第七話 揺務なんよ ―静が押すんよ―
パチパチと薪が爆ぜる音と共に、巨大な大釜からもうもうと白い湯気が立ち上り、冷え切った空気を容赦なく湿らせていきます。
朝の厨房は仕込みで慌ただしかった。
その中で、複数の賄い料理人が一斉に異変を訴え始める。
賄いA「味が……気配だけなんです!」
賄いB「塩を入れた記憶はあるのに、入れた実感がないんです!」
賄いC「煮込んだはずなのに、煮込んだ気がしません!」
賄いD「鍋の重さの実感が薄いです!」
賄いE「洗い物が見当たりません!?」
兵卒「厨房が……実感の薄まりでパニックです!」
料理長が深刻な声で兵卒を呼ぶ。
料理長「これはただの味の問題ではない。
料理そのものの存在感が薄まっておる。
政務殿へ急ぎ報告せよ。」
兵卒「存在感が……!? 了解しました!」
慌てて兵卒は政務殿へ走り出し、政務殿へ駆け込む。
兵卒「厨房で…… 料理そのものの存在感が薄まっています。さらに味の実感が消えています!」
官吏A「味の……実感?」
官吏B「筆を持っている気がしないのです……」
官吏C「歩いてきた気がしません……」
官吏D「政務殿の空気が……少し沈んでいるような……」
官吏E「朝ごはんは食べましたよ。」
兵卒「政務殿でも……実感の薄まりが出ています!」
官吏が震えながら琴雪を見る。
官吏A「静殿様の圧の……影響では……?」
官吏B「空気が沈んだのは……静殿様の……?」
突然現れた琴雪は誰にも向けず、場に静を落とす。
琴雪「……わたしではない」
空気が沈む。
官吏D「ひっ……!」
官吏E「“わたしではない”の圧が強い……!」
天華は深刻さを理解していない。
天華「ほいじゃけぇ、味が薄いなら、皿を濃くすればよいのじゃ!」
官吏「皿……!?」
兵卒「政務殿が……混乱しています!」
政務殿の空気が沈んだ直後、玲音が慌てて入室する。
玲音「し、失礼しますっ! 本日の生活記録を──」
官吏A「書類の実感が薄いんです!」
官吏B「筆の重さが曖昧で!」
官吏C「歩いた気がしません!」
兵卒「厨房では料理の存在感が薄まっています!」
官吏D「静殿様の圧が濃いのか薄いのか分かりません!」
玲音「……えっ……えっ……えっ……」
混乱の中でも礼儀に戻る。
玲音「……失礼しました。生活記録を開始します」
しかし記録欄の存在感が薄い。
玲音「……記録欄の……存在感が……ありません……」
官吏「記録欄まで薄まってるんですか!?」
天華「記録欄が薄いなら、欄を増やせばよいのじゃ!」
官吏「増やす……!?」
玲音「……欄を……増やす、ですか……?」
(礼儀のため強く否定できない)
官吏A「記録係殿が困っておられる!」
官吏B「欄を増やすのは無理なのでは!?」
官吏C「剛明様がおられません。」
見かねた琴雪が静を落とす。
琴雪「……欄を増やしても……戻らない」
空気が沈む。
兵卒「政務殿の空気が……また沈みました!」
政務殿の空気がさらに沈む。
官吏A「空気が……また沈んだ気が……」
官吏B「声が……少し遠い……?」
官吏C「自分の影の実感が……薄い……」
兵卒「静の気配が……政務殿に触れています!」
さらに琴雪が場に静を落とす。
琴雪「……静の領域が……かすめている」
官吏「ひっ……!」
天華「かすめているなら、かすめ返せばよいのじゃ!」
官吏「かすめ返す……!?」
玲音「……かすめ返す、とは……どういう……」
(礼儀のため強く否定できない)
官吏A「記録係殿が困っておられる!」
官吏B「かすめ返すのは無理なのでは!?」
琴雪「姫様。……かすめ返しても……戻らない」
空気が沈む。
兵卒「政務殿の空気が……また沈みました!」
官吏A「書類を書いた気がしません!」
官吏B「筆の重さが分かりません!」
官吏C「歩いた実感が完全に薄いです!」
兵卒「厨房の味は……気配だけです!」
官吏D「剛明様の存在感……薄いままです……」
玲音「……記録欄の存在感も……薄いままです……」
天華が突然、勅令を発する。
天華「よいか!実感が薄いなら──
実感を増やす係を置くと、勅令するのじゃ!」
官吏A「勅令……!?」
官吏B「制度上、そのような係は存在しません!」
官吏C「勅令なら従いますが……制度文書が作れません!」官吏D「剛明様の制度文書……まだ薄いままです……」
官吏E「職務内容が……定義できません!」
兵卒「政務殿が……制度と勅令の板挟みです!」
天華「なんか言っておるのじゃ──
聞こえないよ? 勅令じゃからのう!」
官吏「聞こえないって言われた……!」
官吏「勅令の前では……制度が無力……!」
玲音「……制度文書の記録欄が……薄いままでは……」
官吏「記録係殿が困っておられる!」
またしても琴雪が静を落とす。
琴雪「……勅令なら……置かれる……
……しかし……置かれても……実感は……戻らない」
空気が沈む。
天華「戻らぬなら──
うちが勅令でもう一度、戻るように命じればよいのじゃ!」
官吏A「陛下!勅令で“戻る”ことはできません!」
官吏B「制度上、戻る項目がありません!」
官吏C「戻る文書が作れません!」
玲音「……戻るように命じる……記録欄が……ありません……」
琴雪が最後の静を落とす。
琴雪「……命じても……戻らない」
官吏・兵卒・玲音「戻らないんかい!」
政務殿の空気は静かに沈んだままだった。




