じゃ!」
商人①「大変じゃ! 御膳房ならぬ御工芸房に命じて新しい至高の玉座を作り直さねば!」
話屋①「おい見たか! 姫様が今の玉座は座り心地が悪いと仰ったそうだ! もしかして政変の予兆か!?」
占師②「……ふむ! これは東の方角に偉大なる吉兆が現れる暗示じゃ!」
商人②「うちの工房で作った特注の新しい玉座を、至急宮殿に納品するんじゃ!」
話屋②「いやいや政変ではないぞ! 天下泰平の大吉兆の知らせじゃ!」
それらの怪しい噂や商人たちの売り込みは、容赦なく太后の耳にも入る。
太后「……どうしてそうなる。天華はただいつもと座り心地が違うと言っただけじゃ。どうしてそうなる!」
何を思い立ったのか、天華は寝所へと続く中外回廊の途中に置いてあった小さな木製の踏み台にちょこんと腰かけた。
天華「この台、ちぃと高いな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 高い位置にお座りになるお姿までどこまでも美しくございますね。夜も更けて参りました、そろそろ寝所へまいりましょうか、姫様。」
薄花「……そうでございます……姫様……この高さ……まるで聖なる光が姫様の御心を高く照らしているのでございます……」
天華は眠そうに「ふにゃ……」と頷いた。
理策「恐れながら申し上げます。高さがあるのは、段差を昇降するための踏み台という構造物だからです。」
剛明「天華、そんな足つきの悪い高いとこにぼーっと座っとるとグラッといって下に落ちるぞ。」
牧玄「姫様、どれほど高うても踏み台は木じゃけぇ食えんぞ。」
琴雪「高いお座り……それはかすかに揺れる……姫様の心の揺らぎ……」
ーーしばらくして、この「天華様が高いところに座っている」という話が市中に伝播し、特に子供たちの間で大ブームとなる。
子供①「みんなー! 姫様、すごく高いとこに座っとるらしいぞ! なんで!?」
子供②「高いん!? 偉いからなん!? ワシも高いとこ座る!」
子供③「みんなー! 姫様が高い台に座っとるぞーーーっ! ワシらも高いとこ登って真似するんじゃーーーっ!」
それらの子供たちの屋根登りや大騒ぎの話も、容赦なく太后の耳に入り、頭を抱えるのだった。
太后「……どうしてそうなるのじゃ。天華はただ、寝る前に台に腰かけただけじゃ……」




