第五話 自然に当たるんよ
◆弓の訓練
今日も訓練場は、鎧と刀の訓練が終わり、
次は弓の訓練の準備が始まっていた。
兵舎の黒鉄瓦は朝光を鈍く返し、
鉄梁はまだ少し温かい。
砂地の訓練場には、弓の弦を張る「ギッ」という音が響いていた。
兵卒たちは竹で作られた弓を手に取り、
獣の腱で作られた弦の張り具合を確かめている。
休暇していた天華はその音を聞いて目を輝かせた。
天華
「ほいじゃけぇ、自然に当てるんよ!」
兵卒
「自然に当たらんのんよ!!的を狙うんよ!!」
蘭花は弦の震えを見て、静かに微笑んだ。
蘭花
「ふふふ……姫様、流石です……
弦の気配が……矢の行方を……自然に肯定しています……
“ギッ”は……弓の殿の挨拶です……」
薄花は余白を広げるように手を添えた。
薄花
「弦の余白が矢を照らしとるんよ!!
姫様が聞いたら弦が“ほいじゃけぇ”って鳴るんよ!!」
兵卒
「鳴らんよう、ほいじゃけぇって鳴らしとらんよ!!」
◆的は動くよ!!
訓練場の奥には、丸い木製の的が三つ並んでいる。
中心には赤い円、
外側には黒い輪が三重。
木目が残され、油が塗られて光沢がある。
そして――
この的には兵卒たちが「動かすための仕掛け」がついていた。
裏には幅広の木板を縦に二枚、横に一本組み合わせた支柱。
支柱の下部には丸太を削った大きな車輪が二つ。
中心には鉄の軸が通され、
兵卒が押すと車輪が回り、
的全体が左右に動く仕組みだ。
車輪の外側には砂地でも滑りやすいように薄く油が塗られている。
兵卒が押すと、
車輪が「ギギッ……ギギッ……」と音を立てて回り、
的が左右に揺れるように動く。
天華はその動きを見て目を輝かせた。
天華
「ほいじゃけぇ、自然に動いとるんよ!」
兵卒
「動かしとるんよ!!自然じゃないんよ!!」
蘭花は揺れる的を見て、静かに頷いた。
蘭花
「……揺れの気配が……姫様の視線を……自然に肯定しています……
ふふふ……流石姫様……」
薄花は余白を広げて言った。
薄花
「揺れの余白が的を照らしとるんよ!!
姫様が見たら的が“ほい”って揺れるんよ!!」
兵卒
「揺れんよう、副将軍の指示で兵士が押しとるんよ!!」
◆いつものように剛明登場
その時、訓練場の入口から剛明がゆっくり歩いてきた。
深衣の上に軍務府の副将軍だけが着用を許される
黒地の肩掛け(軍肩)をまとい、
銀糸の「軍」の字が日を受けて眩しく光る。
腰には細い竹簡を数本差しており、
歩くたびに「コトッ」と小さく鳴った。
兵卒たちは剛明の姿に気づき、慌てて姿勢を正した。
兵卒たち
「副将軍殿、おはようございます!」
兵卒から状況をきき、剛明は軽く頷き、天華たちの前で立ち止まった。
剛明
「天華、弓は自然に当たらんのんよ。
自然に動く的もないんよ。わしの指示で動かしてるんよ」
天華
「でもね、自然に動いたら楽しいんよ!」
蘭花
「……楽しさの気配が……弓を肯定しています……ふふふ……」
薄花
「楽しさの余白が的を照らしとるんよ!!」
剛明
「照らさんのんよ!!
的はわしの指示通りに動かしてるんよ、兵士が押しとるんよ。」
天華
「ほい、自然に押すんよ!」
兵卒
「押さんと押せんのんよ!!」
◆静・動の的への訓練、
剛明
「たちまち、静止した的に向かって五射じゃ。」
兵卒たち
「はいっ!!」
弓がしなり、
矢が「ヒュッ」と音を立てて飛ぶ。
天華
「ほい、自然に当たるんよ!」
兵卒
「当たらんのんよ!!狙うんよ!!」
蘭花
「……狙いの気配が……矢を肯定しています……ふふふ……」
薄花
「狙いの余白が矢を照らしとるんよ!!」
兵卒
「照らさんのんよ!!」
剛明
「よし、次は動く的じゃ。兵卒、的を動かすよ。」
兵卒
「はいっ!!」
兵卒が支柱の横棒を両手で押すと、
的は一定の幅で左右に往復する。
右へ「ギギッ」
左へ「ギギッ」
また右へ「ギギッ」
天華
「ほい! 自然に揺れとるんよ!」
兵卒
「動かしとるんよ!!自然じゃないんよ!!」
剛明
「天華、動く的は難しいんよ。
自然に当たるんじゃなくて、動きを読んで狙うんよ。」
天華
「ほい、自然に読めるんよ!」
兵卒
「読めんのんよ!!目で見て的を追うんよ!!」
天華
「ほいじゃけぇ、自然にあたるんよ!」
兵卒
「上手く狙って当てるんよ!!」
剛明
「天華、的は自然に止まらんし、
自然に動かんし、
自然に当たらんのんよ。」
天華
「でもね、自然に当たったら楽しいんよ!」
兵卒
「楽しいとかじゃなくて、訓練なんよ!!」
◆お約束だ!
天華は突然、手を叩いた。またもやお約束だ!
天華
「ほい! 的を楽しくする御政をするんよ!」
兵卒たち
「楽しくするんはええけど……」
蘭花
「……楽しさの気配が……的を肯定しています……ふふふ……」
薄花
「楽しさの余白が的を照らしとるんよ!!
姫様が言うたら的が“ほい”って笑うんよ!!」
兵卒
「笑わんのんよ!!的なんよ!!」
剛明
「天華、的は楽しくするもんじゃなくて、
兵士が狙うためのもんなんよ……」
天華
「ほいじゃけぇ、自然に当たるんよ!」
兵卒
「訓練せんと当たらなんのんよ!!」
訓練場は今日も騒がしい。
しかし――
その騒がしさこそが笑天宮の兵舎の日常だったのだ。




