第十三話 自然に帰国するんよ
先頭を行く騎馬隊が掲げるのは、燃えるような赤でも、深い敵意を示す黒でもない。深い森の奥を思わせる、穏やかな翡翠色の旗幟である。
それはこの大陸において不戦と対話を意味する、中立国の紋章だった。
蹄の音は驚くほど統制されており、大地を無用に踏み荒らすような荒々しさはない。兵たちの鎧は磨き抜かれているが、武器の先端には平時の礼儀を示す白い布が巻かれている。
朝、広場に現れたのは蒼嶺の使節団だ。外交官は外交官事務所に駐留しているため、ここにはいない。
影導公「自然の国は蒼嶺の“影礼外交”を完全に理解されました! 影が揺れた瞬間、我が国との友好は極まったのです! 天華国の影の美しさは、蒼嶺の歴史に深く刻まれます。次はぜひ、蒼嶺の影殿へお越しください。蒼嶺は天華国を“影の客人”として最大級の礼で迎えます!」
蒼嶺使節団全員「天華国の影は、蒼嶺の誇りです!」
天華はふんすと胸を張り、袖を翻した。
天華「ほい、自然に揺れただけなんよ!」
蘭花「ふふふ……姫様の影は……蒼嶺の方々に至高の安心と深い納得を与えたのでございます……美しゅうございます……」
薄花「……影が……静かに揺れるたび……別れの物語が、小さく息をするんよ……美しゅうございます……」
剛明は額を押さえ、深いため息をついた。
剛明「……蒼嶺は昨日の影礼暴走を“外交的完全勝利”と盛大に誤認したまま満足して帰国されます……制度に影の勝利などないんよ……」
理策「蒼嶺文化の論理構造においては“影が揺れた=友好成立”です。構造としては正しいでしょう。」
兵卒「影が揺れただけなんよ!! 勝手に勝利した気になっとるんよ!! 天華国は外交らしい交渉をほんまに何もしてないんよ!!」
彼等は影の角度を寸分狂わず揃え、勝ち誇った誇り高き呼吸で広場を後にした。
昼前に現れた一団は、同じく中立国特有の旗を掲げてはいるが、呼吸の音すら削ぎ落としたかのようにあまりにも静かだった。
これは白嶺の使節団だ。こちらも外交官はいない。
揺間導師「自然の国は白嶺の“揺れ礼外交”を深く理解されました! 揺れの間が完全に整いましたので、心置きなく帰国いたします! 天華国の揺れは、白嶺の聖典に刻むべき神聖なる美しさです。次はぜひ、白嶺の揺殿へお越しください。白嶺は天華国を“揺れの客人”として最大の礼節で迎えます!」
白嶺使節団全員「天華国の揺れは、白嶺の誇りです!」
天華「ほい、自然に揺れただけなんよ!」
蘭花「ふふふ……姫様の揺れは……白嶺の方々にとっては礼節の真髄そのもの……」
薄花「……揺れの影が……静かに重なるたび……白嶺の心が静かな形になるんよ……美しゅうございます……」
揺読「……揺れの周期、正確に記録しました。姫様の歩みと白嶺の揺れは完璧に一致していました。」
影読「……影の重なりも確認しました。白嶺の読みは、実に自然です。」
兵卒「ちょっと揺れただけなんよ!! 調和した気でおるけど調和してないんよ!! 外交はマジで何も進んでないんよ!!」
彼等は揺れの間を完璧に揃え、調和の静かな呼吸で広場を後にした。
午後に現れた一団も、中立国の旗を掲げて現れた。
しかし、その威風堂々とした行軍からは、中立を保つ国が持つべき慎みがあまり感じられない。
これが紅蓮の使節団だ。こちらも外交官はいない。
光戦団長「自然の国は紅蓮の“戦勝外交”を完全に理解された! 光が走った瞬間、勝利は確定したのだ! 天華国の光は、紅蓮の戦勝殿を煌々と照らす価値がある! 次はぜひ、紅蓮の光殿へお越しくだされ! 紅蓮は天華国を“光の客人”として最大の勝礼で迎える! 自然の国は紅蓮の戦勝外交を完全に理解されたのだ!」
紅蓮使節団全員「天華国の光は、紅蓮の誇りです!」
天華は胸を張り、お日様を見上げて笑った。
天華「ほい、自然に光っとるだけなんよ!」
蘭花「ふふふ……姫様の放つ光は……紅蓮の勇士たちに勝利の安心を授けるのでございます……」
薄花「……光の影が……静かに帰路を照らすたび……誇り高き別れの物語が息をするんよ……美しゅうございます……」
剛明「……紅蓮も昨日の戦勝礼暴走を“外交的完全勝利”と派手に誤認したまま上機嫌で帰国されます……」
理策「紅蓮文化の概念体系では“光が走る=友好成立”です。構造としては理解できます。」
兵卒「光が一瞬チラッとしただけなんよ!! 勝利した気で帰っていくけど!! 天華国は外交文書の一行すら交わしてないんよ!!」
彼等は鎧に反射する光の角度を眩しく揃え、熱き勝利の呼吸で広場を後にした。
広場には、影・揺れ・光の強烈な余韻だけが残された。
三国はそれぞれの文化と勝手な解釈を誇らしげに抱えたまま大満足で帰国し、
天華国を包んでいた怒濤のお祭り騒ぎは、嵐が去ったように静まり返った。
天華「ほい、みんな自然に楽しく帰っていったんよ!」
蘭花「ふふふ……姫様の楽しさは……各国の使節団へ安心を授けるのでございます……」
兵卒「奇跡的に国交が破綻せんで済んだだけなんよ……!!」




