第四話 天華国なんよ
書の殿は、笑天宮の中心に位置する文化殿。
文書・記録・筆写・政務の基礎を担い、古装時代の国家運営を支える書の文化を象徴する建物だ。
書の殿の奥の間は朝の光をほとんど通さない。
黒檀の棚に並ぶ竹簡は、触れられるのを待つように静かに佇んでいた。
空気は重く、天華国の始まりだけがそこにある。
兵卒たちはその静けさに飲まれ、ひそひそ声で震えていた。
兵卒A「今日……姫様が歴史を学ぶ日なんよ……」
兵卒B「絶対なんか起きるんよ……記録の間が泣くんよ……」
そこへ天華が呼ばれてやってきた。
剛明「天華、本日は天華国公式記録の確認をお願いするんよ。」
天華は胸を張った。
天華「ほい、歴史を学ぶんよ!」
兵卒たち「え、学ぶん……学ぶんよ……(絶望)」
剛明は深衣の袖を整え、重々しく竹簡を手に取った。
剛明「では、天華。説明を始めます。“天華国は、光の殿より始まる”……これは建国制度の最初の記録なんよ。」
天華が覗き込む。
天華「ほい、なんとなく始まったんよ!」
剛明「なんとなく始まらんのんよ! 制度があるんよ!」
理策「補足致します。記録になんとなくの記述はありません。」
兵卒たち「導入からズレとるんよ!!」
太后が静かに口を開いた。
太后「建国は、人が人を守るための約束なんよ。自然に約束はできんのんよ。」
天華「ほい、自然に守られるんよ!」
礼珠「守るには礼の形があるんよ! 自然には形がないんよ!」
理策「補足致します。自然に形はありません。」
兵卒たち「礼まで否定するんよ!!」
そこへ牧玄がいつもの牛を連れて前に出た。
牧玄「建国したら生活が始まるんよ。食料も住まいも、全部準備せんといけんのんよ」
天華「ほい、自然に育つんよ!」
牧玄「牛は私たちが育ててる。育てんと育たんのんよ……」
理策「補足致します。野生種においては勝手に育っております。」
兵卒たち「牧玄様の教えを否定するんよ!!」
蘭花が竹簡を覗き込み、うっとりと目を輝かせた。
蘭花「……建国の瞬間、未来の姫様の御心が光ります……それが始まりの光……にございます……!」
剛明「未来で光ってなんなん。光ってないんよ!!」
理策「補足致します。記録に発光の記述はありません。」
兵卒たち「神話になりそうなんよ!!」
薄花がすっと前に出た。
薄花「……建国の光……まるで季節が小さく息をしておるようでございます……余韻の中に、ひとつの明日が生まれ…………なんとも美しゅうございます……」
剛明「余韻の中に明日もうまれんのんよ!」
薄花「建国の約束…… まるで大海原が小さく息をしておるようでございます……余白の中に、ひとつの明日が生まれ…………なんとも美しゅうございます……」
礼珠「約束は余白ではないんよ!」
薄花「建国の生活…… まるで大平原が小さく息をしておるようでございます……生活の中に、ひとつの明日が生まれ…………なんとも自然が美しゅうございます……」
牧玄「生活は美じゃないんよ!」
兵卒たち「美意識が全部侵食するんよ!!」
天華は竹簡を首をかしげながら覗き込んだ。
天華「ほい、文靖。建国って なんとなく 始まったって書いとるんよねぇ?」
文靖「……ひ、姫様。こちらには なんとなく とは書かれておりません……」
蘭花「ふふふ、流石姫様。……なんとなく建国……新たなる歴史の開闢にございます……!」
天華「ほい、じゃあ書いとって?」
文靖「……書かれていないものを書くのは……記録として正しくないんよ……! ですが……姫様のご意向なら……なんとなく の位置を……探してみます……」
兵卒たち「探すんよ!? 記録に なんとなく は存在せんのんよ!!」
文靖は竹簡を丁寧にめくりながら、滝のような汗を流して必死で探す。
文靖「……どこにも……見当たりません……! ですが……戻すんよ……本来の制度の記述に戻すんよ……!」
天華「ほい、自然に戻るんよ!」
文靖「……も、戻らんのんよ……! 筆が……手が……自然に書き換えとるんよ……!?」
兵卒たち「文靖は悪くないんよ!! 文靖は被害者なんよ!! そう、完全に被害者なんよ!!! 記録がなんとなく変わっていくんよ!!」
理策「報告致します。記録が自然に建国したに書き換わりました。」
蘭花「ふふふ、流石姫様。……自然建国……新たなる礎の幕開けにございます……!」
剛明「書き換わらんのんよ!!」
文靖は膝から崩れ落ちた。
文靖「……自然に書き換わる記録なんて……ないんよ……」
天華は満面の笑みで胸を張った。
天華「ほい! じゃあ自然に歴史を作るんよ!」
記録の間の重厚な空気が、その言葉に応えるように静かに震えた。
兵卒たち「歴史書が自然に揺れとるんよーーー!!」
――こうして、天華国の建国神話はなんとなく書き換えられた。




