第七話 蒼嶺歓迎会(午前)なんよ
朝の光が天鏡殿の黒い柱を照らし、長い影が床に伸びていた。
午前の光は鋭く、影は濃く、揺れやすい。
蒼嶺の七名──霜律、澄牙、幽澄、影導公、影記官、蒼騎士、蒼僧──は静かに並び、影の揺れを読みながら天華を待っていた。
天華が歩み出る。袖の影が床に落ち、光に揺れた。
影導公「……揺れた……! 姫様の影が……加護を示された……!」
影記官「角度三度……昨日より伸びております……!」
蒼騎士「影の進路を確保する……誰も踏み込むな……!」
蒼僧「影が柱影と……重なりかけております……これは……天意……!」
霜律「……静……深い……」
澄牙「国の静と……同質……」
幽澄「影の息が……揺れております……」
天華「ほいじゃけぇ。今日は蒼嶺のみなさんを歓迎するんよ。自然に、静かに、楽しく過ごしてほしいんよ」
影導公「“自然に静かに”……蒼嶺の礼……!」
影記官「古来の蒼静礼と一致……!」
蒼騎士「静の進軍……了解……!」
蒼僧「静の天意……降りております……!」
霜律「……深い……」
澄牙「静の……極み……」
幽澄「気配が……澄んでおります……」
琴雪は静かに息を整えた。その静が蒼嶺側へ伝わる。
澄牙「……琴雪殿の静……姫様の静と重なる……」
琴璃が袖を押さえると影が揺れた。
琴璃「静の……影……揺れ……?」
影導公「揺れた……! 影が応じておられる……!」
礼珠は影に合わせて礼を整えた。
礼珠「影礼……整っております……」
影記官「影礼……記録します……!」
文靖は影の角度を淡々と記録した。
文靖「影の揺れ……角度四度……記録します……」
蒼僧「記録と祈りが……重なりました……兆し……!」
剛明は影僧の祈りに顔を引きつらせた。
剛明「まだ……始まってないんよ……影で始まらんのんよ……」
蒼僧「“始まらない”……未兆……!」
影記官「未兆……新たな影語……!」
蒼騎士が影の進路を開け、兵卒が困惑する。
兵卒「影の進路は開けんでええんよ!! 人が歩くんよ!!」
蒼騎士「影が歩むのです……!」
将軍が無言で一歩下がると影が伸びた。
影導公「将軍殿の影が……姫様の影と並びました……友好……!」
蒼僧「影の並び……神託……!」
蘭花は影の並びを見て微笑む。
蘭花「ふふふ……影が並ぶたび、未来がひとつ形を成すのでございます……
姫様の御影は蒼嶺の理を自然に導いておられます……美しゅうございます……」
薄花は影の重なりを見つめ、静かに語る。
薄花「……影が寄り添うたび……山の物語が小さく芽吹いておるようでございます……
この重なり……美しゅうございます……」
影導公「山の物語……加護……!」
影記官「“山影礼”として新規記録……!」
蒼騎士「山の進軍……了解……!」
蒼僧「山の息……神託……!」
霜律「……深い……」
澄牙「静の……極み……」
幽澄「気配が……息を……」
午前の光はさらに高く昇り、影は少し短くなりながら、揺れを増していく。
天華の前に、蒼い布を掛けた卓が並べられ、蒸し魚や野菜、薄い酒が静かに置かれた。
天華「ほい、今日は蒼嶺のみなさんの好みに合わせて、自然に薄い味にしとるんよ。静かに食べて、楽しくしてほしいんよ」
影導公「“自然に薄い”……! これは……山の静味……!」
影記官「静味……新たな影礼の一部として記録……!」
蒼僧「薄さ……これは……謙遜の天意……!」
霜律は蒸し魚の皿の影を見つめた。
霜律「……魚の影……静……」
澄牙は器の配置を目でなぞる。
澄牙「蒼の布……器の線……姫様の静と……揃っております……」
幽澄は湯気の揺れと影の揺れを同時に見ていた。
幽澄「湯気の息と……影の息が……重なっております……」
文靖「魚の影……皿の縁から一寸……湯気の揺れと同期……記録します……」
影記官「“静味影礼”……項目追加……!」
蒸し魚が一皿、天華の前に置かれる。
白い身に薄い蒼い影が落ちていた。
影導公「……蒼い……! 魚の影が……姫様の影と……同じ色合い……!」
蒼僧「蒼の影……これは……山と姫様の縁……!」
天華は箸を取り、自然に一口食べた。
天華「ほい、自然に薄いだけなんよ。蒼嶺のみなさん、濃いと疲れるって言うとったけえね」
影導公「“疲れる”……! 姫様は我らの山を……労ってくださる……!」
影記官「“疲れ”の語……影礼における休息の概念として記録……!」
蒼僧「休息……これは……影の止まり……天意の小休止……!」
蘭花「ふふふ……姫様の御心は、山の息すらも休ませておられるのでございます……
静味の一口ごとに、蒼嶺の影が少しずつほどけていく……美しゅうございます……」
薄花「……魚の影が……静かにほどけるたび……
山の物語が、ひとつ息をついておるようでございます……
この薄さ……優しゅうございます……」
霜律「……優しい……静……」
澄牙「静の礼に……柔らかさが……」
幽澄「気配が……ほどけております……」
琴雪は黙って一口、同じ蒸し魚を食べた。
琴雪の静が、蒼嶺側へ再び伝わる。
澄牙「……琴雪殿の静味……姫様の静味と……揃っております……」
影記官「“静味双影”……記録……!」
琴璃は、魚の影を見て小さく首をかしげた。
琴璃「……蒼い影……薄い……?」
影導公「薄い蒼……! これは……山の朝影……!」
蒼僧「朝影……新たな神託の兆し……!」
剛明は、影語が増えていくのを見て、頭を抱えた。
剛明「影で……外交の語彙を増やさんでええんよ……制度に影の項目はないんよ……」
影記官「“制度にない影”……! これは……未記録領域……!」
蒼僧「未記録……未知の天意……!」
兵卒は、蒼騎士が魚の影の周りを守り始めたのを見て、ため息をついた。
兵卒「魚の影は守らんでええんよ!! 食べるんよ!!」
蒼騎士「影が食されるのです……!」
将軍は黙って酒を一口飲んだ。
その影が、魚の影と重なった。
影導公「酒影と魚影が……重なりました……! これは……友好の盃……!」
蒼僧「影の重なり……神託の盃……!」
蘭花「ふふふ……影の盃が重なるたび、山と都の物語がひとつ結ばれていくのでございます……
姫様の御影は、静かに蒼嶺の縁を編んでおられます……」
薄花「……酒の影と魚の影が……静かに寄り添うて……
ひとつの宴の物語が、生まれておるようでございます……
この重なり……美しゅうございます……」
天華は、そんな影の騒ぎを横目に、淡々と食べ進めていた。
天華「ほい、自然に食べてくれたらええんよ。影は勝手に揺れとるだけなんよ」
影導公「“勝手に揺れる”……! 姫様は影の自由を……認めておられる……!」
影記官「影の自由……新たな概念として記録……!」
蒼僧「自由なる影……これは……天意の遊び……!」
霜律「……自由な……静……」
澄牙「静の中に……揺れが……」
幽澄「気配が……遊んでおります……」
文靖「影の揺れ……先ほどよりも柔らかく……角度二度……記録します……」
剛明「記録せんでええんよ……影の角度で外交は決まらんのんよ……」
兵卒「影も魚も酒も……全部、勝手に意味つけんでええんよ!!」
天華は箸を置き、静かに息をついた。
天華「ほい、今日はよう来てくれたんよ。蒼嶺のみなさんが、自然に静かに笑うてくれたら、それでええんよ」
影導公「“笑う”……! 姫様は我らの影に……笑みを許された……!」
影記官「笑影……新たな項目として……」
蒼僧「笑いの影……これは……祝詞……!」
霜律「……静の中に……笑み……」
澄牙「礼の中に……柔らかさ……」
幽澄「気配が……ほどけております……」
蘭花「ふふふ……姫様の御前では、影すらも笑みを覚えるのでございます……
蒼嶺の静が、少しだけ息をしておる……美しゅうございます……」
薄花「……山の影が……小さく笑うておるようでございます……
今日の静は……やさしゅうございます……」
天華は、蒼嶺の七名の顔を順に見た。
誰もが、影の意味を勝手に増やしながらも、どこか満足そうに息をしている。
天華「ほいじゃけぇ。今日は、これでええんよ。静かにしてくれて、ありがとうね」
影導公「……姫様の“わかったわ”……! これは……影礼の締め……!」
影記官「影礼の締め……本日の記録をここに終える……!」
蒼僧「影の締め……祈りの終わり……!」
霜律「……静の……終わり……」
澄牙「礼の……終わり……」
幽澄「気配の……終わり……」
兵卒「影も礼も祈りも……全部、勝手に終わらんでええんよ!! 終わるんは宴なんよ!!」
将軍は小さく息を吐き、黙って立ち上がった。
その影が、天華の影と並び、ゆっくりと離れていく。
影導公「影が並び……離れていく……これは……友好の余韻……!」
蒼僧「余韻……天意の名残……!」
天鏡殿の影は、午前の光の中で少しずつ薄くなりながら、静かに揺れ続けていた。
蒼嶺の七名は、それぞれに新しい影語を胸に抱え、満足そうに席を下がっていく。
天華は、最後に一度だけ振り返った。
天華「ほいじゃほい、自然に静かで、よう笑うてくれたんよ。蒼嶺のみなさん、また来てね」
影導公「……必ず……影を連れて参ります……!」
こうして、影で始まり、影で誤解し、影で満足した蒼嶺歓迎会は、
不思議と壊れないまま、静かに幕を閉じた。




