第5話
~帝都・路地にて~
人の尊厳とは何か。
レオンの脳内に、答えの出ぬ問いが渦を巻いていた。生きている者の誇り・プライドであるとか、幸せであるとか、誰もが生まれながらに持っている権利である等と、最近唱え始めている学生がいると聞いている。取るに足らぬとも言えず、理に適っている考えだと思っていた。しかし、普段アガデミー内でも語られているそれとはまた、別の尊厳もあるのだと改めて理解した。
襲いかかってこようとする、かつて人間やエルフとして生きていた存在を見ながら、だ。
それはかつて男性であった。
かつて女性であった。
かつて老人であった。
そして、児童であったモノ。
呼吸をして、食事をして、泣いて、笑っていた、人間であったモノ。
そんな彼らの、死後の安らかな眠り。
偉大なる精霊の身元へ招かれるために、肉体を残しておく事は、帝国に遍く広がる教えに伝わる伝統だ。臣民の間において、死者の肉体を傷つけ弄ぶ事はタブー中のタブーとされていた。巷の"札付き"の連中がする自慢話の中にも出てくることはないし、過去の犯罪史においても、遺体損壊の話だけは聞いたことが無かった。それほどの禁忌だったのである。犯罪を犯す者ですら、無意識に手を出さぬ領域。神秘に踏み込んだ部分。故に、彼らの眼前で行われた一連の出来事、所行は信じがたいものであった。
メラーナと名乗った女が繰り出してきた術技は、吐き気を催すと断言できる。
屍の巨人を見上げながら、恍惚とした表情を崩す事のない、氷の如く凍てついた肌を持つ女を見やりながら、レオンは今までに経験した事の無い程に頭を働かせた。
死者を弄ぶ、このおぞましい所行は、彼の用いるその技とは対極に位置すると言って良い。彼の振るう魔法の源は、命の営み・本能そのもの。生と死という正反対の要素をもってして、アレを打ち破るにはどうするか。それを一から組み立てなければならない。
それに、あの女は他にも手札を持っているという不安がぬぐい去れない。こちらの手の内を全て見せる訳にもいかない。では、どの手札を切ればこの場を切り抜けられるのか。レオンが考えている事はソレだった。
この惨状と、この女の余裕を鑑みるに、"倒して"突破するのは至難であろう。それに聞きつけた衛兵と対峙する訳にもいかない。巻き込むと言えば、もう十二分に周囲への被害は出てしまっている。しかし増やすという事も正直に言って嫌だ。
(どうする? どうする!?)
怨めしい顔をしている女は、値踏みするかのようにこちらを見ている。
「頭と足の先から皮を剥がし、寸刻みにする? それともふ肉団子の方がお好みかしら」
「どっちも御免被るよ、カラス女」
「あら、指でネックレスを造った方が良かった?」
見目麗しい淑女の口から、世にもおぞましい言葉が鈴の音色の如き音色で聞こえてくる。
頭が混乱するというものだが、そんな事すら考えている暇は無さそうだった。
パチンッ、とカラス色の女が指を鳴らすと、今度は方々の路地からも起き上がった死者達が蠢き出て来る。
「・・・・・・『蹌踉めく帰来』。どれ程貴方達は保ってくれるかしら」
多い。あまりに多い。
襲いかかろうとしてくる屍の巨人を、召喚したホロウベアで迎え撃つ。魔力で汲み上げた巨人といえど、その巨体を造っているのは長らく土の下にあった死体だ。召喚し受肉している熊の肉体と比較すれば、大きさで上回っているとしても力と丈夫さではコチラが上になる筈。
しかし、屍を操るような魔術体系が、命を弄ぶようなおぞましき術が、"命そのものには干渉しない"とはどうしても思えない。
呪文を唱える隙を、なるべく減らすようにしなければならない。違えれば、則ち死を意味する。
ギルベルトが呼んだ、雲の身体を持つ上半身だけの巨人が、熊に加勢して巨人の四肢を絡め取った。生命溢れる緑とは違って、青に基づく魔法で召喚出来る生物は搦め手を得意とする個体が中心である。身体スペックが敵と比較し貧弱である場合が多いため、補助に廻される。
ちらりと後ろを見る。
ク=シグが、曲刀をもってして近寄る死体達を切り伏せていた。
エリーザ嬢も、剣を抜いて応戦している。歴戦の連中ほどでは無いにせよ、心得があるのは安心要素だ。いざとなれば、足止めを熊だけにまかせて助けに回らなければならない。しかしそんな暇を向こうも与えてくれるのだろうか。
(クソッ、何なんだこの魔法は! "理屈"が解らねぇ!!)
「この巨人だけ気にしていて良いのぉ」
再度カラス色の女は指を鳴らす。今度は屍の巨人が少しばかり崩れ、こぼれ落ちた屍達が再び起き上がる。
何とも都合良く一つになったり、別れたりを繰り返す事が出来るらしい。何とも忌々しい話だ。
「チッ、『蔦打ち』!」
そう唱え、レオンは左手でギルベルトに伏せるよう促した。それに応じてギルベルトが片膝を付く程度まで姿勢を下げる。
右の掌から、直径4~5㎝はあろう太めの蔦が生えてくる。トゲの追加サービスもつけてやった上で。レオンはそのまま右肩から右腕先端に到るまでを緑マナで強化していく。この間で数秒。一般的な緑魔術師よりは遙かに早いと自負している。
思い切り、右手を振るった。後ろには届かないよう前方180度、かつ熊達も避けて左右60度ずつを、左上から右下へ連打するように。
一振りで、三回の鞭打。それを三回。一回の鞭打で五体、三回で十五体程か。五十体は持って行けた。
「……ご遺族の方々、申し訳ございませんがご容赦願いたい」
この都の中か、はたまた地方かは知らないが、この蠢く死体とて誰かの家族だった。又は誰かのご先祖様だ。
死体を弄ぶなぞ禁忌中の禁忌。また傷つけるのも同等に重い。心苦しくないかと言われれば嘘になるし、正直言って吐きそうである。
臭い的な意味でも、後から降りかかるであろう"責任"という意味でも。しかし、吐き戻すのもしばらく後になりそうだ。
カラス色の女が、右の人差し指を口元に寄せている。
あたかも、これからするイタズラを黙っていてね、と言わんばかり。絵になる面だ。非常に腹立たしいが。
「――『腐爛』」
そう唱えた女の指が、レオンの震う蔦の表面を掠った。すると、触れた部分からみるみるうちに蔦が腐っていく。
やはり、と内心舌を巻く。認めたくは無いが、この女の使役する呪文は命を弄ぶ上に、命を奪う。そんな形式の呪文形態は聞いたことが無い。何より、魔法の原則から外れている。
「何よ! 一向に減らないんだけどぉ!」
「コイツ等を突破するカ!? ソッチは抜けそうカ!?」
後ろから、エリーザ嬢とク=シグの悲鳴に近い叫びが聞こえる。
数が多いとはいえ元は死体で、筋肉が腐り落ちている都合、女性でも押し切れる程度の力しか持っていないらしい。リザードマンの体躯と身体能力であればカバーも容易であろう。しかし、消耗すれば話は別だ。このまま磨り潰される可能性の方が未だ高い。
黙って親指を立てる。
やせ我慢だが、気休めにはなると思いたい。あのカラス女の魔法は未知数故に、優位なのか劣勢なのかも解らない。一手で情勢をひっくり返すに余りあるかもしれないし、もしかしたら奴も滅茶苦茶消耗する魔法があるのかもしれない。
だがまだ解らないのだ。普通の魔法ならあと何回攻撃魔法が飛んでくるか、といった予測が出来る。
知らぬ魔法である以上対策がまだ思い浮かばないし、命の力こそ本である緑魔法を使うレオンには天敵と言って差し支えない。ギルベルトが水の刃を即席で作り出し、レオンの蔦を切ってくれたから、今はどうにかなった。
「なぁ、『打ち消し』系統は」
「考えてる。ただ消耗が激しいから様子を見たいな」
打開できるとすれば、ギルベルトの青魔法だ。相手の呪文が発現する前に、割り込んで"無かった事"に出来る。ただし、体内に一度に蓄えられるマナの総量と、都故に出来るマナの回収。その収支を考えると乱打なぞもっての外である。
さて、どう切り抜けてくれようか。
そう二人が考えた時の事だった。
カラス女の向こう側から大きな音が聞こえてくる。新手がこちらに向かってくる音だった。
「轟音のあった地域はこっちだぞ!」
「あぁ、なんだこの臭い、鼻が曲がりそうだ!」
―― あぁ、マズい
「!!? 何だ、死体!? 曲者共め、これはどういう事だ!!」
執金吾の手の者だ。官兵。
それも大勢である。数をして十五名。さらに奥にも音が聞こえた。
普通なら頼もしい援軍だとかそういう感想になるのだろう。事実、エリーザ嬢は"助かった!"と喜色を露わにしていたが、
「かような気の狂った真似、アカデミーの魔術師共の所行だろう! 全員お縄につけ!」
と叫ぶ官兵の声で今度は真っ白になっていた。
まぁそうなるわ、と他三名は妙に納得してしまっている。魔術の道を歩まずに、官憲でお偉方になった者の反応は大体こんなものだから。
しかし、この中でただ一人、顔色を変えていない存在が一つ。
「そこの女、聞いているのか? 手を背中に回して膝をつけ!」
そう命じてきた兵士に、不快感をあらわにした、カラス色の女である。
「誰に口を聞いている、下郎。興に水を差しおってからに」
底冷えのする声音だった。先ほど出くわした時に感じたえも知れぬ怖気。それが、際限の無い鬼胎となってレオン達の背筋を凍らせる。
カラス色の女は口元で素早く何かを唱えると、右人差し指の先に黒い球体が現れた。約3㎝程度の小さな玉。だというのに、七年以上に及ぶ学生生活と、教員の卵として身につけ培った知識の中に無い、おぞましくも美しい玉。
「『魂裂き』」
そして女が右手を一閃する。指先にあった玉が伸び、まるで帯を振るうかのような弧を描いた。黒い帯が兵士を数名撫でたと思った時、彼らの身体から力が抜け、糸の切れた人形の様に地へ倒れ伏す。
「お、おい!?」
帯を掠めなかった兵達が彼らに駆け寄るが、倒れた兵の様子を見るや、ある者は剣を抜き、ある者は槍を構えた。
すでに事切れていたのだ。
「……一体全体何の冗談だ?」
レオンの口から出た言葉。それは帯を見ていた彼らの総意でもあった。
史上の人の醜悪も、是に及ぶべからざりし ―― 後世の史家ならばそう書き記す確信すらある。
「"相手を殺す呪文"……?」
「そんなもン、聞いた事無ェ」
エリーザ嬢やク=シグ、そしてギルベルトも顔面蒼白なまま、迫ってくる死体達を片付けつつ距離を取り始める。
残酷な考え方だとわかっているが、あの女の注意が官兵に向いた今がチャンスだ。ただ一つ気にかかる。
「兄ちゃんがまだ出てきてないな、あの赤い狂った女も手強いか」
酒場に突入してきた時の火力を思えば、想像に難くない。
それに、あんな聞いた事も無い呪文を連打、かつ数多くの死体を使役しつつ、マナが枯渇する気配が未だ無いとなれば ――
くるりと不気味な顔でカラス女が振り返る。
距離を測っている。表情も先ほどまでの小馬鹿にした表情が消えていて、見つめた相手が凍り付く程の怜悧な眼。
魔術師というより、暴君のような視線。
―― どうしろというんだ、こんな化け物
そう、彼らが考えた時の事である。
―― ドォンッ
と、先ほど飛び出してきた酒場だった建物の壁から、二つの影が飛び出した。
それは赤一色の女と、兄・クリスその人である。赤い女は元々の色であるのか、はたまた出血であるのか判別が付かないほどであり、無事な場所を探す方が難しい。一方の兄は所々の火傷を除けばほぼ無傷の状態だった。
「随分タフになったもんだ」
そう吐き捨てる兄の声音にも、レオンは背筋が寒くなった。家族としてしかしらない兄の、知らない一面。
はじき出されてきたであろう、赤い女は通りを挟んだ反対の建物へ激突し、よろりと立ち上がる。やはり一部は出血であるらしいが、切り傷と言うにはやや小さめに見える。兄は長剣を抜いていた。
何度も切ったであろう事がわかる口ぶりである。ただ、赤い女の傷口が再生していく。赤い女は、見た目通り"赤"の火力と、レオンと同型の再生が出来るようだ。
(兄ちゃん、だよな。思ったより怖ぇや)
その眼も、手足から発せられる殺気も、知らない男のソレだった。恐ろしい戦人の雰囲気を纏っていた兄は、周囲の状況を一瞥すると、固まった死体の上にいる黒い女に気がつく。状況を即座に判断し割り切ったのか、そのままレオンの隣に立ってくれる。
安心、というにはまだ早い。
「この状況、少々飲み込み辛いが、何の魔法だ?」
「ごめん、知らない。どの系統にも属さないとしか」
「つまり対策が現状不可という事だな」
「そういう事。逃げる他無い……んだけど」
この区画内の墓地、片っ端から起き上がらせているとしか判断出来ない程、通りが死者で埋まり始めている。
街道に、住民が出てこない状況なのは不幸中の幸いだった。"何か"にアてられたか、はたまた外の状況と音に怯えているのかはわからない。それと不思議な事に、あのカラス色の女は集合住宅などに突入して『弾』を増やす事は考えていないようだった。それも理解が進まない一因となっている。
こういう狂った輩は、大抵無差別に殺戮を行ったりするのだが、理性の下及んでいる所行である事がかえって不気味さを増している。
ただ哀れな官兵達の悲鳴が聞こえてくるのみだ。
逃げるなら今しか無い。
レオン達は目を合わせ、頷くと後方に集っていた蠢く死体の群れへ突っ込む事にした。
※※※※※※
~ 帝国・外廷にて ~
「どこへ行かれる、虎賁殿」
都に響き渡った、けたたましい爆音。その元を確かめるべく急いでいたラルフは足を止めた。
背に突き刺さる視線は、とても同僚にあてるソレとは思えぬ程の気迫が込められている。相も変わらず、威圧する姿勢を崩さない堅物だと重いながら、彼は振り返る。
「先ほどの轟音を確かめに行くのですよ、羽林中朗将殿」
朝務の行われるここ、外廷の廊下にてすれ違った同僚は、怪訝そうな眼で彼を見つめていた。軍人であるラルフすら見上げる大男だ。赤黒い髪、歴戦を偲ばせる顔や肌に走っている刀傷と矢傷。そして丸太の如き腕と脚。気迫のみで一般の民草は気を失ってしまいそうな程である。
「都の騒乱はまず執金吾の手勢が対応に当たるものだろう、虎賁殿」
「羽林……『ドヴレチェンスキー』殿、そうは言うが」
「気持ちはわかる。先の盗人騒ぎで今や、我らは『案山子』と罵られる始末故な」
「そういう意味では無い。殿下が火柱を見てしまわれてな」
「……成る程」
やや呆れ気味に羽林こと、『セルゲイ・ドヴレチェンスキー』はため息をついた。
この大男にしれみれば、皇家の親衛隊の職分を越えようとしている同僚の動機が、ただの子守である事に唖然となっただけだ。
「なるべく目立たぬように、とは忠告しておこう。近頃、執金吾の『モンジェッリ』殿はひりついておられる」
「痛み入る」
夜だというのに昼間のような眩しさを持つ男だなぁと、セルゲイはラルフを見つつそう感じ嘆息する。
管轄を侵すという行為に向けられる反感というものに鈍感過ぎる男。"正しさ"を何より最優先する故に、その危険性には気が及んでいないのだ。この虎賁中朗将は。
慈悲深すぎる上、かつ意固地。状況によっては光る個性なのであろうが、平時においては仇になる。
故に、止めない。
その意図にラルフという男は気付かない。セルゲイに一例して外廷を去って行く背中を見つめながら、再度大きく息を吐いた。すると、廊下の角に控えていた人影がセルゲイに迫る。
大柄な彼とは違い、やや小柄な女軍人。顔や腕の至る所に傷が見られ、元が美しかったであろう顔が台無しになっていた。ウルフカットの金髪を触りながら、去って行くラルフの背を見て小さく吐き捨てる。
「綺麗すぎますね、あの方は」
「そう言ってやるな、『キーラ』。奴は名門の子故、誇りで飯を喰っているようなもの」
口では女を窘めているセルゲイの目も、やや嘲笑の色が混じっていた。
「天道を歩むべき皇族、天子の和子が"下"の心配か ――」
外廷からも見える宮殿の外壁を見やりながら、セルゲイという大男は考え込む様に腕を組む。
彼の僕射である、この小柄な女は口元を緩ませていた。
「―― そぞろ、西ので鼠が湧きますね」
「あぁ。盗人に掴ませた『本物』が、そろそろ巣穴最奥のドブネズミに渡る頃だ」
「まこと、『征北大将軍』様の仰る通りになりました」
昼間に処刑したあの盗人が、国家の至宝を盗み出したという事実は、皇帝と一部の者しか知らない。知られてはならぬ事。
ただそれも羽林の彼らにはどうでも良い事だった。盗人に指図をした『黒い月』なるカルト共には、いよいよ旗揚げしてもらわなければならない。その大義名分として渡るなら、正直あの至宝で無くともよかったのだ。都内部の信徒共は既に把握はしている。
その誰かを焚き付けるなり処刑なりしてしまい、追い込む事も可能だった。
ただ、今回の盗人騒ぎを嗅ぎ付けた人物が、羽林に指示をしたのである。
「このまま行けば、カルトは決起。規模を計るに、ゆうに賊徒も百万は超えよう」
全員が戦闘員という訳では無いが、信徒の数、布教範囲の人口からみればそれ程の数が決起する事が想定される。
そうなれば、賊徒討伐の正規軍が早急に編成される事となろうが……
「その時は我ら羽林と、虎賁も駆り出される。そうなれば都の中は」
「せいぜい執金吾の手勢のみ」
危険視されているカルトの連中が何を企んでいるか。国家転覆などと大それた事を考えているのやもしれない。それを実現するために何年かけたのか、その苦労に対しては同情する。
今の帝国は"銅臭政治"と揶揄されて然るべきであるから。
国家全土で、賄賂が横行し半ば当たり前になりつつある。都にも現れ始めているし、地方行政は言わずもがな。
中枢に報告する役目である連中も、鼻薬で真面な報告をしない奴等が蔓延り、誰が真面で誰が真面ではないのかわからない。
現皇帝が"官位"までも、実質売りに出した頃には、腐敗が誰の目にも明らかになっていた。
官職の年収を基準として、二~十倍の金額を治めてその地位を買うのだ。高位にはそれ相応の実績・家格を求めたがそれも気休めにもならない。そして官職についたものが行うのは、払った金額を民衆から取り立てるのだ。
回収した金子で次の官位を買い、空いたポストに就くのは次の"官位を買ったクソ野郎"。そしてまた取り立てられる。
なんと見事なまでに濁りきった悪循環であろうか。
幸いなのは、宮廷内の最高位にあたるポストにはまだその魔の手が及びきっていない事。ただそれも時間の問題だった。
このままでは国家の四肢、民草が死に絶えて腐り落ちる。
そう考える者が殆どであるが、今の皇帝陛下には届かない。
「ならば荒療治しかあるまいが。北から"あの方"が来られる。夷狄共と話がついておれば良いのだが」
セルゲイの言葉は怒りと哀しみが籠もったもの。その奥に燃えていた炎には、怨恨が宿っている。
彼の言葉が終わると共に、視線の先でラルフが白馬に跨がり、宮門が閉じられた。




