表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑天宮御政録 ―自然に暴走する女帝と常識トリオ―  作者: 鑫鑫
第二章 白風の拡張なんよ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/34

第七話 静の殿が揺れるんよ

◆ 静の殿へ入るんよ


朝の笑天宮は、まだ光が薄い。

東側の回廊を進むと、空気がひとつ静かになる。

そこが――静の殿。


黒檀の柱は朝の光を吸い込み、

表面にわずかな艶だけを残して静かに立っていた。

柱頭の鳳凰の彫刻は翼を広げ、影がゆっくり形を変える。


兵卒はその影を見て震えた。


「鳳凰まで静かなんよ……」


薄朱の板張りは、踏みしめれば短く「コッ」と鳴る。

その音が殿の静けさを逆に際立たせた。


天華が踏み込んだ瞬間、板が「コッ」と鳴る。


兵卒が跳ねる。

「ひ、姫様……静かすぎて怖いんよ……音の殿より静かなんよ……!」


天華は満面の笑みで言った。


「ほい、自然に静かになるんよ!」


蘭花

「……静の気配が……姫様を肯定しています……ふふふ……流石姫様……」


薄花

「静の余白が殿を照らしとるんよ!!」


兵卒

「照らさんのんよ!!静かなんよ!!」



◆ 自然と静がぶつかるんよ


その言葉に、殿の奥で琴雪がゆっくり顔を上げた。

白木の台座に置かれた琴の前で、

彼女はまるで空気そのもののように座っていた。


琴雪

「……静は、自然に生まれるものではありません。」


声は小さい。

けれど殿の空気が一瞬で琴雪のものになる。


天華は嬉しそうに近づく。


「ほい、じゃあその琴で、自然に音を出して!」


琴雪

「……音は、静を整えてから生まれます。」


天華

「ほいじゃけぇ、自然に整うんよ!」


琴雪

「整いません。」


兵卒

「静かに否定するんよ!!怖いんよ!!」


天華はさらに食い下がる。


「ほいじゃけぇ、自然に整えるんよ!」


琴雪

「……それは自然ではありません。」


兵卒

「ここが静かすぎて怖いんよ!!」


蘭花

「……静の気配が……姫様の御心を肯定しています……ふふふ……流石姫様……」


薄花

「静の余白が揺れになっとるんよ!!」


琴雪

「揺れません。」


兵卒

「揺れんのんよ!!」


◆ 美意識で静を侵食するんよ


そこへ薄花がすっと入ってきた。

絹の垂れ幕の揺れに合わせて歩くような柔らかさで。


「静の香り……これは茶の余韻と似とるんよ。」


琴雪がゆっくり薄花を見る。

「……余韻は、しらべが終わったあとに生まれます。」


天華

「ほい、自然に終わるんよ!」


琴雪

「終わりません。」


兵卒

「静かに否定するんよ!!」


薄花は琴雪の琴をじっと見つめる。


「この琴の弦……月光の反射が“余韻の光”なんよ。」


琴雪

「光は余韻ではありません。」


天華

「ほい、でも美しいんよ。美しいものは全部余韻なんよ。」


琴雪

「……美は余韻の定義ではありません。」


兵卒

「静の否定が全部静かなんよ!!怖いんよ!!」


薄花はさらに琴に近づく。


「この白木の台座……茶器の台座と同じ“静の美”なんよ。」


琴雪

「同じではありません。」


薄花

「ほいじゃけど、似とるんよ。」


琴雪

「似ておりません。」


天華

「ほいじゃけど、似とる気がするんよ。」


琴雪

「気の問題ではありません。」


兵卒

「静のツッコミが鋭いんよ!!」


薄花は水盤を見つめる。


「この水面の揺れ……茶の“余白の美”なんよ。」


琴雪

「余白ではありません。」


薄花

「ほい、でも余白の気配があるんよ。」


琴雪

「気配は余白ではありません。」


薄花

「でも余白の気配の気配が――」


琴雪

「ありません。」


兵卒

「静の人ら、気配まで否定するんよ!!」



◆ 静が揺れて


琴雪の指が弦に触れた瞬間、

静の殿の空気がすっと澄んだ。


ポローン……ポロロン……


黒檀の柱に吸い込まれていた朝の光が、

その音に呼ばれたようにわずかに揺れた。


音はまるで水盤の上に落ちた雫みたいに広がり、

小さな波が静かに重なっていく。


殿の空気がその波を受け取るたび、

薄朱の板張りがほんのり温度を変え、

鳳凰の影がゆっくり形を変えた。


目を閉じれば、

春の庭がそっと姿をあらわす。


薄桃の花びらがひらひらと舞い、

風が枝をなでて通りすぎる。


その風は強くない。

ただ、触れたか触れないか分からんくらいの静かな風。


ポロロン……ポロロロ……


音が重なるたび、

水盤の水面がきらりと光るように揺れ、

その揺れがまた音になって返ってくる。


静の殿は、

音が生まれるたびに呼吸し、

呼吸するたびに、また音が生まれた。


琴雪の演奏は景色を描くんじゃなくて、

景色そのものが“音になる”んよ。


「……音は、静を整えたあとで、初めて生まれます。」


その音色が、殿全体を支配した。


薄花は息を呑む。

「……美しいんよ。静の香りが音になったんよ……?」


「なってないんよ。」剛明が即ツッコミ。


薄花

「でも美しいんよ。美しいものは全部、茶の余韻なんよ。」


「余韻ではありません。」


「ほい、でも余韻の美は自然に生まれるんよ。」


「生まれません。」


兵卒

「静の否定が止まらんのんよ!!」


天華はぽつりと言った。


「ほい、静が揺れたら……自然も揺れるんよ?」


琴雪の目がわずかに揺れた。


「……揺れは、まだ早いです。」


兵卒

「絶対なんか起きるんよ!!静が揺れたら終わりなんよ!!」


その“揺れ”は、音の殿を越えて、

筆の殿、礼の殿、香音の殿へと広がっていく。


静の揺れが、笑天宮の自然を動かし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ