第6話
~ 帝都・赤の広場付近 ~
どうやら片付いたらしい。
後方で聞こえていた、官兵の悲鳴や鎧の鳴る音が静まっていくのがわかる。彼らには悪いが、個々の強さはさほどではない"ただの死体"を相手する事に、わずかながら集中できた事は幸いであった。エリーザ嬢はまだ半ばパニック状態で敵を切り倒している状況であるが、男三名がようやく冷静さを取り戻すことができている。
あのカラス色の女は、今視界に映る範囲以上の死体は操れない。
それがわかっただけでも十分な収穫だった。
官兵への対処が始まったあたりで、こちらに向かってくる死者の数が明らかに目減りしている。徐々にではあるが数も少なくなり始めていた。『10:0』だった比率がゆるりと『4:6』になっているという事だ。
(だとしても多すぎるけどな)
希望が見えてきた中、レオンの気がかりは兄の方にうつる。
一番修羅場の経験値が高いはずの兄が、一定の間隔で必ず、まだ再生中で動けずにいる赤い女の方へ注意が向いているから。当然の行動ながら、兄の全身から放たれる並々ならぬ殺意は一体どういうことなのだろう。
他人の感情に敏感なギルベルトが、居心地悪そうな顔色になり始める程だ。
飛び出した直後の口ぶりも、旧知の関係で無ければ出ないセリフだったと思う。よく考えれば、都へ出てきてからも何度か会っているが、兄が西方で具体的にどんな活躍をした人なのかという、細かい点を知らない。
家族であれ知らない事はあって当然。それは理解しているが、感情にささくれができた気分にもなる。
「兄ちゃん……兄ちゃん!」
「……ッ!? あ、あぁ」
兄の肩を小突き、ようやく我に返ったようだ。
状況はかなり良くなっているのだから、この機を逃すべきではない。反対方向の死者は、ク=シグの頑張りで相当数減っている。
「嬢ちゃん、大丈夫……だナ」
「えぇ、だ、大丈夫、です。まだ走れます」
男衆の息はまだあがっていない。ただ彼女の息は少し絶え絶えになりつつあった。無理も無い。身なりからして、護身の剣術を手ほどきされているのは間違い無いだろうが、こんな状況下で剣を振るった経験は皆無だった筈。
なのでレオンは、懐から鮮やかで濃いオレンジ色の液が詰まった小瓶を取り出して、エリーザ嬢に手渡してやる。
「あの、これは」
「薬湯だよ。ニンジンとニクジュヨウとか、諸々煎じた。疲れには効くから」
すると、彼女はコルクを抜いて、中身をぐいぃと飲み干した。出会って1日も経っていない男から渡された薬だ、少しは躊躇しても良いのではと、こんな状況下ながら考えてしまう。善意であるから嬉しい事は嬉しいが。
まぁ効き目は保証する。なにせ、アカデミーでは緑院随一と言われた腕前だ。母には色々終わった後、五体投地にてあがめ奉らなければなるまい。
母直伝のレシピは本当に、効く。恐ろしいくらい。
「―― えッ!?」
ほら、効いた。少し曲がりかけだった背中が真っ直ぐ伸び、肩や脚に力が戻ったのが端から見てもわかる。解りづらいが、倦怠感/疲労感が嘘のように消えるのだ
。ただし強烈なデメリットもある。
「効いた。すごい、何これ」
「じゃあ、今の内に脱出するよ。あくまで"元気の前借り"みたいなもんだから」
「後でドッと重いのが来るんだよね、それ」
それを先に言え……と無言の圧力を放つ、少女の抗議の目線が痛い。しかし他に手があったのか、と返したいがこらえた。
再度、カラス色の女が暴れている方向を見やる。時間はもう殆ど残っていない。
あの女はあの後も何度か、黒い帯を振るって官兵の命を奪っていた。鎧を着込んだ相手には躊躇無く使っているあたり、そうでも無いと重武装の相手を処理できないと見て良い。物体に直接干渉する魔法は得意では無いという事か。
重要な情報だと思った。
死んでいく官兵には悪いが、業務上の仕方が無い死というヤツである。呑み込むにはあまりにも痛い。ただ、昨今の賄賂等……"横暴"が目に余っていた事も想えば、あの中に混じっていればいいのにとも思ってしまう。
(嫌なヤツになっちまったなぁ、俺 ―― っお?)
ふと、カラス色の女の頬や額に、汗が浮かび上がってきているのを視認できた。視力を鍛えた甲斐があったというものだ。
黒い帯は、魔力を相当消耗するという事がこれでわかった。あの女も疲れてきている。大酒飲みの如き貯蔵量だと思っていたが、ようやく底が見えてきた。
「全員、ちょっとの間眼をつぶっててくれ!」
両手を前にかざす。視線を、左右にくれ、ギルベルトとク=シグが頷いた。いまいち呑み込めないエリーザ嬢には、兄が促してくれている。
脳裏に浮かべる情景が、この場に顕現する事を思い浮かべる。それが、思い浮かべているだけで無く、ココにあるという事実へと塗り替える。召喚とはまた別に、事象を顕現させる呪文。
カラス色の女が、こちらを見た。官兵を殺戮した時の、世にも恐ろしい暴君の面影が消え失せて、不気味で妖艶な女の顔だけが残っている。
月明かりに照らされて、絵画のような情景だった。
足下に広がっているのが屍の山でさえなければ、世間の画家達がこぞってこの景色を眼に焼き付けようとしただろうに。
もったいない女だ。まぁ、これから互いに見えなくなるのだが。
「―― 『幽谷の霧』」
強烈な閃光が、夜の街道を埋め尽くす。この区域の住民達が、朝の到来を錯覚させるが如くの光量。
規模を大きく発動させた。先んじて、母レシピの薬で補充してある。あのお嬢ちゃんに渡したのはラス1だ。逃げる分の体力は残す。もし万が一追撃があったとして、ギルベルトが打ち消し呪文を使うだろう。
視界の光が消えていくのと同時に、視界一面を霧が支配しているのがわかる。
これで戦闘の続行は、互いに不可能だ。無理をすればマナの無駄撃ちだ。それをする程あの女とて愚かではあるまい。
事実、音も消えている。
「―― 坊や、 名前は?」
「…………」
少しの間の沈黙を破ったのは、カラス色の女だった。答えてたまるものか。場所を教えてやる必要も無い。
『名前』は普段とは別の意味でも、特別な用途はあるものだ。『名前』とはそのとおり、存在を証明するモノの一つ。時によって名前は祝福として機能するし、人を縛る呪いにもなり得る。ましてやあのおぞましい呪文を駆使する女には伝える訳にいかない。
「残念ながら、お開きね」
カラス女がそう言うと、その向こう側の雑踏が大きくなっていく。官兵の第二波が到着しかかっているという事だ。向こうも弾が尽き欠けているという事だろうか、薄ぼんやりと浮かんでいる影は、肩を上下させている。その影が、小山を降りるのが見えた。死体の山を下りて、もう一人の女・赤服の女であろう影に近づいていく。
小さく、隣にいた兄が舌打ちした。相当あの赤い女に思い入れがあるらしい。
向かってくる足音が、さらに大きくなってくる。中には馬蹄も混じっていた。相当な数である。カラス色の女が、赤い女の肩に手を乗せると、己の懐から小さな物体を取り出した。何かの【魔導具】だろうか。その魔導具を掲げるや、鈍く青い光が走って、女二人の姿が消えていった。
「『転位』の呪文を封じてた? 【タリスマン】か」
「そんな事言っている場合カ、さっさと逃げるゾ」
「……門を通るの? 部尉に止められるわよ、夜間通行は禁止だし」
「門を通ル? それ意外にも都を出る方法はあるサ」
場を荒らすだけ荒らした女達がこの場を去った。後は自分達が逃げる番だ。
何せ、濃霧が晴れればこの場に広がっているのはおびただしい数の死体と、焼け焦げた酒場。あちこち破損した建物。すべて自分達が罪を被る事になる。それだけは今避けねばならない。
広場の処刑で"知ってしまった事実"。それを追う前にあの世へ一直線コースになるのは明白である。
ク=シグの先導で、濃霧の中を進み、レオン達もこの場を去って行く。
(あの時、ギルを意地でも止めておけば良かったか?)
そうは考えこそすれ、起こってしまった以上考えても仕方の無い事だ。既に時は進んだ。巻き戻す事なぞ出来はしない。とんでもない事に首を突っ込もうとしている予感しかしないが、きっとこれも精霊のお導きというヤツなのだろう。
母に怒られるだろうなと思いつつ、レオンは生まれて初めて、精霊に心の中で毒づいた。
まさかこれが運命だと言うのなら、とんだ悪趣味な筋書きだ、と。
※※※※※※
~ 帝国西方・都市【カイロニア】にて ~
『水の都』 ―― 帝国を流れる南の大河に沿って位置し、支流を引き込み海にも近く、物流豊か。かつ周囲の地域には農地が栄えている。水路をも活用した街中には小舟が行き会い、人々も往来盛んである。第二の都とも呼び声高く、副首都とも呼称される。それがこの大都市の表姿。
そんな色彩豊かな街には今、不気味な『唄』が逸っていた。老若男女が、口ずさんでいるのだ。
―― 金の天はまさに死し
―― 黒の天は立ち上がり
―― 大地の月が登りし時に
―― 天下は大いに吉ならん
流行歌は早々に禁じられた。にもかかわらず、日を追うごとに張り紙は増え、兵が怒鳴り声を上げても方々の子供達が囃し立てる。
口は塞げど手が動き、手を縛れども口が紡ぐ。
街中の所々に、吊るし首となった罪人の遺骸がぶら下がっている。その首には、『私は破壊願望者です』、『私は民草を煽りました』等と罪状が記された札がぶら下げられており、遺骸に"悪さ"をしないよう兵が見張りに立っている。
その横を行き交う人々は、もはや日常になりつつある事を示すように、誰一人として遺骸には目もくれなかった。
処刑執行回数、過去最多。
不名誉極まりない数字だが、カイロニアの民にとっては不幸とは思わない数であった。気にしないのでは無く、それが間も無く覆る事を予見していたからである。『朝廷の御世』などという言葉は、もはや路地裏の三文道化が酔って振る舞うジョーク以下の価値に成り下がっていた。第二の都とてこのザマだ。
街の南方には、河川に沿うような形で街道がひかれ、宿泊宿や市場、一本裏の方には色町への入り口もある。どの道も鮮やかで、看板や建具も豊かな色彩が光っていた。しかしその全てに影が差しているようにも思える。街全体を覆う雰囲気がそうさせているとも言えた。
その影は、怨恨だ。
市場の軽食屋前に掲げられている看板を、一人の女が見つめていた。
剣士らしき女だ。看板には"価格改定のお知らせ"とある。
「サンドイッチ、高くなっちゃったのね」
「あぁ、卵とレタス/トマトのヤツだったね、クラーラ」
店主の男が、女をみやるとそう言った。普段日課に買っているサンドイッチが、ぐんと値上がりしていたのだ。買えない額では無いが、毎日のランチにするにはすこし躊躇する価格帯まで。他のメニューも大体そんな感じになっている。この軽食屋だけでは無い。そこかしこで客の悲鳴に近い声と、店主達の嘆く声が聞こえてくる。互いに事情を知っていてなお出てきてしまう悲観の声。
「ギャロワさん、全部値上がり?」
「そんな所だよ。仕入れ値がつり上がった。小麦に卵、東からの産物もね」
「でも、原価は上がってない、でしょ」
クラーラと呼ばれた女剣士は、吐き捨てるように言う。店主・ギャロワへの嫌みでは無い。理由はわかっているのだ、この街に住まう者達はみな。
「あぁ、関税が跳ね上がった」
原価ならまだマシだから。生産者が潤うのだから。しかし関税となれば、値上がりの音頭を取ったのは誰なのか明白である。
「関所も十三箇所増え、"鼻薬"をきかせ関税も取られ、だからな。あまりに馬鹿らしくて来なくなった商人もいる」
「そうやって、この街も、どの街村も廃れてくんだ。天のご意思は何処にあるのやら」
女騎士は、怨めしげに街の北方を見やる。視線の先には、この街の主の舘がある。
「下水に住み、襤褸を着る者。塀の中に住み、絹を着る者。
襤褸と彼ら。精霊様は全てを見守ると言うけれど、『平等』って言葉はご存じじゃ無いみたい」
「抑えろ、クラーラ。ここは市場だぞ、大それた事を言うな」
「必要無いよ、ギャロワさん。遠慮する必要は、ね」
すると、軽食屋の亭主だった男の顔つきが変わった。周囲の客達も。
「都の"彼女"から連絡。鼠が死んだ、鳳が餌にかかった」
「満願成就の時来たり、か。店主も様になってきた所だってのに」
「もしかして常連さん多かった? じゃあ残念だけど、今日で店じまい」
クラーラの言葉が意味するもの。それをこの店主と、周囲の人間が理解した。息を合わせるように。
※※※
―― その夜、この都市にも綺麗な月の光が差し込んでいた
夜の街道を歩いているのは、街を護る衛兵。その合間に、武装した市民達も混じっていた。普段は追う者追われる者である筈の、無法者共らしき姿もある。
襤褸を纏って、手に農具を持つ者がいた。小綺麗な服に立派な鎧を身につけ、槍を掲げる若者が、その襤褸を纏う者を支えている。男と女、老人と若者、衛兵と無法者、金持ちと貧乏人。この場にいるのはその全て。月明かりと、照らされる武器に反射した光の調和。本来は背筋を凍らせる筈の光が、彼らを導くしるべとなっていた。
この街に住まう者達の怒りが、一箇所に集結しようとしている。
先頭に立っているのは、金と白が入り交じった髪を蓄えた、初老の男性である。
濃い紺色の生地に、白の刺繍を施した修道服。白地に金刺繍のストールを身につけていた。蒼天の如く澄んだ眼の奥底に、怒りの炎を宿らせて。後ろに控えている民衆や官兵、無法者達が注ぐ目線には、眩きモノを見る情熱がある。それらを背に受け、導いている。
「目指すは【州牧】の舘である」
地方行政、その最高位にある【牧】の住まう舘。それを今から襲撃する。
「『黒天渠師』様、他県の同志達より報告が。【太守】/【県令】宅は既に包囲完了しております」
先頭に立つ男・黒天渠師の側に、一回り若い男が控えた。その顔は、昼間市場で軽食屋をやっていた男の顔。
「今日まで堪え忍んだ甲斐が、我らにもたらされますよう」
「皆には、これより苦労をかける事となろう、しかし……」
少し心苦しげな顔をする黒天渠師の側にもう一人、人影が近づいた。
「物々しい肩書きは寄せ、とでも仰るおつもりでしょうや」
人形の如き造形美を持つ女だった。月を思わせる銀色と、川面の如き優美さを持つ水色が入り交じる、白銀の輝きを放つ長髪。
絹のような触り心地であろう肌と、宝玉をはめ込まれている印象を持った瞳。
「天子を斃そうとなさる御方が、何の尊称も持たぬ平民では、皆が従い納得する事はありません」
「……『パライバ』よ、そうは言うが、これより我らが行うは"乱"である」
「信徒百万、貴方様はその上に立つのです」
進み行く大衆の先頭で、三名の男女が言葉を交わす。
「私は、政道を正したいのだ。皇家が人を顧みず、英知を育む学院が歴史をねじ曲げてきた。
皆が臨むのであれば天を戴こう。ただ、そのために多くの人民が艱難辛苦を味わうのが心苦しい」
「お優しい御方。"乱を起こす"に心痛めるそのお姿には、わたくしも痛み入ります」
「何か、よからぬ"卦"が出たのでしょうか」
ギャロワの問いに、一呼吸置いて、黒天渠師と呼ばれる男が言葉を絞り出した。
「夢を見た。小屋の中で目を覚まし、前門には熊が立ち、後門にはドラゴンが控え、外に出られず。
そんな中で、私の頭に角が生えてくる。この数年は必ずその夢を見るのだ」
「それは吉夢でございましょう。熊は先史より称えられる獣の王。
ドラゴンは現皇家の守護獣。彼らが貴方を護ろうとしているのです、角は『冠』とも言えます」
勇気づけるように、パライバと呼ばれた女が渠師の背を撫でながら言う。
その様子を、少し怪訝さを込めた眼で、ギャロワは見ていた。決起にあたって、この女は大いに働いたからとやかくは言いたく無い。しかし、どうにも"臭い"のだ。
「黒天渠師、『アロイス・ブノワ・ユベール』様。そろそろ州牧の舘に到着します」
※※※
―― 真昼に、帝都にて一人の泥棒が処刑された夜。歴史が大きく動いた。
時は『皇歴』、又は大精霊アリアメスより冠した『アリアメス歴』とも呼ばれるが、その3384年の事。水の都カイロニアにおける蜂起を口火とし、西側各地において【黒い月】の信徒が一斉に国へ反旗を翻した。
県令の館や、郡の太守の館もほぼ同時に襲撃される大規模なものであり、官兵の中にすら"信徒"がいた。
各地で官兵の同士討ちが発生し、その間隙を突いて叛徒がやってくる。そんな図式が、同時多発したのである。
最も凄惨を極めたのが、このカイロニアに置かれた州牧の舘で発生した襲撃事件だった。
叛徒の先頭に立ち、舘の門前に迫ったのは一人の女剣士だ。名はクラーラという。
彼女が剣を抜き一閃させるや、強固な門が三十以上もの破片へと切り裂かれる。これ程の腕は天下広しと言えどもそういない。紙細工の如く千切れ舞う破片の間を、兵士だった者、無法者、怒りにまかせた民衆達が雪崩の如く踏み入って行く。
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「俺等以上の悪漢官吏共を引きずり出せ!」
「母娘を姦せ! 男子の顔は皮を剥げ!」
あらゆる階層の者達が、ここの州牧を恨んでいた証左である。あどけない年頃の少年が、玩具屋の老翁に頭蓋を割られた。
牧の妻・娘・下女から、その日泊まっていた不運な客。女と見れば狙われぬ者なぞ一人もいなかった。女顔の少年も標的になったのだ。
暴徒の中には、黒天渠師の元へ"戦利品"を持ってくる者すらいた。尻尾を振る犬のように。
渠師・アロイスは顔を歪め、静かに首を振って拒絶する。
乱の口火。必要な犠牲と己に言い聞かせ、納得しようとするが、あくまで自己満足に過ぎない事はわかっている。これは今から己が背負わなければならぬ、積み上がる罪の一つ。全てが終わったとき、背負ったまま煉獄の炎に焼かれよう。
ただ、不快なモノは不快だ。今後も行く先々でこんな事をやっていれば、大義なぞ地に落ちる。
最初から、そんなモノ存在しないのかもしれないが。
自嘲しながら、アロイスはギャロワを呼び、伝えた。
「先ほど来たあの者は、近日加わったのであったな」
「えぇ、このカイロニアが東。『ヴァリンの森』を元来根城としていた無法者連中ですな。
かの地に顔が利きますが……切りますか?」
「目立たぬようにな。クラーラには惨い真似をさせるが、あのような獣は今後も同じ事をする」
「では、そのように。この舘での事は、"最初の息抜き"と割り切らねばなりますまい。
私も、ハメを外しすぎる連中には目星を付けます故」
「頼む」
やらねばならぬ事と、やってはならぬ事の区別は今後つける。そのための監視と、統括役の見繕いはどうにかせねばならない。
協力者の中には、半ば賊である手合いは含まれているが、それも追々矯正する段取りをつける必要がある。
振り子が動き始めたのであれば、それを止めるのは天の意思。しかし、人の手で調整はできるのだから。
「渠師様、州牧めを捕らえました。寝所の床、裏道から逃げ損なったようです」
「だろうな。前もって塞がせておいた甲斐がある」
パライバの報告で、アロイスは歩みの方向を変えた。舘の奥、そこに悪政の元が一つあるという事。
州政を牛耳ってきた男がそこにいた。手足を縛られ、床に跪かせている。
金でその地位を買い、"元手"を取り戻すため民に重税と苦役を強いた男が怯えている。
「思ったより普通な顔ね。どんな悪鬼かと思っていたのだけど」
州牧の肩に、剣の切っ先をのせていたクラーラはそう零す。
人を人とも思わぬ政を敷いてきた男は、どんなに醜く恐ろしい容貌をしているのだろうと想像を巡らせていた。
だが、目の前で震えるこの小男は何だ?
ただの普通の人。それが、あんなヒトデナシな真似ができるのか。
「……首を刎ねろ。カイロニア城外に、この舘の犠牲者で塚を築く」
アロイスは一瞥するや、そう吐き捨てた。この州牧は、言葉をかける価値も、聞く価値も無い男だ。
「き、貴様等正気か!? 帝都百万の官兵が黙っておらぬ!
天をも恐れぬ所行を精霊はお許しにならんぞ、不埒者 ――」
全て言い終わる前に、クラーラが剣を凪ぎ、小さな首が天井に当たり、床を跳ねた。
後の作業は、屋敷にいる者達の"処理"だった。
蔵からは、金品財物から上等な武器防具まで持ち出させる。
女子供は、襲撃で主に武力担当となった者達に"分配"した。
アロイスとギャロワは、教団幹部等と共に今後のため軍議を行うとして、舘を去った。
クラーラはただ一人、舘の中で手遅れ になった者達の介錯を担当している。
「た、助け ――」
「何……れ……。ただ……雇わ、れて楽器を」
―― うるさい
心の中で聞かないフリをする。手痛い乱暴でボロボロになった女の首を刎ねた。
背中を切り伏せられて、大事そうに琴を抱き寄せていた奏者の首を刎ねた。
打ち所が悪かったか、うわごとのように扶けを求めている、下を弄ばれた少年を静かにしてやった。
―― 助けて
それは誰の言葉だろう。
―― 助けて
うるさい。
嗚呼、五月蠅い。
「それは私の台詞だ ――」
後何人殺せば、この五月蠅い声は黙るのだろう。




