第十二話 自然に沸くんよ
◆ 茶の殿の静かな朝
笑天宮の南側に位置する茶の殿は、白木の柱が朝の柔らかな光を受け、天井の竹編み格子から優しい影を薄茶の畳に落としていた。
歩けば畳が柔らかく沈み、香炉からは淡い茶香が漂う。
壁際には急須や茶碗、茶葉壺が整然と並び、中央には天華が好む自然木の丸卓が鎮座している。
まさに「茶の文化と休息」を司る静寂の空間――その中央で、茶卓の上の鉄瓶を前に、天華が胸を張っていた。
天華「ほいじゃけぇ! 待っとったら、自然にお湯が沸くんよ!」
兵卒「沸かんのんよ!! 自然に沸くのは温泉だけなんよ!! 鉄瓶の下に火を熾すんは人のほうなんよ!!」
理策「補足。熱エネルギーの供給がない状態での自発的沸騰は、熱力学第二法則に違反します。」
◆ 湯気の気配とポエムの連鎖
天華「ほい、理屈はええんじゃ! 茶の殿は『自然の文化』なんじゃから、自然に沸くのが道理なんよ!」
蘭花「ふふふ……“沸気の理”でございますか……? 姫様の温もりに応え、水が自ら情熱を帯びようとしております……流石姫様……」
薄花「……鉄瓶の中で……水が静かに揺れるたび……まるで湯気が小さく息をしておるようでございます……静の中に、ひとつの温もりが生まれるんよ…………美しゅうございます……」
兵卒「出んのんよ!! 水は自ら情熱持たんのんよ!! 湯気も息せんのんよ!! 鉄瓶の中身、まだ冷たい水なんよ!!」
剛明は腕を組み、冷ややかな鉄瓶をじっと見つめた。
剛明「火を使わずに湯を沸かす術……もしや蒼嶺か紅蓮の特殊な暗器か……!? 茶の殿が熱源兵器の実験場になっとるんよ……!」
兵卒「兵器じゃないんよ!! ただの鉄瓶なんよ!! 水が入っとるだけなんよ!!」
◆ お茶を淹れる気満々の天華様
文靖が青ざめた顔で急須を抱えて走り込んできた。
文靖「ひ、姫様……! 『自然に沸いたお湯でお茶を淹れる』という名目で……使節団への接待スケジュールが組まれております……! このままでは湯が出ず、外交問題に……!(血の涙)」
天華「ほいじゃけぇ! 淹れようと念じたら、自然にお茶になるんよ!」
蘭花「ふふふ……“無火抽出の儀”……茶葉が姫様の御心を感じ取り、自ら味と香りをひらいております……」
薄花「……茶葉が沈む瞬間……まるで緑が小さく息をしておるようでございます……影の中に、ひとつのもてなしが生まれるんよ…………美しゅうございます……」
兵卒「息せんのんよ!! 抽出もされてないんよ!! 水に茶葉が浮いとるだけなんよ!! ただの『葉っぱ浮き水』なんよ!!」
理策「補足致します。現在の水温は18度。お茶の抽出効率はほぼゼロです。」
◆ 琴雪の静寂と太后の乱入
そこへ琴雪が優雅に歩み寄る。
琴雪「……ふふ……茶は……静けさを味わうもの……冷たい水も……心が温まれば……お湯ですよ……」
兵卒「温度の概念まで主観でねじ曲げんでほしいんよ!! 飲んだら普通に冷たいんよ!!」
太后「ええい何をしとるんじゃーーーっ!!」
太后が着物の裾をひるがえして茶の殿へ踏み込んできた。
火のない囲炉裏の上で、漆黒の鉄瓶が静かに据えられている。
太后「香炉からええ香りがしとると思ったら、なんじゃこの『火の気がない茶卓』は!! 炭を熾せ!! 今すぐ炭を持ってくるんじゃ!!」
天華「ほいじゃけぇ! 太后様、火をつけたら『自然』じゃなくなるんよ!」
太后「人間が火を使ってお茶を沸かすのが『茶の文化』なんじゃーーーっ!! 何が自然じゃ!! 自然に任せたらただの冷水じゃろが!!」
蘭花「ふふふ……太后様の喝破すら……姫様の引き立て役……」
薄花「……太后様の怒りの中で……茶香が静かに揺れておられます……ひとつの喝が息をするんよ……」
太后「息するなと言っとるんじゃーーーっ!! 今すぐ火を熾せーーーっ!!」




