第二話 静が揺れるんよ
◆木の殿
御政殿は天鏡殿の約半分の規模だった。
東西六十歩・南北四十五歩。
光の殿ほどの荘厳さはないが、
木の香りがふわりと漂う静かな空間だった。
天鏡殿の光の殿とは対照的に、ここは“木の殿”としての落ち着きを持っている。
木組みの天井は複雑に交差し、
朝光がその隙間に入り込んで柔らかい影を落とす。
深衣の官吏たちが竹簡を抱えて走り回り、
木床がその足音を吸い込んでいく。
天華
「ほい、木の殿は自然に静かなんよ!」
官吏
「自然にじゃなくて、木なんよ!!」
蘭花
「ふふふ……姫様、流石です……
木の気配が……朝の御政を……自然に肯定しています……」
薄花
「木の余白が静けさになっとるんよ!!
姫様が来たら木が“ほい”って目覚めるんよ!!」
官吏
「目覚めんように作っとるんよ!!木は静かなんよ!!」
◆床の揺れ
天華が御政殿の入口から一歩踏み出した瞬間、
木床が「ギッ」と鳴った。
天華
「ほい、床が自然に喋っとるんよ!」
官吏
「喋らんのんよ!!鳴っただけなんよ!!」
蘭花は床の音を聞いて、静かに微笑んだ。
「……床が……姫様の歩みを……肯定しています……ふふふ……
“ギッ”は……歓迎の音です……」
薄花は完全に乗った。
「床の余白が声になっとるんよ!!
姫様が歩いたら床が“ほいじゃけぇ”って鳴るんよ!!」
官吏
「鳴らんように作っとるんよ!!床は静かなんよ!!」
御政殿の床は、天鏡殿の鏡床とはまったく違う。
木床は柔らかく、踏むたびに微妙に沈む。
天華がさらに数歩進むと、
床が「ギッ」「ギッ」と鳴り、
御政殿の静けさが天華の歩みに合わせて揺れた。
天華
「ほい、床が自然に揺れとるんよ!」
官吏
「揺れんように作っとるんよ!!」
蘭花
「……床の揺れが……姫様の御政を……肯定しています……ふふふ……」
薄花
「床の余白が揺れになっとるんよ!!
姫様が歩いたら床が“ほい”って沈むんよ!!」
官吏
「沈まんように作っとるんよ!!木床なんよ!!」
◆玉座
御政殿の奥には、初代皇帝の玉座があった。
背面には「御政は無理なく、無茶なく、無駄なく」の言葉とともに、
初代皇帝の彫りものが刻まれている。
木目を生かした柔らかい線で皇帝の笑顔が描かれていた。
天華
「ほい、この人、自然に笑っとるんよ!」
官吏
「自然にじゃなくて、彫っとるんよ!!」
蘭花
「……初代皇帝も……姫様の御政を……肯定しています……
ふふふ……流石姫様……」
薄花
「彫りものの余白が笑いになっとるんよ!!
姫様が来たら彫りものが“ほい”って光るんよ!!」
官吏
「光らんように作っとるんよ!!木なんよ!!」
◆水路
御政殿の脇には、政務用の水路が細く走っていた。
だが今朝は落ち葉が詰まって水が流れにくくなっていた。
天華
「ほい、水路が自然に詰まっとるんよ!」
官吏
「自然にじゃなくて、詰まっとるんよ!!」
天華は竹筒を手に取ると、水路に向かって言った。
「ほい、竹筒さん、水路の掃除をしてほしいんよ!」
官吏
「竹筒は掃除せんのんよ!!ただの筒なんよ!!」
蘭花
「……竹筒が……水路の気配を……自然に肯定しています……
ふふふ……流石姫様……」
薄花
「竹筒の余白が掃除になっとるんよ!!
姫様が頼んだら竹筒が“ほいじゃけぇ”って動くんよ!!」
官吏
「動かんように作っとるんよ!!竹筒は静かなんよ!!」
天華が竹筒を水路にそっと当てると、
落ち葉が「ポロッ」と流れた。
天華
「ほい、竹筒が自然に掃除したんよ!」
官吏
「落ち葉が自然に流れただけなんよ!!」
剛明が竹簡を抱えて現れた。
剛明
「姫様……今日は……自然に来られたんですか……?」
天華
「ほい、自然に歩いたら着いたんよ!」
官吏
「自然にじゃなくて、案内したんよ!!」
蘭花
「……制度が……姫様の歩みを……自然に受け入れています……
ふふふ……流石姫様……」
薄花
「制度の余白が姫様を歓迎しとるんよ!!
剛明さんの顔も余白になっとるんよ!!」
剛明
「余白じゃなくて困惑なんよ!!」
◆制度の揺れ
理策は剛明の副官。淡々と説明をはじめた。
理策
「姫様が到着されたため、
朝政の開始予定時刻が自然に三刻ずれました。」
官吏
「自然にじゃなくて、姫様のせいなんよ!!」
天華
「ほい、自然に三刻ずれたんよ!」
蘭花
「……時間の揺れが……制度を……肯定しています……ふふふ……」
薄花
「三刻の余白が朝政を美しくしとるんよ!!」
剛明
「美しくならんのんよ!!時間は揺れんように作っとるんよ!!」
御政殿の中央にある木卓に竹簡が積み上げられた。
剛明
「では……朝政を始めます……」
天華
「ほい、自然に始まるんよ!」
官吏
「自然にじゃなくて、剛明さんが始めるんよ!!」
蘭花
「……影が……姫様の御政を……自然に肯定しています……
ふふふ……流石姫様……」
薄花
「影の余白が御政を照らしとるんよ!!
姫様が座ったら影が“ほい”って揺れたんよ!!」
剛明
「揺れんように作っとるんよ!!影は自然に揺れんのんよ!!」
御政殿は朝から騒がしい。
ここは“制度の殿”。
天華の天然が、
蘭花の深読みが、
薄花の美意識が、
制度の線を本格的に揺らし始めていた。




