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笑天宮御政録 ―自然に暴走する女帝と常識トリオ―  作者: 鑫鑫
第二章 白風の拡張なんよ

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第十二話 白紙が影を引くんよ

夜の音の殿は、黒檀が月光を飲み込み、

鳳凰の影だけが長く伸びて、殿の空気を静かに締めつけていた。

薄朱の床は昼の光を失い、踏めば音が沈むように吸い込まれ、

絹の垂れ幕は月の風を吸い込みながら、揺れるたびに光を薄く散らした。

奥の水盤は深い光を湛え、

水面が揺れるたびに柱の影がゆっくり歪んだ。

殿全体が、音を割るのを待つ“深い静”に沈んでいた。

その静けさの中心に――

琴雪が座っていた。


琴雪「……ふふ……夜の音は……静が深いほど響くのですよ……」


天華「ほいじゃけぇ、待っとったら自然に鳴るんよ!」


兵卒「鳴らんのんよ!! 自然に鳴るんは風鈴だけなんよ!! 鳴らすんは人のほうなんよ!!」


琴雪は微笑んだまま、弦にそっと触れた。

ポロロロン……

一音が殿の空気を震わせ、絹の垂れ幕が月光をまとってふわりと揺れ、水盤の光が柱の影をゆっくり揺らした。

蘭花はその揺れを見て、息を呑んだ。


蘭花「琴雪様の音……白紙の白と響き合っております……これは“天音白紙の理”でございますか……? ふふふ……流石姫様……」


兵卒「そんな理ないんよ!! 白紙と音が響き合わんのんよ!! 紙は耳ないんよ!!」


薄花は殿の隅に置かれた白紙を見つめた。


薄花「白紙……自然に美しゅうございます……月の光に導かれておられるのでは……?」


兵卒「導かれとらんのんよ!! 紙は歩かんのんよ!! 動くんは人のほうなんよ!!」


剛明は腕を組んで白紙を見た。


剛明「夜の殿にも白紙が出たなら、警戒が必要じゃ。影に反応する紙なんぞ、軍でも扱いづらいんよ。」


兵卒「軍の話じゃないんよ!! 紙一枚なんよ!! 脅威でもなんでもないんよ!!」


文靖は白紙を見て、袖を震わせた。


文靖「い、いえ……あの……白紙が影を引くなら……記録が……混乱します……政務殿の配置を……再検討せねば……」


兵卒「再検討するほど増えとらんのんよ!! まだ一枚なんよ!! 混乱するんは文靖殿のほうなんよ!!」


紫苑は静かに白紙を見つめた。白紙の影が、月光を受けて長く伸びていた。


紫苑「……白紙は……静を乱す。……夜の殿に置くものではない。」


兵卒「乱しとらんのんよ!! ただ置かれとるだけなんよ!! 乱れとるんは紫苑殿の心なんよ!!」


紫苑の心は静かに揺れた。

(……影……静……白紙……深い静が……沈む……?)


その揺れは、殿の空気に溶けて誰にも届かないほど小さかった。

暗がりから理策が、足音もなくすっと姿を現した。


理策「補足致します。影が長く伸びるのは、月光の入射角が低いためです。影に自我や呪術的意味合いは含まれません。」


兵卒「夜中にぬっと出てきて科学的根拠を語らんでいいんよ!! 一番びっくりするんよ!!」


天華は伸びた影を見て、嬉しそうに月を見上げる。


天華「ほいじゃけぇ! 白紙も月と一緒に夜の散歩をしとるんよ!」


蘭花「月夜徘徊の儀……?」


兵卒「散歩もしとらんし徘徊もしてないんよ!! ただの投影なんよ!! 勝手に怪異の儀式みたいに仕立て上げんで!!」


琴雪「……ふふ……影の散歩……風情がありますね……」


兵卒「琴雪様まで肯定的な頷きをしんといてほしいんよ!!」


天華は白紙を見て、ぱっと手を叩いた。


天華「ほいじゃけん、白紙も自然に影が聞こえるんよ!」


兵卒「聞こえんのんよ!! 紙は耳ないんよ!! 聞くんは人のほうなんよ!!」


琴雪は静かに弦を弾いた。

ポロロロン……

その一音が殿の空気をさらに震わせた瞬間――

白紙の“影だけ”が、ゆっくりと揺れた。

紙そのものは動いていないのに、影だけが生き物のように伸び、歪み、揺れた。

影の先端が、まるで意思を持ったかのようにスルスルと柱の影へ近づいていく。


剛明「ぬうっ! 影が独立運動を起こしておる! 隠密の仕業か、あるいは影による暗殺術か……!?」


兵卒「独立運動じゃないんよ!! 影が主張し始めたら世も末なんよ!!」


文靖「ひ、影が……公文書の影と重なって……文字が闇に吸い込まれていきます……!(血の涙)」


兵卒「吸い込まれてないんよ!! 重なって見えにくくなっとるだけなんよ!! 明かりを持ってきて!!」


蘭花「……影が姫様の御威光を映し出し、闇を制しております……ふふふ……流石姫様……」


兵卒「闇も制してないんよ!! 夜警の兵が怯えて巡回をやめそうなんよ!!」


蘭花「……白紙が……影を引いております……これは……“天影の呼応”……ふふふ……流石姫様……」


薄花「自然に揺れておられます……月の静と調和しております……」


剛明「やはり警戒が必要じゃ……」


文靖「記録が……混乱します……」


紫苑「……夜の静が……沈む。」


天華「ほい、自然に揺れたんよ!」


兵卒「自然に揺れんのんよ!! なんで影だけ揺れとるんよ!! 紙は影法師じゃないんよ!!」


音の殿の“深い静”は、白紙の影を中心に、ゆっくりと崩れ始めていた。


白紙はまだ増えん。ただ一枚が影を引くだけ――

それだけなのに、官吏たちの噂は一気に広がった。


官吏A「白紙は影を引くんじゃ」


官吏B「夜の静が飲み込まれとる」


官吏C「政務殿の別室にも影が伸びたらしい」


音の殿の夜の静は、白紙の前兆によって確かに揺れた。

琴雪は揺れる影を見つめ、静かに弦を弾いた。

ポロロロン……


その一音が、白紙の影と殿の空気を結びつけるように響いた。

音の殿は今日も静かすぎて騒がしい。

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