第十話 超絶儀礼なんよ
政務殿の朝は、薄光が静かに落ちていた。
その静けさを軽やかな足取りで踏み散らすように、蘭花がうやうやしく書類の巨大な束を抱えて入ってきた。
蘭花は満面の笑みを浮かべ、誇らしげに胸を張る。
蘭花「姫様! 天下あまねく三国の文化を、我が国の誇る“自然の国式超絶儀礼”として見事に一つへと束ねてまいりました! 蒼嶺の影・白嶺の揺れ・红蓮の光──すべて統合済みにございます!」
天華はえっへんと胸を張った。
天華「ほい、自然にまとめたんよ!」
兵卒「まとめんでええんよ!! 勝手に三国の宗教と儀式を混ぜこぜにしてブレンドしたら、普通なら宗教戦争が開戦するレベルの地獄になるんよ!!」
剛明は嫌な汗を流しながら、恐る恐る口を開いた。
剛明「……蘭花殿……まさかとは思いますが……これを正式な外交文書として……三国に送付したのですか……?」
蘭花「ふふふ、まさか。正式な送付などという煩わしい手続きは行っておりません。ただ、天華国駐留各国外交官の皆様に、茶を出すついでに『姫様のご意向で統合されました』とお言葉で優しくお伝えしただけにございます」
兵卒「三国に口伝したんかい!! 口頭で伝えんでもろに伝言ゲームになっとるんよ!! それただの蘭花様の私信なんよ!! 天華国の正式な外交儀式じゃないんよ!!」
薄花が静かに袖を揺らし、うっとりと目を細めた。
薄花「……三つの影が寄り添うたび……言の葉が静かに……小さく芽吹いておるようでございます……。この重なり……別れの前に咲く友情の物語が息をしておるんよ……美しゅうございます……」
兵卒「言の葉も影も息せんのんよ!! 勝手に情緒的なポエムで誤魔化さんといて!! 息をして焦っとるんは現実の政務官とわしのほうなんよ!!」
蘭花の「姫様のご意向」という言葉は、各国外交官の脳内で「天華国が我が国の文化を国家の公式儀式として全面採用した」という極大の爆弾として解釈された。
──数刻後。
政務殿の重厚な扉が猛烈な勢いで跳ね上がり、蒼嶺・白嶺・紅蓮の使節団が、外交官を置き去りにして総出で雪崩れ込んできた!
影導公「蒼の理が! 我が『影』が天華国の絶対儀式として正式採用されたと聞き及び駆けつけました!!」
揺間導師「白嶺の『揺れ礼』こそが天華国の神聖なる公式式典に導入されたと聞き、魂を揺らしに来ました!!」
光戦団長「紅蓮の『戦勝礼』が全土に導入されたと聞いたぞ! 勝利の光を捧げにまかり越した!!」
天華は堂々と手を振った。
天華「ほいじゃけぇ、自然に導入したんよ!」
兵卒「導入してないんよ!! それ全部、蘭花様が勝手に吹聴したデマと私信なんよ!! なんで三国がオールスター総出で大興奮で政務殿へ押しかけて来とるんよ!!」
剛明は書類を握り潰しながら天を仰いだ。
剛明「……蘭花殿……これは……我が国の外交が根本から崩壊する決定的な兆しでは……?」
蘭花「いえ、これ以上ない外交成功の兆しでございます。三国が共に『我が国の文化が採用された!』と等しく歓喜しております。これもひとえに、姫様の圧倒的な御徳によるもの。ふふふ、流石は姫様にございます」
薄花「……三つの影が……静かに重なり合って……友好の物語が熱く息をするようでございます……。この命の重なり……美しゅうございます……」
兵卒「息せんのんよ!! 影は友好の意思なんか持たんのんよ!! 三国が勝手に『うちの文化が一番!』ってマウント取り合っとるだけなんよ!!」
蒼嶺の使節団は、床に落ちる蒼い影を見つめながら一斉に「影礼」の深い拝礼を始める。
白嶺の使節団は、柱の金の反射に合わせてゆらりゆらりと「揺れ礼」のウェーブを始める。
紅蓮の使節団は、磨き抜かれた光る器を高く掲げ「戦勝! 勝利!」と勝礼の勝鬨をあげ始める。
朝の穏やかだった政務殿は、蒼・揺れ・光が激しく衝突するカオスの三重奏で、一瞬にして地獄の宗教式典へと変貌を遂げた!
影導公「見てください! 影が激しく揺れております……! これぞ我が国との絶対的友好の影です……!」
揺間導師「ご覧ください! 揺れの間が完璧に整いました……! 天華国との永遠の調和でございます……!」
光戦団長「光が政務殿を駆け走っておるぞ! 我らの勝利友好は確定したぁッ!」
兵卒「全部!! 蘭花様の!! 適当な私信なんよ!! 正式な国調調書は紙一枚すら作られてないんよ!! なんで全員勝手に納得して総出で友情を深めとるんよ!!」
剛明は、眼前で繰り広げられるカオスを呆然と見つめ、ぽつりと呟いた。
剛明「……しかし……不思議なことに……国交は壊れては……いません……。むしろ……三国が我が国の床で勝手に友好を深めております……」
蘭花「ふふふ……三国は『天華国に採用された誇り高き同盟国』同士として、自然とお友達外交の境地へ進んだのでございます……」
薄花「……三つの影が……静かに寄り添うて……友達の物語が熱く息をするようでございます……。この運命の重なり……美しゅうございます……」
兵卒「息せんのんよ!! 影は友達作ったりせんのんよ!! 息をして命を削られとるんは、実況し続けとるわしの胃袋なんよ!!」
三国の使節団は、政務殿を自分たちの怪しい儀式で散々荒らし尽くしたあと、
「天華国は我が文化を真の友好として受け入れた」と勝手に深く満足し、
三国同士で固い握手を交わし、晴れやかな顔で勝手に去っていった。
嵐が去ったあとの荒れ果てた政務殿で、天華は満足そうに手をぽんと叩いた。
天華「ほい、自然に仲良うなったんよ」
剛明は力なく笑った。
剛明「……制度は粉砕されましたが……国際関係は……奇跡的に強化されております……」
兵卒「強化されとんのは謎の友情だけなんよ!! 法律や制度は何も採用してないんよ!! 次からは絶対に蘭花様に口伝させんでくれなんよーーーっ!!」
こうして、何一つとして制度は採用されていないにもかかわらず、
その場で全儀式を暴発させ、
勝手に国際友好を深め、
誰もが満面の笑みで帰国へと向かうのだった。




