第3話
~ 帝都・【青銅の蹄】 ~
午後になれば、酒場が賑わう。それは帝都だけではなく、何処の地域の酒場宿場にいえる"いつもの事"であった。ここ、青銅の蹄も例に漏れる事はない。昼頃はそれこそ、表街道のテラスでランチを楽しむ貴婦人方の姿を見る方が圧倒的に多い。
クレイグのように、行きつけの店に行って昼から飲む者の方が少数派なのだから。では何故、彼は昼から店に入って居座る必要があったのか。それは、彼の趣向の問題ではなく、しっかりとした目的があったからそうしたのである。むろん、マスターの蜂蜜酒が美味いからというのも理由のひとつだが、馴染みの顔に出会いやすいからというのが、一番の理由であった。
非番の官兵や、見るからに流れの連中などが集まり始めている中、カウンター席は比較的喧噪から守られている状態である。
「よぉ、『千人殺し』。西からの帰りか?」 「生きていやがったか。墓参りの手間が省けたわ」
「久々の顔にそりゃ無いだろう」
少々癪に障る台詞が飛んでくる事もあるが。十代の若造であればここで一悶着起こしてやる所だが、お互いに解って言っている大人同士だ。
相手とてそれを知った上で甘えている。なら付き合ってやろうではないか。
「注文するなら早くしろ馬鹿共」
青銅の蹄のマスターは、いつもの事であるから表情一つ変えずに、給仕の【猫人】にビールジョッキを手渡している。だんだんと、席が埋まり始めていた。常連の顔はすべて覚えており、好きなメニューと分量も完全に把握しているのだから、店主の鏡と呼んでいる者もいるようだが、口の悪さだけは一向に直してくれない。
クレイグは周りを見回してみて思う。午後も後半に入ってきており、だんだんと人が多くなり始めている頃合い。一人でさばくのは苦にならないのだろうか。と、気にした所で一品増える訳でも無い。
「はぁ、やっとゆっくりできる」
カウンター席に新たに座った女傭兵が、そう大きく息を吐いた。足首を何度かもみ、肩をほぐすように腕を回す所からも、長旅をしてきた事がうかがえる。
「お前も、門で引っかかったクチか?」
「わかるか? いや~、何度心の中で刺したかわかんないね」
彼女はカウンターに新たに出されたジョッキを片手に、忌々しげに毒を吐く。どこへ行っても、金の絡んだトラブルの種が尽きず、辟易して都へ戻ってきたのだという。都の門で出くわしたあの性悪官兵は、まだ可愛い方だった。
「どこか、良い金になる話転がってないかな」
「転がってたところで、その金もむしり取られるのがオチさ」
「年々非道くなってるからな、どこもかしこも。俺もな――」
クレイグにも、思い当たる所がある。思わず、今回の西方遠征で出くわした事を話し始めた。
西方の乱討伐に向かう官軍に陣借りし参戦した際立ち寄った、ある村々の事を。村々の各地に、国教の中で最も神聖とされる【原書の精霊】を奉った祠が建てられていて、そこへ賽銭を捧げると厄が逃げ、賽銭が何倍にもなって手元に戻ってくるのだという。
『村の大商人様も、それはもうたくさんの銭を捧げられたんでさぁ』
そう言っていた農夫の顔は、もはや祠にすがるしか無い懐事情と悲しみに満ちていた。精霊が、そのような者達からなけなしの金を受け取るはずが無いと思ったクレイグは、その日夜なべで祠を見張り、"しくみ"を解いた。
祠を設営・管理していたのは地元の協会と、地域の長【県令】であり、民衆が捧げた賽銭はそのまま彼らの懐に収まっていたのである。商人達は、民衆が銭を賽銭として捧げやすくなるよう、多量の金子を賽銭として捧げ、後に彼らから多大な"融通"を聞かせてもらっていたのだ。
「―― 反吐が出る」
「で、そいつ等をどうした?」
ぶった切ってきたのかと聞く女傭兵に、クレイグはかぶりを振って、
「何もできなかった。俺一人で謎解いて、告発するにも聞いてくれる奴がいねぇ」
「官軍がいただろう。その指揮官に訴え出ればよかったじゃん」
「その指揮官殿は県令の"接待"を受けててな?」
「あぁ……そういう」
その話が聞こえていた連中含め、流れ者達がカウンターでため息をつく。酒で気を紛らわせようと思っても、中々に振り切れないものがある。国という大きな枠組みのみならず、村単位で腐臭がしてくるこの世の潮流を見るに、どうなってしまうのかという不安はつきない。
「飯食うのなら、ため息は禁止だ」
「こっちにも聞こえてるゾ。飯が不味くなる話は止めロ」
ク=シグが彼らを睨み、オークのマスターが仏頂面でラムの煮込みを出してくる。鼻腔を、まろやかな肉の香りが満たしていく。先ほどまで悩んでいたことを、一度頭の隅へ追いやって、味を楽しむことにしようとフォークを掴んだ。
口の中へ進入したラム肉を、ゆっくりと噛みしめる。歯によって噛み切られていく肉の間から、香りと味が染み込んだ汁が溢れ出で、舌の上で踊り始めた。ふわりと身体が浮くような、高揚感にも似た何かに包まれていくのがわかる。頬が、緩む。
「あぁ、やっぱマスターの腕はサイコーだ」
「ありがとうよ」
その場に流れる空気が緩み始めた所で、マスターはやや高めのメニューはどうかと勧めた。
「10年寝かせた白ワインが入ってな。どうだ、ガチョウの肝臓と一緒に」
「いただくよ。幸い、まだ懐は重たい」
「おい千人殺しよぉ、ワインなんて上等なモン飲んでいいのかよ。次の仕事拾えるかどうかもわかんねぇんだぞ」
「拾えるさ」
飄々とした表情を崩さぬまま、彼はなおも言う。
「飯の種は西の方にゴロゴロあるんだから」
その時の事である。
酒場の扉が開かれ、草原に咲き誇る花のような、路地裏の酒場にはなんとも似合わない香りが吹き込んできた。酒場全体の喧噪が収まることは無かったが、視線は入り口方面に向けられ注がれる。
大きくは無い店の中に、光が差し込んでいた。
時刻は、日の入りが近くなっている頃であり、立地上店の入り口に夕日の光は差し込む事は無い。太陽の光がどうだという話では無いのだが、どの客の目にも、そうとしか映らなかったのだ。
畑一面に広がる黄金色の小麦のような、暖かながらも鋭い光を反射している放つ長い髪。
黒髪であるのだが、その中にはわずかながら金が混じっていると言っても良い。そして、きめ細やかな絹と見まごう肌。全体的にラフな男装に近いものの、入ってきた少女から感じるこの触れがたい感覚はなんと言えば良いのだろう。この店に集まる客の中には、高貴な身分の方々と接する機会を多く持つ者もいる。
しかし、店に入ってきた10代後半と思われる少女から漂うソレは、異質であった。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん」
一種の"異物"とも言える少女に第一声を発したのは、マスターであった。少女は、店主がオークである事に動揺を隠せないのだろうか、少し狼狽え、入り口の方を振り返る。連れがいる事は容易に想像できた。しかし、少女の動きに応えるように入って来た二つの人影は、この宿の常連一同にしてみれば意外な者達であった。
「はぁ? レオンとギルベルトじゃねぇか」
客の一人が、驚いた表情を隠さず言う。カウンターにいる面々も、あんぐりと口を開けて、少女と二人の連れを出迎えていた。入って来たのは、レオンとギルベルトであったのだ。時に度肝を抜かれたのは、クレイグである。唖然となって、
「おい、レオン。お前が女の子を誑かすとは思わなかったぞ」
「待ってくれ、話を聞いてくれよ。頼むから」
「馬鹿言え。お前の女っ気のなさを何年見てきたと思ってる」
レオンに、そう声をかけた。
少女は、カウンターにいる者達が、連れである二人と顔見知りである事に気がついたようで、彼らの所へ歩いて行く。その所作一つ一つが、ラフなようでいて丁寧であった。クレイグ達も、少し畏まってしまうくらいに。
唯一、悠然と構えているのはオークであるマスターだけだった。他の客はと言うと、すでに自分たちの馬鹿話に興じ始めている。少女はカウンター席に腰掛けているクレイグ達に向かって、一礼する。
「初めまして」
「お、おう」
言い方は悪いが、場末の酒場でこうも丁寧な挨拶をされると、場とのそぐわなさが非道すぎて笑いが出てきそうになってしまう。クレイグ達は無礼と自覚する故、それを必死になって耐えていた。
「私は、エリーザ・ヴェックマンと申します。国中を巡る旅の最中で、都に立ち寄りました。こちらのレオンさんと、ギルベルトさんとは、刑場で知り合った関係です」
ぐいぃと現実に引き戻されたような、そんな感覚を味わった。今、この少女は刑場と言った。今日、刑が執行された囚人と言えば、白の広場の"あの盗人"ではないか?
「白の広場であった、例の盗人か?」
「えぇ、そうです。そこでこちらのギルベルトさんが、魔術を使われ……」
「「「「 はっ? 」」」」
「「 だぁーっ! まった、待った! 」」
レオンとギルベルト両名が、慌てて少女・エリーザの会話を制止して、
「Miss.ヴェックマ~ン。【執金吾】の手の者がいるかもしれねぇだろ。トーンを抑えてくれ」
「――っ!? 貴方方がやった事って犯罪ざ……ムググ」
と、ヘタクソな大道芸人のようなやり取りを始めだして、クレイグは緊張と脱力両方を味わうことになろうとはと天井を見上げた。
「マスター、奥の部屋は今開いてる?」
ギルベルトがマスターに、青銅の蹄で集団客を迎える際に使う部屋の空きを確認する。
「あぁ、ここ最近は使ってない。今日も予約もないし、使ってかまわないぞ」
「ありがとう、ささ、Miss.ヴェックマン。奥に行きましょう奥に」
そう言って、レオンと二人ががりで、まだ何か言わんとしているエリーザを押して奥へと入っていく。絵面だけ見れば、十代女子を二十代の男性が二人がかりで連れて行くという、いかにも犯罪一歩手前の構図。
「……行ってきなよ、クレイグ」
「あ~、いや。しかし」
「兄弟が優先に決まってるだろ、馬鹿垂れ。それに何か、面倒ごとを引き当てたみたいだしな」
面倒ごとなぞ天下には掃いて捨てるほど湧いてくるものだ。現に周囲の連中は巻き込まれる事は避けたいのか、聞かなかった事にしてまた喧騒に戻っている。
クレイグも、不安になって後に続いた。万が一、都の警察機関である執金吾が出張ってくれば面倒極まりない。今のお上に睨まれて、いい方向になぞ絶対に転ばないこともわかる。
"刑場で魔術を行使した"疑惑に加え、"酒場で女子を人気の無い部屋へ連れて行った"という、弁護しようのない容疑の欲張りセットになってしまうのは明白だ。
都に入って早々に、そんなくだらない事で官憲に拘束されるなぞまっぴらごめんである。クレイグは、頭を抱えた。カウンターにちらりと眼をやると、マスターが任せろと言うように目配せし、知り合い達も同様に手を振っている。入ろうとする輩に、満席だと言ってくれるようだ。
後で高い酒を注文して、一品おごってやる事に決めた。
※※※
「全く、早々に問題を持ち込んで来やがって。あの大食らい共におごらなきゃいけなくなったぞ」
「……ごめん」
奥の部屋へ向かう際、クレイグはレオンの後頭部を小突く。
「お袋が泣くまねだけはするなって、言ったろうが」
「いややったのは俺じゃ……まぁ止めてないから同罪かぁ」
「村に錦の旗背負って帰るんだろ」
「うん、忘れてないよ。その約束は」
アカデミーを卒業する事、ソレすなわちすなわち栄冠、というのはいささか誇張しすぎではあるものの、安定した職を掴む事そのものは容易になる。是が非でも弟には、卒業して故郷に錦を飾ってもらいたいものだ。兄として、それを見守る使命があるとクレイグは思っている。
そんな事をゆっくり考える間もなく、奥の部屋にレオン達が入っていった。それに続いて、クレイグも部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。
十人くらいが小宴会する部屋の中に、四人の男女が座る形になった。
「どこから話せば良いかな」
「今日の処刑のあたりじゃないか? 白の広場で執行された盗人の」
「それはこっちも聞いてる。ただ、刑場で魔術を使ったのか?」
「綱渡りだったけど、好奇心に勝てなくて……」
そう言って照れるギルベルトに、クレイグも呆れてしまう。
「お前のその貪欲さには頭が下がるよ、ホント」
「執金吾の御触れに、危うく引っかかる所だったけどな」
弟の友人であるギルベルトには悪いと思いつつ、そういう性分は危険だと指摘する。今回彼が行ったように、刑場において魔術を行使する所を、官兵および宮廷に使える魔術師に見つかろうものなら、即座にお縄となってしまうからだ。
通じている疑い、逃がそうとしている疑いなどがかけられる事は容易に想像できる。
「で、なんでそんな事やろうと思った? お前さんが知識欲に貪欲なのも知ってるが、無思慮な奴じゃ無いのも知ってる」
「ありがとう。実はその通りでさ、今回処刑された囚人なんだけど、"これでやっと死ねる"という眼をしていたんだ」
「拷問されることが無くなるからじゃねぇの?」
「それも考えたんだけど、なんか違ったんだ。こればっかりは感覚の問題だから」
「"男のカン"って奴ね」
「まぁね。それで、意識をリンクさせて、話を聞いてみた訳」
「で、ここに来て整理したい位の内容だった、と」
「大正解」
ギルベルトは両手を組み頭上へかかげ、大きく身体を伸ばした。緊張が少しほぐれたようである。精神を繋げるというのは、なかなかの荒行なのだ。
それをねぎらうかのようなタイミングで、4人の入っている部屋の中に、マスターが手ずからブドウの香りがするテーフルトゥムを持ってきた。
それを一口あおったギルベルトが、言葉を発する。
「で、その盗人はこう言ったんだ。『盗んだ【涙】は偽物だ』とね」
部屋の中の温度が、一段下がったような錯覚。クレイグはそれを感じ取り、手を止めた。
家族との一時に喜ぶ兄の表情が薄くなり、仕事人としての色が強くなった眼で見据える。
「冗談じゃ無ぇよな?」
「冗談なもんか。冗談だったら笑い飛ばして、血相変えてココに来たりしない」
「いや、おかしいだろ。お上は侵入した盗人を処刑するとしか公表していないぞ」
「信じてくれなかったらしい。国家の至宝たるアーティファクトだし、複製なんてそうそうできるものじゃ無いから、仕方の無い事だけど」
ギルベルトが杯を置いて、レオンが口を開く。
「それに、もし信じていたとしても、公表なんてしないだろ。偽物にすり替えられましたなんて知られれば、何人の首が飛ぶ事になるやら」
そこで、果汁のジュースを飲んでいたエリーザが、手を挙げた。
「ねぇ、政府は本当に、盗まれたって思ってないんじゃないかしら」
「言うねぇ、お嬢ちゃん。どうしてそう言い切れる?」
クレイグは、両肘を机について、彼女の顔をのぞき込む。
「威信に関わる事なら、最初から公表しなければいいもの。『盗みなんてありませんでした』って、知らぬ存ぜぬを通す方がよほど理にかなってるわ」
「……確かに」
「反射的に、盗人が皇家の敷地に入ったから処刑したと?」
「まぁ、執金吾のアンドレオ卿ならやりかねないな」
「いや待て、皇家の宮殿警護は【光禄勲】の管轄だ。なら旗下の……おそらく【羽林中朗将】セルゲイの方だ」
「セルゲイ・ドヴレチェンスキーか、奴なら絶対やるぞ」
レオン、エリーザ、ギルベルトをよそに、クレイグはどんどん青ざめていく。どうやら顔見知りのようであった。
「兄ちゃ……兄貴は、そのドヴレチェンスキーって奴とは知り合い?」
「一応な。戦線で何度か顔を合わせた事があるんだが、あの男はヤバい。思い出したくもない」
顔を引きつらせて、クレイグらは首を横に振る。それを見たレオン達は、それ以上その男に関しては踏み込まないことにして、
「お上が事情を把握してるかしてないかはともかくとして、偽物だという事に加えて気になる事も聞いちゃったんだ。だからここで話を整理しようと思ったのさ」
「気になる事?」
「いまわの際に、盗人はこうも言った。【黒い月】って」
「 ――っ!? 」
クレイグの顔つきが、変わった。酒場で会ったばかりの気の良い年上の雰囲気は完全に消えて無くなり、容貌・格好通りの、"流れの雇われ"の顔つきになっている。
一段低い声で、「冗談か何かか」と言った。
「冗談を交えるメリットなんか無いじゃないか」
「本当に、【黒い月】なんだな?」
拳を強く握りしめ、眉間を押さえ深いため息とともに腕組みをする。 それらに気圧されてはいたものの、エリーザがまたおそるおそる声を上げた。
「あの、【黒い月】って何かしら?」
「――? 知らないのか?」
クレイグは、先ほどまでの調子に戻って彼女に問う。
「えぇ、家じゃ全く聞かされたことの無い名前だったもの」
「ううん、どう説明したもんかなぁ」
「一言で済むだろ、レオン。妙なカルト集団さ」
ギルベルトが、吐き捨てるように言う。余程気に障るワードだったようで、不機嫌さを隠してすらいない。
「20年くらい前に、西方最大の州【カイロニア】で興った数名のグループだ。10年くらいはその辺でちまちま布教してるだけの小さな集団だったらしい」
黒い月は、この帝国版図の西の果て、かつ最大の領土を誇る州・カイロニアの州都で細々と活動していたカルト教団だったそうである。
協会も、ごく少数の教義に外れた異端としてマークはしていたらしいが、驚異では無いとして警告するにとどめていたのだとか。
「即座に叩きつぶすのは、【精霊様】のご慈悲に反し、また意に沿うものではないと思ったんだろ。その時叩きつぶしてれば……」
そういって、クレイグは天井を仰ぎ見る。
思うところが相当ある様子で、弟とその友人、先ほど知り合った少女では踏み込めない何かを感じさせた。
「まぁそれはさておき、今となってはこの帝国西方は、ぶちまけた武器庫もかくやと言う惨状。その大半にあの連中がかかわってるといううもっぱらの噂だ」
この10年ほどの間にめきめきと勢力を拡大し、協会や政府が気づいたときにはすでに西方に多くの信徒を抱える集団に膨張していたのだという。潜り込ませた工作員達からの報告は、『危険の無い教えです』とばかり送られてきており油断していたのである。挙げ句の果てには、地方官僚や領主までもが『誠によき教えです』と上奏する有様。帝国の密偵や現地の地方行政までも取り込まれている、という事に他ならない。
「協会も、いてもたってもいられず『邪教』認定を下したのが8年前。どう考えても遅すぎだった。教会の邪教認定に前後して、地方領主達の館が襲撃され殺害される事件が多発し始めて、もう何年経ったっけな……」
クレイグ達雇われの仕事の多くも、彼らの討伐がほとんどだった事を、レオン達に教えてくれた。
「そんな大事になってたのかよ、西は」
レオンのこの一言は、都の住民達の認識を指し示している。
「そりゃあ、朝廷も必死だからな。西のゴタゴタぶりが情報として出回れば、朝廷の権威も何もかもが地に落ちちまう」
むしろ討伐や鎮静ではなくやることがまず保身、という所に上層の官僚たちの腐臭を感じ取れる状況。ため息をつくなという方が無理という有様であった。
「で、どうするつもりだ? お三方」
クレイグが、弟を含む三人の顔を見てそう言った。
レオンは、うすうすではあるがギルベルトの考えている事の予想がつき始めており、このまま、目の前の実兄を含む三名を巻き込めれば御の字だと思っていた。
「まぁ、やるしか無いでしょ。正直言って今の官軍にこの情報の是非を調べられる人間が残ってると思えないし」
「ギル、まさかとは思うがお前、"俺等で白黒調べに行きましょう"なんて言うつもりか」
「それ以外に何があるのさ。レオン、今の僕らの立場……覚えてる?」
「あぁ……そうっすね」
レオンも観念したように天井を見上げる。この二人の魔術師は、他に手があるのなら教えてほしい段階の岐路に立っている状況であった事も同時に思い出していたのだ。その台詞に、反応する者が、一人いた。
「ん? 立場? どういう事だ」
クレイグである。彼は、実弟レオンを正面に見据え、ギルベルトと交互に目線をやって言う。眼が笑っていない。二人はつばを飲んだ。クレイグは二人のその仕草と、表情の変遷で何かを察したようで、レオンの胸ぐらを掴み、
「どういう、事だ?」
と実弟の眼から目をそらさず言う。のど元に匕首を突きつけられたように、レオンは言葉に詰まってしまった。
最悪だ。
兄は、故郷の母と都の弟の連絡線。母を悲しませる事だけはするなと前々から言い聞かされていた事を思い出す。詰まるところ、兄は今、激怒している。怒鳴らず、静かに弟の胸ぐらを掴んだ時点でそうであるとわかるものだが、突然の事に出くわすとなかなか理解が追いつかないものである。
「あ、あの。兄貴。【FALCON】取れたんだよ、俺たち」
「何?」
とっさに、兄の怒りを静める方法を思いついたレオンは、左胸につけている黄金の鷹のバッジを兄に指し示した。ギルベルトが、レオンの意図を読み取って後に続く。
「そ、そうなんだ! それで学長から『都の外で名を挙げる機会を見つけなさい』と、長期外出の許しを得たんだよ。立場っていうのはその事なんだ!」
クレイグは、実弟とギルベルトのつけている金の鷹を見て、だんだんと腕に込めた力を緩めていく。感心したようにそのバッジを見つめているのもわかった。
エリーザも、羨望の眼差しをそのバッジに注いでいた。
この広大で住む者も膨大な数に及ぶ帝国において、官僚の登用に際し選考の材料とするため、優秀な人材である事を認める証。年をまたいだ時、"人材候補生"に配られる代物である。要するに、国のお偉いさんになるにあたり参考とする資格として誕生したのが【FALCON】なのだ。
古くより勇猛果敢なイメージとして浸透している鷹と関連づけ、官吏登用の資格名称としたのである。
これを取得できた事は本当だ。
(( これ、学長の温情だよな、たぶん ))
やる事はちゃんとやっていた。ただ、別ベクトルでやり過ぎて半分クビ同然になっているだけで……チャンスはまだある。手柄さえ立ててくれば復帰できるのだから、ここで誤魔化して後でなんとでも言えば良い。
下衆な発想だとは自覚しているが、頭に血が上っている実兄の一撃を食らえば命が危うい。天秤にかけた結果だ。
「そういう事なら、仕方が無いな」
まだすべて納得していない様子ではあるが、兄・クレイグは折れた。胸ぐらから手を離し、腰を下ろす。
「スゴい。初めて見た」
そんなレオン達の緊張を余所に、エリーザはワクワクを押さえられない幼子のような顔で、レオンの胸のバッジを見やっている。レオンと目が合い、エリーザの顔を見たレオンは何かを察し、良いよと目配せした。
バッジをおそるおそる触っているエリーザを見、クレイグはいよいよ怒る気を無くしたようである。カウンターから持ってきていたジャンダルムを一つ口に放り、噛みしめて天井を見やった。
「そういう事なら、俺も付き合うぞ」
「い、良いのか? 兄貴」
「名を挙げて、出世のチャンスを掴めと言われたなら、これは好機だろうが。金になるかはともかく、弟の今後がかかった問題だからな」
ちょうど次の仕事を探してもいたしな、と付け加える。
身内だから無償奉仕、というのは虫の良い話だ。出世払いでもなんでも良いからツケは残しておいて良いだろう。
「それに、もう俺の方も"乗ります"って言わなきゃいけなさそうだ」
このタイミングで、クレイグは部屋の扉を振り返ってそう言った。少しだけ腰を浮かせている。すぐに立つことができるように。レオンとギルベルトは顔を見合わせた。この屈強な兄貴は、何をするつもりだろう?
そしてこの4人の中で、最も変化を見せていたのは、エリーザだった。
楽しげにバッジを触っていた時の顔は消え、顔面蒼白となり、汗が額からとめどなく流れ始めている。
「ど、どうかしたのか?」
レオンは、彼女の肩を揺すって、顔を覗く。目が合った。震えが出始めている。風邪を引いた訳でも無いのに、こんな反応をするのは妙だ。頬を、音も出ない程度に軽く叩いて、
「おい、大丈夫か?」
「あ、な、何か……」
声に応えるように、エリーザはクレイグと同じように部屋の扉を見た。
「何か、こっちに来る」
震えた声でエリーザは言った。
クレイグが先行して、部屋の外へ出る。カウンターの方へ向かい、マスターやテオフィラらと言葉を何度か応酬させているのがわかる。どうやら、最終的にク=シグが何か押し通されたようにうなだれている様子を最後に、クレイグはレオン達のところへ戻ってきた。
「……つけられたか?」
「僕が察知できないと思ってます?」
「失敬、そういうのの専門家だったな」
ギルベルトが心外そうに口元を結ぶ。付け回すような目線や気配が向けられた場合、よっぽどのスゴ腕でもなければ痕跡は残るものだ。それがわからないような青魔道士ではない。
つまり、事が起こった後に、かぎ取って接近してきている何かがいるという方が正しい。
視界の奥、兄の姿の向こう側では、すでに客達が足早に店を後にしているのがわかる。この手の危機管理には長けた連中なのだ。襲撃騒ぎは"赤の広場"周辺では日常的なものであり、襲撃はこの店にとっても初めてのことではないらしい。その証拠に、マスターも客に混じって避難しているのがわかった。
「失敗した。都で会っている間、ある程度教えておくべきだった」
とクレイグはため息をつく。
「失敗したって、何を?」
「【黒い月】の単語が出たあたりで、嫌な予感はしてたんだ。不穏な噂も聞くし、暗殺話が流れれば関与が疑われていた連中だしな」
「あっ……」
ギルベルトが、真っ青になって、
「そういえば、レオンにも言い忘れた」
「何が!?」
「獣裂きにされた囚人、確かに言ってたんだ。『追っ手』って。そんな生活が終わるとも言ってた」
「「 ……早く言え馬鹿野郎っ! 」」
※※※
~ 帝都・街道 ~
人の気配が、街道から消え去っていた。
大勢が行き交っていたであろう市場や、街道沿いの宿屋酒場に至るまで、こぞって戸を閉め、窓を閉ざし、明かりすら消し去っている。暑い季節だというにも関わらず、外気は冷え切って、カラスの鳴き声がこだましていた。ほんの一刻前には、街道には人が溢れていたのだ。
しかし、人がいなくなった。
こぞって建物へと駆け込んで、内鍵を閉めてしまったのだ。外にいてはならない。何か悪いことが起こるに違いないという悪寒。待ちを行き交うすべての者が、その悪寒に襲われ、自宅へ帰る者、宿屋や宿屋へ一時の暖を求めて入っていく者が続出したのである。
まだ多少の明かりがついている建物の間を、二人の女性が歩いて行く。
黒いドレスの女性と、赤いドレスの女性であった。
黒いドレスの女性は、昼間に処刑を見物していた、あの窓際に立っていた女である。
彼女たちが通るそばから、建物の明かりが消えていく。ざわつきが、止んでいく。部屋の中の蝋燭が、風が吹いたわけでも内のにかき消えていくのである。暖炉の火も輝きを失い、すきま風が部屋の中を襲い、人々はその現象に恐怖し声を上げることもかなわなかった。
「愛想の無い臣民だこと。出迎えてくれたってバチは当たらないのに」
黒いドレスの女性『メラーナ』が、市場の屋台に積まれているリンゴを1つ手にとって、赤いドレスの女性『ロベリア』に放った。
「わぁっ!」
お菓子を買ってもらった子供のような、朗らかな顔をしたロベリアは、リンゴを即座に囓り、果汁の甘みを堪能している。ぼたぼたとこぼれる果汁を気にもせず、ドレスの襟元が汚れてしまう。ロベリアは、それも気にしていない様子であった。
やや呆れたようにロベリアを見るメラーナは、同じように積まれているイチゴを数粒、手にとって囓る。口の中で砕け、甘い汁を存分に舌の上で堪能しながら、メラーナは夜に入り始めの街の風景を愉しんだ。
窓の灯火があれば格別なのだが、何故皆してこうも怯えたように明かりを消してしまうのか。彼女にはわからなかった。
「さて、と。この辺りの裏道から行く筈なのだけど、どれかしら」
そう言って、あたりを見回して見る。赤の広場の裏通りを進めば良い。そう"親切な魔術師の卵君"から聞いたメラーナ達は、その裏通りがどの道へ入れば良いのか聞き忘れていた。
うっかりした。
これも悪癖だとメラーナは自戒する。白の広場で見かけた可愛い子達を追っていたものの、つい町並みに心躍らせ、"寄り道"してきてしまった事も含めて。
アカデミーの制服を着ていたので、同じアカデミー生に聞けば早かろうと、道中捕まえた"お友達"に特徴を聞き出して、行きつけの酒場があるらしい所まではわかった。だが、肝心の正確な場所を聞き忘れたのだ。
「貴女のせいだからね、ロベリア」
「あ~?」
リンゴの芯をしゃぶっていたロベリアに、メラーナは言う。この娘の悪癖にも困ったものだ。また"クレイグ"を焼いたのだから。それも廃墟のように周りを気にしなくて良い場所ではなく、その"お友達"の自宅らしき建物の中で、だ。
「貴女がまた"クレイグ"を焼いちゃったから、あそこの人たち全員虫の餌にしなきゃいけなかったのよ? まったく、時間の無駄ったら」
「う? クレイグはいなかったよ?」
「うんうん、いなかったわよね」
若めの男を見ては"クレイグ"なる人物と誤認して殺してしまう。故につれ歩くにもリスクがありすぎる、歩く爆弾のような女。
美女の見た目でありながら、中身が幼女に戻っている愚か者。
正直、息が詰まる。
「うん、でもメラーナも楽しそうだったよ?」
リンゴの芯をぽいと放ったロベリアの言葉に、メラーナは痛いところを突かれたと思った。自分も、良いタイミングだと思ったらついやってしまう所があるからだ。
「ふふん」
得意げに言うロベリアが、今度は自分で屋台に並ぶ色とりどりのベリーをわしづかみにして、口に放り込む。口元から果汁が溢れ、襟元が青と赤、黒でどんどん汚れていく。
「こらっ! いい加減止めなさいみっともない」
「やーぁっ!」
手からベリーを取り上げようにも、力んですでに手の指の間から果汁が流れ出ており、手首を押さえるのにとどまるしか無かった。ロベリアは嫌がって手をふりほどこうとし、メラーナはあきらめて彼女の好きに任せる事にする。
この娘は、ある程度のラインでとどめておかねば一気にふてくされてしまう。おそらく、これ以上止めればここからテコでも動こうとはしなくなるだろう。そうなれば、さらに時間の無駄になる。
「もう、それを食べたら行くわよ?」
「うんっ!」
これが、本当に幼子ならば可愛いものなのだが。とメラーナは考えながら歩く。裏通りと、"お友達"は言っていた。しかしながら、都は巨大な街だ。どの通りから入れば良かったのか……正直なところうろ覚えだし、記憶と変わっているところもある。
確か、川沿いを通っていくと言っていた。
それを今になって思い出して、メラーナはあたりをつけていっとう細い道を選ぶ。この帝都は、【蒼河】と呼ばれる、帝国北方を横切る大河の支流を抱えるように立てられた都市である。西方の大海から大河を上って、海の幸や西方の品々が入ってくる事が容易なようにと、帝国成立時に初代皇帝が意図したものだ。
それに沿えば良いと言うことは、方向は限定される。反対側に行かなければよいのだ。もっと早く気づくべきであったと後悔するが、街をゆっくり観光しながら目的地に行くと思えばそう悪くはない。そう思いたい。
ロベリアがはぐれないように気を配りながら、メラーナは裏の通りを歩いて行く。この通りも例に漏れず人っ子一人見当たらなかった。窓が閉ざされ、扉も堅く閉じられている。おそらく念を入れて鍵もかけてあるだろう。
それは良いことだと思う。
不穏なる者が扉を打ち壊しでもしなければ、中に入られる事も無く、外へ出なければ巻き込まれる事もない。中にこもる者がガタガタ震えているだけで良いのだから、素晴らしい対処法だ。
反吐が出る。
蝋燭の明かりが消えていく。街道のランタンの灯火も消えていく。未来に明るさなど無く、過去も暗黒の中にあると突きつけるかのように。
反吐が出る。
やがて、川が見えてくる。この道であっているではないか。メラーナは"親切なお友達"に感謝した。場合によっては、そばに置いてやろうかと思ったが、街の通行に支障が出るのではないかと思って止めた。それを少し後悔する。つまらない魔術師人生を送るより余程有意義な過ごし方をさせてあげようと思ったが、あの"お友達"は運が無かったのだ。
「――っ!! クレイグの匂いがする!」
またロベリアの"これ"だ。燃え焦がれるほど赤い情熱と言えば聞こえは良いが、この娘は本当に燃え焦がしてしまうのだから始末が悪い。煤が残るし、肉が焼ける臭いは鼻につくし、何より美しくない。
やはり、スマートにいくか、丁寧に処理してあげる方が余程礼にかなうと思う。
ほんのりと灯る明かりが見えてくる。古ぼけた建物に、古びた看板。灯火が消えていって殺風景になっていく街の中で、唯一光を保っているその建物。それを見てメラーナはほほをつり上げた。
「見つけた」
ここだ。あの可愛い子達がいるという宿は。すんなり見つけられてよかった。店から漂ってくる酒とチーズの臭いに、ご飯を目にした子犬のようにはねるロベリアを見て、あともうちょっと時間がかかっていたらこの娘のコントロールができていたか怪しい。
「こら、そんなに急いだら危ないわよ?」
「良い匂い! 匂い! クレイグの匂い!」
クレイグとかいう奴はチーズか何かでできているのか?
あたかもチーズでできた亜人種の如き、全身まっ黄色の風貌を想像して、思わずメラーナは笑ってしまう。ロベリアは後ろで笑われている事にも気づかぬまま、店の戸に手をかけた。
その時の事である。
扉の向こうから、声が聞こえた。
こう、聞こえた。『茨の噴出』と。
「――っ!? 下がりなさい、ロベリア!」
メラーナが叫ぶ前に、ロベリアは後ろへ飛んでいた。それを追ってくるかのように、店の扉が宙を舞う。扉に人の指ほどの太さを持った茨が、何本も突き立っている。再び、同じ文言が聞こえてくる。
なるほど、呪文か。
メラーナはほくそ笑んだまま、ロベリアと自分双方へ飛んでくる茨をよけていく。弾丸のように射出されるソレは、二人の脚を狙ったものだと見ればわかる。無力化する気らしい。
5秒、数える。まだ射出は続く。
10秒経った。まだ茨は迫ってくる。
「へぇ、やるぅ」
メラーナは感心した。これだけの数の茨を、これだけの長さ撃ち続けるという事は、そこそこ良い【魔力容量】を持っているようだ。一度、攻撃が止んだ。彼女は立ち上がって、宿の入り口を見る。出てきた様子も、出てくる様子も無い。つまり、中から撃ち続けた訳だ。
外に射出し、ある程度相手を追尾する能力も茨に付与させて。
ますます、興味が湧く。力の方向を"曲げる"なぞ、【青魔法】でなければできない。そして、ただの茨を生み出して、かつ扉を吹っ飛ばす程に強化できるとすれば【緑魔法】の使い手がいるのだろう。
飛んで来るのは、2つの要素を合わせた先ほどの追尾する茨。
二人が互いに魔法を干渉させて、攻撃してきたという事。
俄然面白くなってきた。しかも外へ出てこないと来る。外より室内に入ってきてくれる方が、呪文をよけられないだろうと踏んでいるようだ。それに宿屋酒場にいる荒くれを雇っているという可能性もある。
抜き放たれた剣で首を飛ばすつもりか?
匕首で腹をかっさばく気か?
どうする気なのか、気になる。どうしてやろうか、迷う。
「乗ってやりたい所だけど」
自分は後だ。何せ、猛犬のようなうなり声を上げ始めている娘がいるのだから。飼い主を見つけて喜ぶ馬鹿犬のように、目を見開いているロベリアを見る。
「フーッ! フーッ!」
「くっくっ……はやらないで、ロベリア」
宿屋の入り口から、声が聞こえる。
「当たったか?」
「いや、ダメだ。2つともまだ動いてる」
「くっそ、茨飛ばすの久々でミスった」
白の広場で聞いた声だ。メラーナは口元を緩ませる。すると、さらに別の声が聞こえる。野太く、力強い雄の声。
「レオン、他の客は逃がしたぞ、存分にやれる!」
「サンキュー、兄貴!」
その野太い声が聞こえた時の事である。身をかがめていたロベリアが、激しく身を震わせる。メラーナも初めて見る反応だった。驚いて、足下の彼女に声をかける。
「ロベリア?」
「うーっ! あーっ!!」
ロベリアの両手に、青い炎が灯る。それがこの娘の攻撃準備の合図。メラーナは、目を見張った。子供のようであったロベリアの笑顔が、大人の女の笑顔に変わっていたからである。目元がつり上がり、灯る炎の熱で涎が蒸発し湯気が立ち始めている。
「クレイグぅ! クレイグウゥ!」
あぁ、なるほど。本当にいたのか、"クレイグ"は。
「クレイグウゥウ!! 殺すぅ! クレイグぅう!」
そう叫んだロベリアが、飛び出した。豹や獅子のようなしなやかさで宙へと飛び、まっすぐ宿の入り口へ向かってゆく。メラーナは、中にいる子達に同情した。先ほどの魔法の使い方からして上手く切り抜けるだろうが、
「アツいわよ、ロベリアは」
ロベリアが、宿屋の中に"着弾"し、刹那の閃光が街の中をほとばしる。
轟音と高熱、そして無数のガラスの破片と共に、店の窓から爆煙が飛び出した。




