第十四話 蒼嶺へ行ったんよ
天華国は、友好条約を更新するため、天華を団長とする使節団として、不戦と対話を示す翡翠色の旗を高く掲げ、北の蒼嶺へと向かっていた。先触れはもう到着している頃だ。
蒼嶺は影の国──だが、道中ではまだその異常な文化の気配は薄い。
天華「ほい、蒼嶺ってどんな国なんよ?」
兵卒「影がゆらっと揺れたら、それだけで外交的勝利した気になるヤバい国なんよ……」
牧玄「勝利……? 影が揺れて……何に勝利するのだ……?」
剛明「制度的には何ひとつとして勝利していません。」
理策「彼らは影の揺れを古来の最高礼節として体系化しております。」
蘭花「ふふふ……影とは……己の心の形でございます……」
薄花「……そうでございます……影が……静かに……息をしております……」
牧玄「息を……? 影が呼吸をするのか……!?」
兵卒「牧玄殿! 蘭花様と薄花様の言葉を愚直に深読みしたら、脳のキャパが弾けて負けなんよ……!!」
天華「ほい、影が揺れたら楽しいんよ!」
牧玄はまったく理解できない顔のまま、重々しい蒼嶺の城門へと足を踏みこんだ。
蒼嶺の影殿は、天井の隙間から差し込む複雑な薄光が幾重もの怪しい影を作り、
床一面には、幾何学模様のような無数の影がうねうねと揺れていた。
影導公「よくぞお越しくださった! 天華国は蒼嶺の“影礼外交”を完全に理解された! 影が揺れた瞬間、我が国との友好は天の頂きへと極まったのです!」
影記官「(床にへばりつき)天華国姫君の袖影、角度三十二度……! か、完璧……! 古来の至高なる影礼と寸分狂わず一致……!!」
影騎士「(剣を抜き)姫君の影に一歩たりとも踏み込むな!! 影の進路を最優先で開けよ!! 影を踏めば不敬罪である!!」
影僧「(床に伏し)お見事……! 姫君の影が柱の影と完璧に重なった……! これぞ天地開闢の神託……!!」
蒼嶺歓迎員一同「影が揺れたーーーっ! 友好は極まったーーーっ!!」
天華はふんすと胸を張り、袖をふぁさりと揺らした。
天華「ほい、自然に揺れただけなんよ!」
蘭花「ふふふ……姫様の放たれる無垢なる影は……蒼嶺の方々の乾いた心を深く満たすのでございます……」
薄花「……そうでございます……影が……静かに揺れるたび……歴史の物語が熱く息をするんよ……美しゅうございます……」
牧玄「……これ、これは……何かの宗教的儀式なのか……?」
剛明「儀式ではありません。ただの集団的誤認です。」
理策「蒼嶺文化の論理体系では“影が揺れた=友好成立”となります。」
兵卒「影がチラッと揺れただけなんよーーーっ!!」
蒼嶺の者たちは影の角度を寸分狂わず揃え、勝ち誇った誇り高き呼吸で何故か天華国一行を熱烈に歓迎したのだった。友好条約も何もしていないのに何故だか自然に更新されたようだ。
──天華国・政務殿へ帰還。
玉座には、天華にとって最も身近で絶対的な肉親である太后が、静かに座していた。
太后「……天華。蒼嶺は、一体どのような歓迎をしてくれたのじゃ?」
天華は誇らしげに胸を張った。
天華「ほい、おばあちゃん、影が揺れただけなんよ!」
太后「……影が揺れたら……盛大な国家式典が始まるの?」
兵卒「違うんよ!! 式典なんか始まらんのんよ!!」
天華「影が揺れたら、蒼嶺公爵が勝手に『友好成立なんよ!』って大喜びするんよ!」
太后「……影が揺れただけで……国家間の友好が成立するの?」
剛明「制度的には何ひとつ成立しておりません。」
天華「おばあちゃん、違うんよ!影の角度を細かく測られたんよ! 袖の影の長さまで木札で測られたんよ!」
太后「……袖の影の長さで……我が国の外交方針が決まってしまうの?」
理策「補足致します。蒼嶺文化の判定基準では決まります。」
兵卒「決まらんのんよ!! 決まられたら困るんよ!!」
天華「あと、影を守られたんよ! 影を踏み込もうとしたやつは排除されるんよ!」
太后「……実体ではなく……影を守るの?」
牧玄「(青ざめながら)蒼嶺では命がけで守ります……」
兵卒「守らんでええんよ!! 本体を守れなんよ!!」
天華「そうなんよ。おばあちゃん、影が柱の影と重なったら、お坊さんが伏せて祈り始めたんよ!」
太后「祈る……? 影が重なると、それは神託になるの?」
剛明「神託ではありません。ただの現象です。」
兵卒「影と影が重なった! ただそれだけなんよ!!」
太后「……つまり、本当にただ『影が揺れただけ』なのね?」
天華「そうなんよ、おばあちゃん、影が揺れただけなんよ!」
兵卒「ほんまにそれだけなんよ!!」
太后「……」
太后は静かに深く目を閉じた。
影の国の外交は、知的な太后にとっても、理解するにはあまりにも影が深すぎたのだった。




