第五話 自然に祭祀なんよ
黎明の光が格子窓から射し込むと、天華の寝室はまるで王朝の絵巻物のような美しさに包まれている。
うららかな朝日は、帳に施された金糸の刺繍に息を吹き込み、龍や鳳凰の羽が目覚めるように眩く煌めいた。
微風に誘われてふわりと揺れるのは、紗で仕立てられた薄桃色の天蓋。その優美な揺らめきの足元で、最高級の敷物が、まるで水面のように淡く厳かな光を照り返していた。
そこへ蘭花が静かに入ってくる。
蘭花「姫様……朝でございますよ……ふふふ……御心が柔らかく揺れておられます……」
天華はぱちっと目を開けた。
天華「おおっ、そうであったか!
自然に朝が来たんじゃのう!!」
蘭花は即座に深読みする。
蘭花「ふふふ……流石姫様……
自然に朝が来るとは……天地の巡りが姫様に従っている証……
これは……祭祀の始まりでございます……ふふふ……姫様、流石です……」
天華「ほいじゃけぇ!
自然に始まったなら自然に続ければええんじゃ!!」
蘭花は一気にスイッチが入る。
蘭花「ふふふ……では寝室を祭壇に変えますね……
兵卒を呼びますね……供物を並べますね……
太鼓隊も呼びますね……笛も呼びますね……
ふふふ……姫様、流石です……」
天華「ほいじゃけぇ呼べばええんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
蘭花は嬉々として寝室を飛び出す。
薄花がそっと入ってくる。
薄花「姫様……蘭花より……“舞え”とのご指示でございます……」
天華「ほいじゃけぇ舞えばええんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
廊下から笛の調べが流れ込む。
細く澄んだ音色が寝室の空気を撫でる。
薄花の袖がふわりと広がり、
絹が空気を切り、
光が舞の軌跡を照らす。
兵卒(廊下から)
「薄花が……寝室で……舞っています……
笛まで……鳴っています……
意味が……分かりません……!」
天華「ほいじゃけぇ舞うんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
兵卒「自然なんかい……!」
琴雪が静かに入ってくる。
琴雪「……蘭花より……琴を……とのことです……」
天華「ほいじゃけぇ弾けばええんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
琴雪が琴を置き、指を添えた瞬間──
寝室の空気が一段沈む。
琴雪の一音が薄花の舞の軌跡を吸い込み、
静が天井へ昇っていく。
兵卒「静が……昇天しています……!
気配が……上へ……!」
天華「ほいじゃけぇ昇ればええんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
兵卒「自然なんかい……!」
蘭花「ふふふ……姫様、流石です……
風の儀・天の儀・地の儀が揃いました……
祭祀、始動でございます……」
執務殿で剛明は巻物を整理していたが、
ふと空気が揺れた。
剛明「……政務殿の気配が……薄いような……
静の波動……いや、何じゃろう……?」
兵卒「寝室の方角から……笛の音が……
練習かもしれませんが……」
剛明「笛……寝室で……?
いや、練習かもしれん……」
太后がゆっくり現れる。
太后「……寝室の方角が……妙じゃの……
笛か……舞か……
あの子、また何かしとるんか……?」
剛明「太后様、まだ断定はできません。
静も……気のせいかもしれません。」
牧玄「……生活はまだ崩れておりません……
ただ……空気が少し揺れております……」
太后「揺れとるんかい……まあ、見に行くぞ。」
蘭花が扉を開ける。
蘭花「ふふふ……姫様の祭祀、順調でございます……」
太后「祭祀なんかい!!」
寝室は完全に祭壇だった。
薄花が舞い、
琴雪の静が天井へ昇り、
供物が布団の横に並び、
笛が鳴り、
太鼓隊が待機している。
天華「ほいじゃけぇ、自然に祭りが始まったんじゃ!!」
太后「自然なんかい!!
寝室で祭祀するなと言っとるじゃろうが!!」
天華「ほいじゃけぇ寝室でもええんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
太后「自然なんかい!!」
蘭花「ふふふ……姫様、流石です……」
薄花の袖が廊下へ流れ、
笛の調べが政務殿へ伸びる。
兵卒「薄花が……廊下に……!
舞が……政務殿へ侵食しています……!」
剛明「侵食なんかい……いや、そんな例は……ない……!」
太后「ないんかい!!」
政務殿の天井には
龍紋の梁が何本も連なり、
琴雪の静を受けて淡く震えていた。
兵卒「龍紋の梁が……光っています……!」
剛明「静が……政務殿まで……届くとは……そんな例は……ない……!」
太后「ほんとにないんかい!!」
太鼓隊長「姫様の御心が政務殿に届いたと判断し……
自然に第三陣を……!」
太后「ほんとに本当に自然なんかい!!勝手に判断するんじゃないよ!!」
蘭花が政務殿の中央へ進む。
蘭花「ふふふ……姫様、流石です……政務殿は祭祀の本殿となりました……」
太后「本殿なんかい!!」
天華は龍紋の梁の光を浴びながら跳ねるように言う。
天華「ほいじゃけぇ!!
政務殿が祭祀になったなら──
政務殿で祭ればええんじゃ!!
自然じゃけぇ!!」
太后「跳ねとるんかい!!祭るなと言っとるじゃろうが!!」
天華「ほいじゃけぇ自然なんよ!!自然は止まらんのじゃ!!」
蘭花「ふふふ……姫様、流石です……」
兵卒「政務殿が……完全に……祭祀……!」
太后「えぃ、やめんかい!!」
政務殿の天井では
龍紋の梁が何本も連なり、
琴雪の静を受けて淡く光り、
古装時代の神殿のような威厳を帯びていた。
柱は薄花の舞の光を反射し、
笛の調べが梁の間を滑り、
太鼓隊の第三陣が整列し、
供物が中央に並び、
政務殿は完全に古装祭祀殿と化した。
──こうして政務殿は、
寝室から始まった自然祭祀に完全に飲み込まれたのであった。




