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笑天宮御政録 ―自然に暴走する女帝と常識トリオ―  作者: 鑫鑫
第二章 白風の拡張なんよ

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第八話 筆は自然に動かんのんよ

◆ 筆の殿は自然に動かんのよ


武の訓練が終わり、

兵卒たちが鎧を外して整列すると、

東側の静かな回廊から文官たちが歩いてきた。


その中に、まだ二十代前半の若手官吏――文靖がいた。


細身で背筋が伸び、

衣の袖を整えながら歩く姿は、

若いながらも真面目さが滲み出ている。


しかし――彼は緊張していた。


文靖

「・・・(女帝陛下に書を教えるなど……わしのような若輩者が……)」


兵卒

「文靖殿、頑張ってください……」


文靖

「・・・(頑張るしかない……)」


筆の殿は、音の殿とは違う静けさを持っていた。


黒檀の机は光を吸い、

白紙は薄い光を返し、

硯は深い影を湛えている。


机の上には、

黒い固形の墨、

滑らかな硯、

白い紙、

そして――


馬の尾毛で作られた最高級の筆が置かれていた。


毛先は白銀のように光り、

触れればふわりとしなる。

職人が何日もかけて毛並みを揃えた逸品だった。


薄花はその筆を見た瞬間、目を輝かせた。


薄花

「天華様……この筆……自然に美しゅうございます……

 馬の尾毛が……風の流れを宿しておるようで……」


文靖

「い、いえ……あの……宿してはおりませぬ……

 職人が……丁寧に揃えて作るのです……」


蘭花

「尾毛の流れ……“天筆の理”でございますか……?

 ふふふ……流石姫様……」


兵卒

「そんな理ないんよ!!」


天華

「ほい、自然に流れとるんよ!」


文靖

「姫様、……流れては……おりませぬ……」


兵卒

「流れんのんよ!!」



◆ 墨の香りは自然に出らんのよ


文靖は墨を硯に置き、ゆっくり磨り始めた。


「ゴリ……ゴリ……」


墨の香りが広がる。


薄花

「この香り……自然に良い香りです……

 松煙の香りが……天華様の袖と調和して……」


兵卒

「袖と調和せんのんよ!!」


蘭花

「香りの調和……“墨香の理”でございますか……?

 ふふふ……流石姫様……」


兵卒

「そんな理ないんよ!!」


天華

「ほい、自然に香りが出るんよ!」


文靖

「姫様……い、いえ……磨るからで……ございます……」



◆ 筆は自然に動かんのよ


文靖

「では……まずは『天』の字を……書いてみましょう……」


天華は筆を紙に置いた。


天華

「ほい、自然に書けるんよ!」


筆は動かない。白紙のままだ。


薄花

「天華様……筆先が……自然に美しいです……

 紙の白色と……尾毛の光が……とても……」


兵卒

「美しいとかじゃなくて書かんのんよ!!」


蘭花

「紙の白色と尾毛の対比……“天紙の理”でございますか……?

 ふふふ……流石姫様……」


兵卒

「そんな理ないんよ!!」


文靖

「姫様……筆は……動かさねば……」


天華

「ほい、自然に腕が動くんよ!」


文靖

「い、いえ……あの……姫様が……動かされませぬと……」


兵卒

「筆は動かさんと動かんのんよ!!」


文靖は天華の手をそっと導き、筆をゆっくり動かしはじめた。


天華の手は軽くて、ふわふわしていて、

まるで力がどこかへ抜けていくようだった。


「自然に」と言い張るその無邪気さに、

文靖は思わず胸の奥で苦笑した。


(……自然に、ではなく……動かしておられるのですが……

 しかし……この方は本気で“自然”を信じておられる……)


筆先が紙の上をすべり、

白い紙にゆっくりと線が生まれていく。


「天」


天華

「ほい、自然に書けとるんよ!」


文靖

「い、いえ……あの……わたくしが……少し……」


蘭花

「……文靖殿の導きが……姫様の御心を肯定しています……

 ふふふ……流石姫様……」


薄花

「筆の余白が美になっとるんよ!!」


兵卒

「美とかじゃなくて書いとるんよ!!」


◆ 書は自然に整わんのよ


文靖

「姫様……書は……

 心を整え、

 形を整え、

 息を整えることで生まれます……」


天華

「ほい、自然に整うんよ!」


蘭花

「整い……“天整の理”でございますか……?

 ふふふ……流石姫様……」


兵卒

「そんな理ないんよ!!」


文靖

「姫様……い、いえ……整えませぬと……」


兵卒

「整えんと整わんのんよ!!」



◆ 剛明、筆の殿に自然にこんのよ


その時、訓練場の入口から何故か剛明が歩いてきた。


黒地の肩掛け(軍肩)が揺れ、

銀糸の「軍」の字が光る。


剛明

「文靖殿、天華の書はどうじゃ?」


文靖

「ふ、副将軍殿……

 姫様は……“自然に書ける”と……」


剛明

「また自然に言うとるんか……」


天華

「ほい、自然に書けるんよ!」


剛明は筆を取り、紙に一文字書いた。


「天」


その字は力強く、しかし柔らかく、紙の上に静かに立っていた。


天華

「ほい、自然に書けとるんよ!」


剛明

「わしが書いとるんよ!! 自然じゃないんよ!!」


兵卒

「そうなんよ!!」


薄花

「副将軍殿の字……自然に美しゅうございます……」


兵卒

「褒めとる場合じゃないんよ!!」



◆ 書を楽しくする御政なんよ


天華は突然、手を叩いた。


天華

「ほいじゃけん、書を楽しくする御政をするんよ!」


文靖

「えっ……あの……陛下……?」


兵卒

「また始まったんよ!!」


剛明

「天華、書は自然にできるもんじゃなくて、

 人が心を込めて書くんよ。」


天華

「ほい、自然に心が込もるんよ!」


兵卒

「込もらんのんよ!!」


琴雪(静かに微笑む)

「……ふふ……心は……込めるものですよ……」


兵卒

「静かすぎて怖いんよ!!」


筆の殿は今日も騒がしい。

しかし――その騒がしさこそが笑天宮の文化だった。

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