第十五話 白嶺に行ったんよ
天華国は、友好条約を更新するため、天華を団長とする使節団として、不戦と対話を示す翡翠色の旗を高く掲げ、東の白嶺へと向かっていた。
白嶺は揺れの国──だが、道中ではまだその静謐な文化の気配は薄い。
天華「ほい、白嶺ってどんな国なんよ?」
兵卒「ちょっと体がゆらっと揺れただけで『心が調和した』とか言い出す、静かにヤバい国なんよ……」
牧玄「調和……? 一体……何と何が調和するのだ……?」
揺読「(淡々と)……歩幅と袖の揺れ周期を記録します。」
影読「(淡々と)……揺れによって生じる影の重なりも確認します。」
蘭花「ふふふ……揺れとは……心の奥底にある礼節そのものでございます……」
薄花「……そうでございます……揺れの影が……静かに重なります……」
牧玄「(頭を抱えて)影が……揺れる……? 揺れが……影になる……? ど、どういう理屈だ……!?」
兵卒「牧玄殿! 白嶺の理屈も、蘭花様たちのポエムも、深く考えたら脳が狂って負けなんよ……!!」
天華「ほい、揺れたら楽しいんよ!」
牧玄はまったく理解できない顔のまま、白嶺の静まり返った揺殿へと足を踏み入れた。
白嶺の揺殿は、清らかな風が静かに通り抜け、
天井から吊るされた無数の絹布がゆるやかに揺れ、床には幾重もの影が静かに重なり合っていた。
揺間導師「静寂を……。天華国は白嶺の“揺れ礼外交”を完全に理解された! 揺れの間が完璧に一致した瞬間、我が国との友好は永遠に極まったのです!」
揺記官「(木札に刻みながら)姫君の袖揺れ、周期まさしく三拍……! お見事……! 古来の至高なる揺れ礼と完全に一致……!!」
揺衛士「(長槍を構え)揺れの乱れを即刻排除せよ! 神聖なる揺れの道を開けよ! 乱す者は不敬なり!」
揺僧「(静かに伏し)姫君の揺れが柱の影と重ね合わさった……。これぞ無上の『心の整い』……!!」
白嶺歓迎員一同「揺れが一致したーーーっ! 友好は極まったーーーっ!!」
天華はふんすと胸を張り、袖をゆらゆらと揺らした。
天華「ほい、自然に揺れただけなんよ!」
蘭花「ふふふ……姫様の揺れは……白嶺の方々の乱れた心を清らかに整えるのでございます……」
薄花「……そうでございます……揺れの影が……静かに重なるたび……歴史の物語が熱く息をする……美しゅうございます……」
牧玄「……こ、これは……一体どんな種類の儀式なんだ……?」
影読「(真顔で)……儀式ではありません。白嶺側の『揺れの誤認』です。」
揺読「(真顔で)……姫様の何気ない動作を、揺れの周期が一致したと勝手に誤認しています。」
兵卒「ただ勝手に揺れて、勝手に勘違いしとるだけなんよーーーっ!!」
白嶺の者たちは揺れの間合いを寸分狂わず揃え、静かな調和の呼吸で天華国一行を静かに熱烈歓迎したのだった。
友好条約も何もしていないのに何故だか自然に更新されたようだ。
──天華国・政務殿へ帰還。
玉座には、天華の祖母である太后が、威厳と静かな疑問をたたえて座していた。
太后「……天華。白嶺では、どのような歓迎を受けたのじゃ?」
天華は誇らしげに胸を張った。
天華「ほい、おばあちゃん、揺れただけなんよ!」
太后「……体が揺れたら……盛大な国家式典が始まるの?」
兵卒「違うんよ!! 式典なんか1ミリも始まらんのんよ!!」
天華「そうなんよ、揺れの間が一致したって、白嶺の導師が勝手に感動して大喜びしたんよ!」
太后「……揺れの間が一致すると……国家間の友好が成立するの?」
揺読「(真面目に)白嶺の文化体系においては、成立します。」
兵卒「成立せんのんよ!! 勝手に成立させられたら困るんよ!!」
天華「おばあちゃん、袖揺れの周期を測られたんよ! 三拍とか言われて木札にメモられたんよ!」
太后「……袖揺れの周期で……我が国の外交方針が決まってしまうの?」
影読「(真面目に)白嶺の判定基準においては、決まります。」
兵卒「決まらんのんよ!! そんな適当な周期で国の命運を決めんでくれなんよ!!」
天華「ほいじゃけぇ、揺れの乱れを排除されそうになったんよ!」
太后「……揺れの乱れ……? それは相手に対する敵意とみなされるの?」
揺読「(真面目に)白嶺では、敵対行動と誤認されます。」
兵卒「盛大な誤認なんよ!! ちょっと躓いただけで戦争になりかけるんよ!!」
天華「おばあちゃん、揺れが柱の影と重なったら、お坊さんたちに祈られたんよ!」
太后「祈る……? 揺れが重なると、人の心が整うの?」
剛明「(胃を押さえながら)一切整いません。」
兵卒「ただ揺れて影が重なった!! それだけなんよ!!」
太后「……つまり、本当にただ『揺れただけ』なのね?」
天華「そうなんよ、おばあちゃん、揺れただけなんよ!」
兵卒「ほんまにそれだけなんよ!!」
太后は静かに深く目を閉じた。
揺れの国の外交は、聡明な太后にとっても、理解するにはあまりにも“間”が深すぎたのだった。




