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第2話



 ~ 帝都・【アカデミー】 ~



 帝都にそびえ立つ、アカデミーこと【帝国国立魔術学院】は国の中で最も古い建造物の1つである。

 初代皇帝に付き従った大魔術師が建立したとされる、"一箇所欠けた五芒星"という特殊な建造物の中で、長い世紀を通して数多の魔術師が巣立っていった、12歳の時に受ける魔術試験をパスした者のみが入学を許される最高学府。


 在籍している事すなわち魔術の素養高き者である証。


 ただ一つ古来より続く問題を挙げるなら、魔術的素養が最優先であるため人格面はあまり問題視されない事であろう。


 今日もまた、欠けた星の中心に立てられた、蔵書室の収まる【知恵の塔】。それを守るよう、ドーナツ型にそびえる石造りの建物が一郭で、静かながらも怒りのにじむ声が響く。


「ベインズ君、フォルマー君。呼び出された理由は、理解しているかね?」


 その一室は最上階の1フロア、丸々1つの部屋とした特別な部屋だった。その最奥に設置された執務机の上で、腕を組み鎮座している人物が静かに、しかし確実に怒りが混じった声で二人の青年に声をかけたのだ。


「いいえ、わかりませんね。一切」

「退出しても? 授業の準備がありますので」

「君たちは……」


 豊かに蓄えられた白髭を振るわせて、机の主である老人は立ち上がり、部屋の窓の方へ歩いて行く。すると、カーテンを開いて日の光を浴びた。二人の青年がこの部屋へ呼び出されたのは今朝方の事。

 今は丁度、昼になるかならないかといった所で、一刻程度は怒られていた事になる。

 帝国臣民の中から選ばれた魔術師としての自覚であるとか、社会の模範としてといった、ありがちで退屈な説教。


「昨晩、【白院】に一人生徒が担ぎ込まれたのは知っているね?」

「えぇ、知っています。【青院】の4年生でした」

「君の後輩だね、フォルマー君」

「中々に見込みのある子だった、と思いますが?」

「うむ、見込みのある生徒だとも。その子は君の講義も受講していたはずだ、ベインズ君」

「えぇ……まぁ」


 青年らに反省の気配は微塵もなく、学長は呆れ気味に言葉をつづける。


「その担ぎ込まれた生徒は、"緑"と"青"を使用した魔法戦闘の訓練中だった。そこまでなら別に何も言うつもりは無かったとも」

「確かに、昨日の午後には魔法による戦闘訓練がありましたね」

「して、その訓練中にあった事故について聞いているね?」

「講師が手心加えず魔法を生徒に打ち込みました。死にはしない程度ですが」

「その講義の教鞭を執ったのは誰だったかな?」


「「 私 で す 」」


「だから呼び出したのだこのたわけ共が!」


 部屋の中に、圧に満ちた怒声が響いた。それは建物全体を強く揺さぶる。


「君達は【8年生】という自覚を、全く備えていないと見える。最上級生、教師の卵として後進の育成に励まねばならぬ者としての!」

「いやぁ、アレを後進って言われてもですね」

「少しできるようになった程度で上を舐めた目で見る阿呆に仕置きをしただけで」

「仕置きにも限度があろうが、今朝方【白院】の医官が血相を変えて来たわ」


 そう言って、老翁が青年二人に放ってよこしたのは、診断の結果であった。

 陰茎・陰嚢の異常な膨張。体の各部位が徐々に獣へ変異しつつあり、己の名前も曖昧になるほどの精神状態。排泄機能に異常が見られ、現在医療棟の個室が一つ機能停止状態である事。


「自分で自分を治せぬのだぞ、その生徒は」

「まぁ口が犬になってりゃ喋れませんから。【ウェアウルフ】や【犬人】ならいざ知らず」

「記憶も曖昧というのは……」

「育ちの問題かと思ったので、幼少期から今までの"思い出"の重要な部分にフタをしただけなんですけどねぇ」

「あの陰嚢と陰茎は……」

「「 節操なし(ヤ○チン)っぽかったのでつい 」」

「うむ、よくわかった。君達には無期限の資格停止処分しかあるまい」

「「 えっ!? 」」

「何を、驚くところがあるのだね? 言ってみると良い」


 老翁は怒鳴り声を上げこそすれ終始穏やかな表情であった。目は全く穏やかでなく、有無を言わさず申し出を受け入れざるを得ない迫力を備えている。断りでもしようものなら、このまま蛙か羊にでも変えられてしまいそうだ。


 金髪を後ろで結わえた青年を老翁は、「緑院8年生、レオン・ベインズ」と。

 短い黒髪の青年には「青院8年生、ギルベルト・フォルマー」と呼び、言った。


「両名には無期限の()()()()()()を言い渡す。期間の間、講師としての権限は停止さるものとし、解除は我が方に一任する。人格面に重要かつ多大な問題と欠陥はあるが、君らは優秀だ。何かしらこの天下で成果でも上げてくれば、復帰も考えよう。資格剥奪や謹慎処分でない事をありがたく思う事だ」


「「 ……わかりました 」」



 ※※※※※※



「あのクソ爺、後で覚えてろよ!」

「自由に動けるだけまだマシだと思うけど?」


 【青の広場】の大通りは、人であふれていた。人の海が2つに割れていく光景は、異様なものとして人々の目には移った事であろう。その間を、異様な雰囲気を纏った青年が二人歩いて行く。

 金髪の青年の、獣性むき出しとなっている眼光。黒髪の青年の鋭利かつ怜悧な目つき。これら見て、関わらない方が良いと考えない者はいないだろう。


「ギル、お前暢気にも程があるだろ。復帰と言ったって、あの爺にとっての成果って何かと思えば、ハードル高いぞ? 絶対」

「官軍に従軍して、西方の賊徒討伐で功をたてる、とか」

「口で言うのは簡単だけどな」


 そう言って、青年二人は肩を落とす。

 正直なところ、彼らは途方に暮れていた。あの老翁こと【学長】は、成果を上げればと簡単に言ってくれるが、何を持ってして処分の撤回に値するか、線引きが不明瞭過ぎるのだ。

 講師の卵という立場で失態を犯し、資格を停止させられた若手魔術師。いったい何処の世界でそんな人間を使ってくれる上のヤツがいるというのだ。

 実質"クビ"同然であった。社会に出てどこか座れる椅子は無いか探すには遅すぎるし、肝心のアカデミーの看板は掲げられない上、一般社会でツテはありますかと聞かれると閉口せざるを得ない。


「母ちゃんに何て言おう」


 先ほどまでの、傷ついた野獣のような眼はどこへやら、借りてきた猫のように背を丸めてしまったレオンに、ギルベルトはあまり気にしていない様子だ。


「レオンのお母さん、そんなに怖いのかい?」

「怖い何てもんじゃ無ぇよ、俺の拳と【緑魔法】は母ちゃん譲りだぞ」

「それは……不味いね」


 と、どこか他人事。熱しやすく、冷めやすい金属を見て楽しむ子供のような顔のまま、ギルベルトは言葉を続ける。


「でも、バレないように結果を残せばいいんだし」

「ソレを悩んでるんじゃねぇかよ」


 何をもってしてアカデミーに復帰するか。

 屋台で購入した"焼ウサギの足"を囓りながら、二人は考える。学術的な結果を残すのは、アカデミーからはじき出された今きわめて難しい。研究設備がそろっている所なぞそうない上、よしんばあったとしても立場上入ることを許されない事は容易に想像できる。


 武功・戦功をたてる、という発想も無きにしもあらず。


 しかしながら、魔術師が軍に属する場合【赤院】の卒業生のツテを頼る事が一般的なので、仲の良い知り合いもいない彼らには無理。もぐり・無断参陣なんてしようものなら、敵味方の判別をされぬまま殺されても文句が言えない。


「元軍属に知り合い、いるか?」

「僕にはいないよ。レオンこそ、一人いるじゃないか」

「……ダメだ」

 レオンの声音が、一段低くなる。

「兄ちゃんはダメだ。軍を離れてからその話題一切触れねぇんだよ」

「レオンの兄さん、官軍だったのかい? 傭兵だって聞いたけど」

「官軍とか傭兵とかよくわからねぇけど、とにかく兄ちゃんはダメ。他だ他」


 頭の中に案は浮かべど解決策とはならず、もやのかかった思考のまま歩き続ける二人。青の広場は広くとも、限りがある。やがて二人は【白の広場】との境界線までたどり着いた事に気がついた。

 妙な人だかりができているのだ。それも、普通の規模では無い。パレードが行われる時期ではないし、西方から軍が凱旋するなどという噂話も聞かない。聞いたことがあるとすれば、1つだけ。


「そうか、そういえば今日処刑があるんだっけ」

「チッ、ついてねぇな」


 処刑の見物は、臣民の義務である。


 余程の事で参加できない場合を除き、参加不可である場合科料(罰金)が申し渡されるのだ。

 このような大通りでそれに出くわしてしまえば、人の目もあり離れる事は難しい。方々を見回してみれば、すでに官兵や軍属の魔術師の姿がちらほら見えるでは無いか。詰まるところ、見るしかないのだ、処刑を。


「あ~あ、こりゃ見るまで飲みにも行けやしねぇ」

「嫌だよねぇ、飯が不味くなるもの見た後にさ」


 大きな人のうねりに流されるまま、二人は大勢の民衆に紛れ【白の広場】の中心部へと近づいていく。豪勢な宮殿が姿を見せ始め、絢爛な様式の建造物が居並ぶその町並みは、一種の"場違い"な感覚を民衆へ植え付ける。

 住む世界が違う方々のいる場所という、劣等感をかき立てられるこの感覚は居心地が極めて悪いものであった。苦虫を噛み潰したような顔つきをする者達が多い中、刑場が見えてきた。

 ギルベルトが、飯が不味くなると言ったモノが。


「……げぇ」

「"獣裂き"かぁ、エッぐい手選びやがったな」


 今日は肉料理を遠慮しなければいけないかも。そう二人は共通した感想を抱き、全体をよく見回してみる。広くとられたスペースの中心部に、杭が1本立てられていた。そして、家畜化した大型獣の一種【ベヘモス】が2頭用意されており、首輪には手綱とは別に太めのロープがそれぞれくくりつけられている。


「反乱分子を捕まえでもしたのか?」

「いや、確か窃盗犯だった気がする。ココで反逆者用の処刑法使う程の盗みって」

「皇家の至宝? いやいや、そんなまさか」


 そんな事やろうとするのは、底抜けの馬鹿くらいだ。二人は苦笑して、刑場で売り歩きをする行商を一人呼び止めた。


「おっちゃん、俺たちにパテを1つずつくれ」

「はいよ」

「なぁ、今回あいつらにいくら包んだ?」

「……レオン、よせ」


 刑場の周辺で、行商が観覧者の間を売り歩く事は本来禁止されている。しかし、こうした状態が常態化してしまっているので気にする事は無かった。時折まじめな官兵が怒鳴りつけこそすれ、彼らの長である小隊長格が見ぬふりを決め込んでいるからである。


「ははっ、言うねぇ兄ちゃん。銀貨10枚さね」

「10!? ずいぶんぼられたじゃん」

「そりゃあ、今回はとんでもねぇ大馬鹿な泥棒だからよ。聞いてねぇのかい?

【テレジアの涙】をくすねようとしたんだと」

「それは!?」

「そりゃあ、大馬鹿だぁな」


 予想以上の大馬鹿者だ。レオンは呆れ、ギルベルトはむしろ興味を引かれたように目を輝かせている。行商の男性から、細かく引いた芋固めて焼いたパテを受け取って、頬張りながら場の流れをみやる。

 そんな中、レオンはある事に気がついた。


「なぁ、くすねようとしたって事は、進入できたって事か?」

「まぁそうだよね。【エナリアの塔】に忍び込んだ所を捕まったとしか思えないけど」

「陛下とそのご家族のおわす宮殿だぞ。警備だって厳重、選りすぐりの連中が詰めてる筈なのに、"侵入してから発覚する"奴が易々と捕まると思えねぇんだが」

「そういえば、それもそうか」


 そう返答したギルベルトの目は、"好奇心"の光が灯っている。レオンは、ソレを見てやや呆れてしまう。

 黒髪の青年、ギルベルト・イーヴォ・フォルマーの好奇心は病的だ。それは長いつきあいのレオンはよく知っている。痛いほど知っている。実際、コイツの好奇心で痛い目にあった事は多々あった。

 今度は何に興味を引かれたか、聞くのが恐ろしい。大概、ロクな事ではないからだ。

「何する気だ」

 そう、黒髪の友に言おうとした時の事である。刑場を取り囲む群衆達が、にわかにざわつき始めた。


「殺すならよぉ、とっとと殺すなりなんなりしてくれや! 夕方になっちまうぜ!」

「どうせなら監獄にいる連中全員引っ張ってこい!」

「そうだそうだ! 全員やっちまえ!」


「こーろーせっ!」


  「こーろーせっ!」


    「こーろーせっ!」


 野卑な言葉が刑場の間を駆け巡る。処刑は、大衆娯楽の一種でもあった。観劇は入場料が高くて敷居が高い。

 【ビースト】による賭けレースはギャンブルである以上リスクが伴う。となれば、見るのはタダ、自分たちのリスクもなしにすっきりでき、それでいて死んだり傷を負うのは罪人と来たものだ。

 人気が出るのは至極当然といえる。


「なんて野卑な、これが帝都市民だというの?」


 そんな中、レオンは引っかかる言葉が聞こえた。


 こういう民衆の不満が爆発している状況下において、明らかに似つかわしくない声音と言葉。凜として透き通る竪琴(ハープ)の音色のようだと思った。その美しい旋律とは裏腹に、音の中には期待と失望が入り交じっている。

 この感覚を、レオン・ウィル・ベインズはよく覚えていた。

 この帝都の門を、アカデミー新入生としてくぐったあの時に感じた思いとよく似ている。既視感と言うべき一種の懐かしさ。


 群衆の中を見回して見ると、熱狂し始めている者達の中で唯一、困惑と怒りがない交ぜになっている少女の姿を発見した。


 絹織物の如く美しい黒髪に、蝶を象ったラピスラズリの髪留めを挿している。肌は雪のような輝きを持ち、顔立ちはショーウィンドウに飾られた人形さながらに完成された造りを。翡翠の瞳を内包した、ガラス細工のごとき眼。肌と同じような柔らかさを感じさせる鼻筋。それに、穏やかな盛り上がりを見せる薄いピンク色の唇。


 レオンは内心舌を巻いた。


 帝都に人多しと言えど、このような()()はそう見られるものでは無い。事実、彼だけで無く、黒髪の少女に目を奪われている男が結構な数存在しており、この熱狂の渦の中で何が起こるかわかったものではなかった。

 無論、彼が頭の何よぎらせた嫌な予感そのものが、下卑た発想であろう事は理解しているつもりだ。


(参ったな、面倒ごとの種が増えちまった)


 周囲の様子を見るに、連れがいる様子も無い。腰にも、衆目を集める程の豪奢な装飾を施した剣を佩いている。腕に自信はあるらしいが、天下の人材が集まってくる帝都でそれは警戒心が足りないと言わざるを得ない。

 官憲の眼がある白の広場では大丈夫だが、【赤の広場】や【緑の広場】などの裏通りに入ってしまわないか心配だった。幸い、二人程度の距離しか少女とは開いていない。間にギルベルトが立っている事を除けば。

 そんな心配を少女に抱いているレオンの様子を見たギルベルトが、言った。彼の視線の先にいる少女を見、何かを悟ったような顔をして。


「なぁ、レオン。ちょっとやってみたい事があるんだ」

「やってみたい事? 後にしてくれよ、今……」

「処刑される罪人に"テレパス"で話しかけてみようと思ってる」

「 ――っ!? 」


 ギルベルトはレオンにそう耳打ちした。少女には聞こえているかどうか、見えない。


「ギル、お前……馬鹿なのか?周囲の耳目と俺らの立場考えろ」

「でもさ、気になるじゃない? 皇家の至宝を盗もうという大胆不敵で愚かな計画実行した盗人の心境って奴」

「今まさに愚かな計画考えたお前に言われても……な、その」


 好奇心とは、まるで無かったものに対しても、ふと湧いてくる事がある。今この場においてレオンの心に芽生えたのはそれだ。本来、反逆者や政治犯の処刑にか使われることの無いはずの広場で処刑される窃盗犯。それも気になる。

 それに何故、畏れ多くも皇家の至宝に手を出そうなどと考えたのか、言われてみると気になってくるのだから不思議なものだ。


 そして、刑場が一気に沸き立つ。


 一両の檻車が、形状へ入って来た。

 さびた鉄の臭いが漂ってくるも、それが使い古しの檻車か、古くなった血の臭いなのかはわからない。ともかくも、処刑が始まる事は皆が理解していた。

 両手に錠をかけられた一人の囚人が、官兵によって檻車から引きずり下ろされる。獄則に則り、盗人に押される額の焼き印が痛々しく、全身に拷問の跡が見られた。負傷していない箇所を探す方が困難な有様だ。

 官兵は、拷問によって立つこともままならない盗人を両脇から支えて佇立させる。


 盗人の顔が、あらわになった。


「おいおい、女かよ」

「そんな、非道い」


 そう言葉を漏らしたのは、レオンと少女であった。

 女性の顔は打撲跡がすさまじく、顔の半分は原形をとどめていなかったのである。徹底して顔を、特に口元を狙って打ち据えたのであろう。ブドウのように晴れ上がった顔は見るに堪えず、群衆の中にいる女性達のほとんどが顔をそらしていた。

 ただ、顔を狙った理由はわからないでもなかった。

 魔術師は、呪文を唱える事で魔術を行使する。少なくとも、何も口にせず力を行使できた人物なぞ歴史上でも聞いたことが無い程には、一般的な常識だった。要するに、盗人が万が一魔術を使える者であった場合を警戒しこの措置を執ったのだ。


「猿轡で十分なのになぁ、よくやるよ」


 と、ギルベルトは呆れた顔で官兵達をみやる。公開処刑は、お上から下々への警告としても機能しなければならない。それを理解し、納得できるかどうかは別問題である。


 ふと、レオンとギルベルトはある事に気がついた。女の目つきである。


 処刑は、しょっちゅうでは無いものの年内に何度も行われており、これまで目にする機会は幾度となくあった。そのいずれにおいても囚人は「死にたくない」と、口にはできなくとも身振りで示したり、もがいたりしてみせたものである。


 しかし、あの女はどうだ?


 神妙にしているという言葉がピタリと当てはまる程におとなしく、また目の光りも死んでいるどころか希望が灯っている。


 ―― やっと死ねる。


 そう言っているように見えて仕方が無い。ギルベルトが、口元でぼそりとつぶやく。


「 ―― 『想像の結合』 」


 そう言葉を紡ぐやいなや、彼の両手に淡く青い光が灯り、ギルベルトの思考を彼自身から引きはがす。意識の一部と肉体を切り離し、他者の意識と直接結合させる事で会話を成立させる、【精神魔術】の一種である。

 第三者から見ると、利き手を淡い青で光らせている事がわかる上、本体が無防備になるので、レオンはその護衛として立ち回る事に加え、不自然にみえないようつとめなければならない。あまり長い時間をかけるわけにはいかなかった。


 意識だけを女盗人に飛ばしたギルベルトは、ほんの数秒で刑場の中心で布告文を読み上げられるのを待つのみとなっている彼女と"接触"する。


『―― あ、あ。あ~テスト、テスト。もしも~し』

『―― っ?』

『聞こえますか~?』

『ははっ、青の魔術師かい。あたしはつくづく運が良いね』

『運が良い?』

『不思議そうな声出すない、見知らぬ魔術師さんよ』

『わからないな。これから死ぬって言うのに』

『死ぬ、ね。ちょっと違う。あたしは、救われるのさ』


 意味がわからない。死が救済、とはどこか邪教めいたものを感じてしまう。しかし、女盗人の言葉は信仰による発言では無い事はわかる。何せ、直接心を接続して読んでいる訳なのだから。


『死ぬしか、逃げ道が無いんだからね』

『生き延びる方法を考えた事は?』

『甘いよ、魔術師』


 飄々としていた女盗人の声音が、とたんにドスのきいた低温に変化した。ギルベルトは息をのむ。


『そんな肥だめのクソ以下の発想、とっくに豚の餌さ』

『ふぅん、じゃあ、死にたがりの割には喋りたがりなのは?』

『……はっ! 青の魔術師に隠し立てなんざ無駄かい』

『まぁ、少し深いところまでもう読んじゃってさ』


 その時、刑場の執行官の前まで女盗人が引っ立てられ、布告文が読み上げられ始める。


「罪人、"猫手のミュレル"。貴殿は皇家直轄区画への侵入、並びに~」


 時間が無い。


『誰も君の話を聞いて、信じてくれなかったみたいだね』

『そりゃそうさ。卑しい盗人の言葉に高貴でやんごとなき方々が聞いてくれる訳がねぇ』

『じゃあ、僕が聞こう』

『ほら話だと笑い飛ばさないなら、ね』

『青の魔術師に言う言葉じゃないよ?』

『違えねぇや。じゃあ言ってやる。 あの塔、【エナリアの塔】に今飾られてる【涙】は偽物さ』

『―― は?』


 ギルベルトの呼吸が、一瞬止まった。想像以上のモノを踏み抜いてしまったらしい。


『あたしが盗んで、【奴ら】に引き渡した。でも、あたしも騙された』


 そう"会話"が交わされる間においても、現実の時間は進んでいく。執行官が布告文を読み上げる間、女盗人は杭に両腕を縛り付けられ、2頭のベヘモスが女盗人を挟むように立ち、ロープが左足と、右足それぞれにくくりつけられた。


『あの宝石は、アレは国家の至宝なんて呼ばれちゃいるが、思ったような至宝じゃ無かった。"お鍋の取っ手"だったのさ』

『至宝では、ない?』


 刑場全体が、真冬のようにしんと静かになった。


『真実を知ってりゃ、盗みなんてしなかった。追っ手も来やがるし、心底後悔してるよ。でもそんな生活もようやく終わる』

『1つ聞いてもいいかい? 【奴ら】っていったい何の事なのか』


 官兵が盗人の両足を縛し終える。執行官が鞭を振り上げて、刑が執行されようとしていた時の事である。


『―― 【黒い月】さ。聞いたことあるだろ?』



 ―― ピギュッ!



 その音が、何の音であったのかは、一瞬ですべて終わった今はわからない。

 女盗人の断末魔だったのか。執行官が振るった鞭の音だったのか。

 それとも、女盗人の体がはじけた音だったのか。

 又の中心から、左の脇腹にかけて裂けた左足が、ベヘモスの背中にくっついている。右足は太ももの中心からちぎれており、杭にはくくりつけられた女盗人の上半身と腰半分だけが残っていた。

 腫れ上がった顔であるため、痛みに顔をゆがませていたどうかまでは読めないが、1つだけわかる事があった。眼の光は、穏やかなままであったのだ。


「やっと死ねる、か」

「おい、何を聞き出した?」


 肩を抱く事で肉体を支えていたレオンが、やや小さな声で聞いた。斬首は見慣れていても、ここまで苛烈な刑罰を見た故か、刑場は未だ静まりかえっているからである。

 顔面蒼白となる者。もっと苛烈なモノは見たと言わんばかりの者と様々であるが、三者三様の反応を見せるこの空間の中で、ギルベルトは脂汗が出始めていた。故にレオンはすぐに事情を聞く事にした。


「不味い事聞いちゃった。いや、思った以上に大事でさ」

「聞かせろ」

「【エナリアの塔】で現在奉られている【テレジアの涙】は真っ赤な偽物だって」

「は?」


 レオンの顔色も、みるみるうちに変わっていく。予想してた以上に斜め上の、天下の一大事をピンポイントで引き当ててしまった訳である。


「それに、この盗みはどうやら"仕事"だったみたいだ。【黒い月】の名前が出てきた」

「……嘘だと言ってくれよ」

「僕がこういう時、嘘をつく奴でしたか?」

「ハイ、ソウデシタネ」


 クビ同然の立場となり、不満を晴らす手段を考える状態では無くなった。しかしながら、どこで話を整理しようかとなれば、やはり一カ所しか思い浮かばない。


「とにかく、【青銅の蹄】に行こう。マスターなら奥の個室貸してくれる筈だから」

「蜂蜜酒飲んでゆっくり考えるか。事が事だしな」


 と、二人がそう意見を合致させた時の事である。


「ねぇ、ちょっといいかしら?」

「「―― んっ?」」


 凜とした声を聞いて、二人は思い出した。盗人の言葉のインパクトが強すぎて忘れかけていたのだ。

 隣に、やたら男の眼を惹く少女がいた事を。

 どうやら、ギルベルトの耳打ちは少女にも聞こえていたようだ。

 周囲の民衆が、白昼に悪夢を見、血の気が引いたような顔で帰路につき始める頃。少女は自分より1回り大きい二人の男に対し、面と向かって仁王立ちしていた。下から見上げられている筈なのに、上から目線を感じるのだなぜなのか。

 それは言うまでも無い。レオンとギルベルトは、そういう目線にはなれているからである。


「あなた達、魔術師? 今、囚人の心を読んだの?」

「あぁ~、いや~、それは」

「質問にはハッキリ答えなさい。男でしょ」


 少し馬鹿にしたような目つきをする小娘の顔を、レオンは張っ倒そうか迷った。確かに、こちらに気を引いてあれ以上周りへの不満を口にされても困ると思ったが、声にトゲがある女だとは思ってなかった。


「やったの? 違うの?」

「……えぇ、やりました。僕は青の魔術師です」

「よろしい」


 弟を褒める素直じゃ無い姉のような言い方だ。


「で、そこの筋肉。あなたは?」

「誰が筋肉だ、誰が!」


 レオンはこめかみに青筋を浮かべて言う。熊のような声で。


「それに、人にあぁだこうだと聞く前に名乗れ! お母上にそう習わなかったのか、小娘」


 少女は、はっとなって一歩下がると、胸に手を当てて一礼した。水が上から下へ流れるように、風に乗った葉が飛ぶように、自然。穏やかな動きはとても涼やかで、少女の中身を表すには十分な動きであった。


「それもそうね、ごめんなさい。礼を失したまま礼を求めてしまったわ。

 私は、エリーザ。エリーザ・ヴェックマン。見識を深めるために旅をしているの」


 レオンとギルベルトは、それぞれ表情と姿勢を改めた。

 見事な礼には、礼を持って返さなければマナーに反する。レオンは襟元を正して、


「では改めて。俺は"元"緑院が8年、レオン・ベインズ。先ほどの無礼な発言は軽率だった、お詫びする」

「僕は"元"青院が8年、ギルベルト・フォルマー。

 して、Miss.ヴェックマン。しがない魔術師二名を捕まえて、何が聞きたいのかな」

「聞きたい事はさっき聞いたでしょ?」


 エリーザと名乗った少女はずずいとレオンの前に迫り、言う。彼の鼻腔に、甘いにおいが漂ってくる。年頃の女が、と言いかけるが喉から声が出てこない。この少女は自覚が無いのだろうか。男にとって目の毒になりそうな容貌だという事に。


「私も案内なさい、その青銅の蹄とやらに」

「え?」


 出会いとしては、最悪な部類だと思った。

 流れ者だと名乗ってはいるが、この娘、警戒心が薄いというか隠すのが下手と言うべきなのか、それとも両方なのだろう。会ってすぐの男に、酒場に案内せよという。それとも、酒場がどういう所か知らないのか。

 下手にガラの悪い連中に引っかからなかっただけマシだろうが、自分が声をかけている男性が"そういう類い"なのでは無いかと疑ってしかるべきだと思う。


「なぁ、お嬢さん。この広場で出会って早々の男二人に、酒場まで連れて行けって言うのは、いささか」

「早急に過ぎると言いたいの? そんな事言われなくてもわかるわよ」

「なら……」

「でも心配はいらないわね。だって貴方、人を騙す男って感じ、しないもの」


 そう言って、少女は笑う。やはり、少し愚かな女の子だと思った。なぜ、そう簡単に言葉1つで信じられると思うのだ。しかし、悪い気はしない。


「そうかよ。じゃあついて来い、案内してやる」


 そう言って、レオンは踵を返した。



 ※※※※※※


 

「ふぅん」


 碌でなしの魔術師と、不思議な少女が言葉を交わしている様子を、窓から見つめる陰があった。


 刑場全体を見渡すことができるホテルの窓縁に、黒いベールがたなびいている。

 凍り付いた金色の瞳。絹のようにしなやかで、雲のように触れると消えてしまいそうな程に白い肌。その白い肌に、ロイヤルブルーのドレスはよく映えた。ドクロを象ったレースのヨークスリーブに、半透明の黒い上着をはおり、顔もヴェールで隠している。彫刻を刻むように、大いなる精霊がその手を振るったとしか思えない、優雅な顔立ち。森の奥に住まうという幻獣の鬣とは、こうも美しいのだろうかと、男女を虜にする艶やかさを持つ白黒2色の髪。顔立ちから体つきに至るまで、祝福に満ちていると、皇家王侯貴族、そして庶民の下の下に至るまでが口をそろえて言うに違いない。


 しかし、彼女の全身から立ち上るモノは、あまりにも醜かった。


 何より、白の広場の一等地に建つホテルの一室、それも昼に近い刻であるにもかかわらず、女性のいる部屋にだけ日差しではなく影が差していた。一種の異様な空間がそこにできあがっている。言葉を交わす青年と少女を見ながら、女性は口元をゆがませる。笑ったと言うには、あまりにも醜悪であった。

 陋劣と端麗が不自然に同居している、理から外れたモノ。人の形でありながら、心が全く異質にして下劣。

 は虫類と形容した方が、腑に落ちるがきっと大いに違いない。そんな女であった。


「都くんだりまで来た甲斐があった」


 蛙を見つけた蛇のように、青年の横顔を見る。他の連中とは一線を画した、生き生きとした生命力に満ちている顔を。そして少女の顔を見る。

 未だ汚れを知らず、純潔さを保っている少女の横顔も。

 妖艶なトーンで息を吐き、ショーウィンドウで欲しいものを見つけた子供のような眼をした女性は、買ったおもちゃの遊び方を考えているように、部屋の中を一回りする。再び窓縁に戻ってみると、先ほど広場で言葉を交わしていた三名が、赤の広場の方向めがけて歩いて行くのが見えた。広場を行き交う有象無象の人の波。その中へ消えていく彼らの後ろ姿を、ほうとあでやかな息を吐いて見やって、女は"うずき"に耐える。


 "ソレ"を我慢するかのように、再び部屋の中へと戻っていくと、独りでに窓が閉まる。


「まだ()()()()の途中だったのになぁ。ま、仕方無いか」


 窓が閉まったとき、眼前の光景を見て己の仕事をようやく思い出す。

 このホテルの部屋を抑えていた客人達……"だった"モノが散乱しているスイートルーム。脱ぎ散らかした下着のように、人間の身体が転がっていた。寝台に、全身の皮を剥がされた男女が転がっている。むき出しになった肺と心臓がまだ動いていた。手足は切り落とされて、肋骨といった目立つ骨も取り除かれている。頭部と、必要な内臓を残してほぼ分解されていた。

 肋骨は寝台の脇に逆さになって、腕部や脚部の骨が、傘立てにさした傘の如く飾られている。取り除かれた筋肉や靱帯部分は、無造作に並べられたテーブル上の銀皿上に積み上げられいた。飾り付けは()()()()で行う予定だったのだ。

 男女の肉だったモノの傍らには、こんがりと焼かれて丸まっている男児の遺骸が横たわっている。


 家族だったモノが、転がっている。


「あの子を呼びに生きましょ、いじり甲斐のある子達だもの。楽しまないと」


 引き裂いた男女をほったらかしにしたまま、黒衣の女は部屋を音も無く出て行った。

  

 散乱した部屋の中に残ったのは、苦悶のうめき声だけだがそれも、さほど間を置かず静かになる。

 

 数刻の後、ホテルのボーイが、今日が出発の日だと行っていた三人家族を呼びに部屋の前へとやってくる。異臭が、扉の隙間から漏れ出ており、ボーイ達と数名のメイド、そして支配人が集まって、部屋の扉を開けて中へ入り ――


 天をつく悲鳴が、こだました。




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