第十一話 暦が自然に動くんよ
◆ 暦が勝手にめくるんよ
政務殿の黒檀の床は夜の冷気をまだ少し残し、踏むたびにひんやりと返してくる。
天井は高く、龍紋の梁が何本も連なり、朝の光を受けてゆっくりと浮かび上がる。
広い御道の左右には文官と武官の机が長く並び、巻物や筆が整然と置かれていた。
壁に掛けられた大きな木枠の暦。
朝風がふわっと吹き抜けた瞬間――パラパラパラッ!と勝手に日めくりが捲れ始めた。
兵卒「……ちょっと待つんよ! 暦が勝手にめくれよるんよ……!? 今日はまだ三日じゃのに、もう十五日になっとるんよ!!」
剛明「……暦が……自律走行を開始しております……例は……ない……!」
兵卒「例がないとか言っとる場合じゃないんよ!! 時空が飛んどるんよ!!」
天華「ほいじゃけぇ! 待っとったら自然に月日は流れるんよ!」
兵卒「流れすぎなんよ!! 風でめくれただけなんよ!! 押さえるんは人の手なんよ!!」
理策「補足致します。紙片の空気抵抗による自発的回転現象です。時間が加速しているわけではありません。」
蘭花「ふふふ……“天時巡行の理”でございますか……? 姫様の御前では、時間すらも待ちきれずに未来へ急いでおります……流石姫様……」
薄花「……紙がめくれるたび……まるで季節が小さく息をしておるようでございます……静の中に、ひとつの明日が生まれるんよ…………美しゅうございます……」
兵卒「息せんのんよ!! 季節はハイペースで息吐くなと言っとるんよ!! 明日はまだ来んでええんよ!!」
◆ 月を跨ぐんよ
パラパラパラパラッ……!!
風が強まり、ついに今月のページが破れ飛び、次の月へ突入した。
兵卒「ああーーっ!! 五月が吹き飛んで、一気に六月になったんよ!! 梅雨が来ちゃうんよ!!」
文靖「い、いえ……あの……六月になったら……給金の計算が……決算の手続きが……まだ終わっておりません……!(血の涙)」
兵卒「文靖殿が締切の恐怖で泡吹いて倒れそうなんよ!! 誰か暦を止めるんよ!!」
天華「ほいじゃけぇ! 六月になったなら、自然に紫陽花でも愛でればええんじゃ!」
蘭花「ふふふ……“跳躍咲華の儀”……季節の先取りすらも姫様のお心ひとつ……」
薄花「……紫陽花の咲きみだれ……梅雨の晴れ間に煌めく雫を静かに照らしておるようでございます………………美しゅうございます……」
剛明「……六月となれば……雨季の防衛陣形に切り替えねば……!」
兵卒「だから軍事演習に持ち込むなと言っとるんよ!! 暦が一枚めくれただけなんよ!!」
◆ 暦が意志を持ち始めるんよ
ついに暦のページが勝手に逆回転したり、斜めにめくれ始めたりと怪しい動きを見せ始める。
官吏A「政務殿の回廊の暦も……勝手にめくれております!」
官吏B「別室の小暦が……七月と八月の間を行ったり来たりしています!」
理策「状況報告。各地の暦が同期を失い、行政スケジュールがカオス状態に陥っています。」
琴雪が静かにあらわれ、扇を優雅に広げた。
琴雪「……ふふ……時間は……揺れるものですよ……過去も未来も……静の中に沈みます……」
兵卒「琴雪様まで静かにカオスを肯定せんでほしいんよ!! 締め切りは沈まんのんよ!!」
天華「ほいじゃけぇ! 暦が動くなら、暦に合わせて自然に年を取ればええんじゃ!」
兵卒「年取るかい!! 一日で十歳老けたらたまったもんじゃないんよ!!」
騒動を聞きつけた太后が頭を押さえながら走ってくる。
太后「ええい!! 何じゃこの暴走は!! 誰じゃ暦の釘をゆる緩にしたのは!! 押さえつけるんじゃ!!それから早く窓を閉めるんじゃ!!」
薄花「……太后様の怒りの中で……暦の影が静かに揺れておられます……ひとつの時代が息をするんよ……」
太后「息するなと言っとるんじゃーーーっ!!」




