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第16話



  ~ カイロニア州東方・県都『ヴォルドン』 ~



 足下に見えているのは、官軍の旗ではなかった。

 決起の規模を思えば容易に考えられる事であったのに、緊張で足が震えてしまう。

 この船は、軍属の飛翔艦では無い。商船として堂々と入港できないかと、楽観的に考える自分。

 それに対して、黒い月がああして不気味な女達を"狙って"けしかけてきた事を忘れたかと、叱責する自分が同居している。


「降りても大丈夫だと思う?」


 一直線に州都かつ、連中の本拠であろうカイロニアを目指すべきでは無いか、という意見をレオンは出していた。

 だが、かえって危ないと制したのが兄だ。


「前も言ったろう、一旦立ち寄る方が怪しまれづらい。

 あのタンザナと言っていた女に"鉢合わせた"のは確かに不運だったが、船は見られていない。

 あそこで作戦行動中だった敵と会敵したのみであって、ルートは予測されこそすれ、ここに止まるとは考えないさ」

「その根拠は?」

「俺達の容姿は伝わっていたが、飛翔艦での移動だとは相手方も思ってなかった。

 だからタンザナとかいう女は、俺達との邂逅を予想こそしていたが準備不足だった訳だ」


 そう言った後、甲板上に並べた東方の品を入れた箱を撫でる。

 一応、商船と言い張るための物資だ。まぁ元々こちらが本業であるから積んでいて当然なのだが。

 この情勢下、空を飛んでて気付きませんでした、が通るかどうかは賭けである。

 

「まぁ、アイツ以外の内通者なり、潜っていた草なりがタンザナの惨状を伝えているだろう。

 俺達を狙っている上、この旅の目的も奴等は把握している。お前等は奴等の立場ならどう身構える?」

「想定より早くやられた仲間がいるから、移動速度に勝る飛翔艦を警戒する」

「組織名を明かしている以上、本拠がわかっている今真っ先に乗り込まれる、って考えるかも」


 万が一、この船に乗っているという事がバレたとしても、この飛翔艦は雲の上まで浮上できる能力がある。

 船によって差があるものの、このエノソーリャ号は特別製だと、船長は胸を張っていた。


「とにかく、船を寄せるぞ。

 まだ交易船の行き交いはぎりぎりあるようだし、叛乱軍も数隻は確保している筈だ。

 紛れて動くためには、下手に目立つわけにもいかん」


 飛翔艦は高価かつ絶対数が少ない上、外装こそ修復できこそすれ機関部はロストテクノロジーにあたる魔導具だった。

 それ故、どの時代においても損傷の記録はあるが撃墜、破壊の記録は無い。

 壊すのはもったいない、というのが共通認識なのだと、ク=シグが言う。


「よしんばバレていたとしテ、奴等の目的は俺達を殺す事じゃ無い事もわかっタ。

 これはお前等の気が乗るかどうかだガ……、場合によっては『交渉』もありうるかもナ」

「……それ、あまりに危険な橋を渡る気がするんだけど」


 船長の言わんとしている事は、レオンやエリーザもわかる。

 黒い月のメンバー、その誰かを懐柔できないか、という事。あの街を去ってから、その意見は出た。

 ギルベルトによって『言う事を聞かせる』のはあくまで最終手段と何度も念押しをした上で。


「襲ってきた女共を見ただろ。最初の二人は俺達を明確に殺す気で来たが、タンザナはそうじゃ無かった。

 それに鳳なんて例えられ、涙だけじゃ足りないと来た。何かがあるんだ、俺(・)達(・)に(・)」

「いや、それがカルト連中は『私達への危害は本来望んでない』になる?」


 エリーザの言う事ももっともではある。何せ帝都での襲撃には明らかな"殺意"があった。

 赤い女の突撃しかり、黒い女が死体をけしかけてきた事しかり。

 ただ、黒い女・メラーナは『死をもたらす呪文』をこちらには使ってこなかった。


 鳳と例えたのは、きっと広場で処刑を見たレオン、エリーザ、ギルベルトの誰かの事。


 ただそれが誰を挿しているのかはわからないし、ソレだけ残して他はいらない、となりかねないではないか。


「それもわかる。けどこの局面で、『召喚した蜘蛛』では届かない、『飛行型大トカゲ』や『大型鳥』の類いでもなきゃ近づけない。

 そんな高さを飛ぶ飛翔艦が、本拠地めがけて一直線に進んでいます ―― ってのを察知されても見ろよ」


 話が平行線のまま、ここへ到るという訳だ。

 【黒い月】が危険なのか、それとも連中に仕える【あの女達】が危険なのか。

 降りてから熟慮するのもよかろう、と。

 まぁそれとは別に切迫した理由もあるのだが。


「シグレ、船を降ろすゾ。……先の街では食料を買込出来なかったからな」

< 了解しました。……皆様が太守のお誘いに乗らなければよかったのでは? >

「それを言うな。聞くな。

 まったく、最初にお前を設計した奴等は相当キレるらしいな」

< そうですとも。私を設計した『シャーンティ』様は、国きっての天才なのです!! むふん! >

「その国って、どの国だ?」

< それには【防護プログラム】がありますのでお答えできないですねぇ >

「警戒もばっちりって訳ね。なおさらヤベぇ奴らしい」


 クレイグと、魔導具から発せられる機械的な音声のやりとりはなにやら不思議な光景だ。

 端から見れば、兄が何も無い空間にただ話しかけているだけのように見えるから。

 ただこの不思議な音声の主は、船を操り自分達を送り届けてくれる。


 ふと思う。帝国建国以前から存在している『飛翔艦』は、起源はどこへ到るのだろう。


 船長はなにやら知っているような節が時折ある。が、口にする事は無い。事情はあるのだろうから、深くは聞くまい。


 誰にだって、伏せておきたい秘密はあるものだ。



 ※※※



「―― 前言撤回。みんな、すまない」


 目の前に広がっている光景を見て、クレイグは仲間にのみ聞こえるよう謝罪する。

 東進するべく叛乱軍が準備を整えていた光景は、空からもよく見えていた。

 しかし、船を着けるや城壁と船着き場に兵が現れ整列するというのは、いささか想定外。


「私達を『出迎え』る気満々だったって事じゃない」

「弓兵の数も多いし、赤魔術師らしき連中もいる。逃げようと思うな、って露骨な迎えだなぁ」


 レオンは、視線の端から端まで目に映る兵が、悉く視線をこちらに向けているという事実に足が震えそうだった。

 前線では無いが、兵の注目を浴びるというのは、これ程までに恐ろしいものなのか。


 敵意が無い視線というだけでも、射すくめられた心地だと言うのに。


 これが殺意を持ったものであったなら、腰が抜けるのではなかろうか。そんな気すらする。

 レオンの隣に立つエリーザの手が、小さく震えていた。それを、握ってやって落ち着くよう促した。

 思い切った真似をしているとは、自覚している。

 年下の少女にすべきことか、という考えをする余裕がある局面とは思えなかったからだ。

 不快であったなら、跡で床に額でも何でもこすりつけてやる。


「物騒な出迎えになってしまってごめんなさい」


 声が聞こえる。綺麗でありながら、その奥底に枯れているモノを抱えた音色。

 落ち着いているのに、悲鳴のようにも聞こえる。

 整列している兵士達の奥から、小柄な女性が現れた。


 腰に提げているのは、長剣。ただ形状は一般的な、直線の両刃では無い。


 帝国中央、大霊峰を有する『漢州』に伝わる『湾刀』に近い。刀身に反りが設けられていて、直刀より切れ味が強いもの。

 そう、赤の広場にたむろするアカデミーの同期や軍属連中に聞いた事がある。

 使い手が帝国内でも数少なくなっていて、特に名のある流派も数を減らしているのだとか。

 悪政の影響で潰れてしまった門派は、どれ程の数になるだろう。


「「 ―― お前等、迂闊に動くな 」」


 女剣士を見るなり、兄と船長はそう言った。迷いの無い声だった。

 横目に見た二人の頬を、汗が垂れている。その気持ちは、他三名もよくわかった。


 迂闊に動けば首が飛ぶ。

 そう確信出来る。エリーザとギルベルトにいたっては、思わず己の首筋に手を当てていた程。

 彼らのそんな様子を見ていた女剣士は、右手に鞘を持って礼をした。

 おそらく聞き手は右。あえて右手で持ったという事は、敵意の無い証明である。


「私は、黒い月が一人。名を『クラーラ・メーヴィス』と申します」

「『ク=シグ・アンドゥム』と申しますル。丁寧なお出迎え、恐縮の至リ」


 船長であるク=シグが一歩前に出た。


「しかしながら解りませン、我らは一介の商船なれバ、このような応対をしていただく理由なド ――」

「フフフ、『商船』とは。よく考えられましたね、ですが今は平時では無い。

 旅の一座も、商人キャラバンも、全て足止めになるのは予想できたでしょう?」


 あぁ、やはりバレていた。

 ただ同時に、黒い月とて一枚岩ではなさそうだ、という情報がこの光景だけで伝わる。

 それは大きな収穫だった。『あの女達』が一際凶暴凶悪であり、初っぱなに出くわしたという事らしい。

 事実か否かはこれからわかる。


「お(・)お(・)よ(・)そ(・)の(・)事(・)は、私も上役から聞いているわ。安心してとは言わない。

『あの子達』が貴方方にどんな振る舞いをしたかの方が、容易に想像できるしね」


 そして、女は手招きした。ついて来いという意思表示。

 断る理由というより、選択肢が無い状況である。降りたことを悔やむにせよもう遅い。

 特にレオンとギルベルトにとって、クレイグが汗をかいていた事が逃げる選択肢を奪っていた。

 西で起こっていた数多くの戦場に立った経験がある男がそういう反応をする相手。


 得物は刀剣。クレイグと同じ剣士。


 下手を打てば、魔法で対処する前に首が飛ぶ可能性を示唆する相手。


「圧だと思ったのならお詫びするわ。でも、貴方達とて私達が何をしているか知っているのでしょ?」


 そう良いながら、城壁を降りる。階段の下では叛乱軍の兵士達が慌ただしく働いていた。

 物資の運搬、武器の手入れ。住民達のケア。生活風景はドゥプロナールの街より生き生きしている。


 叛乱軍の本来の目的が垣間見える光景だった。


 兵士達と住民達の顔に、活力がある。生気がある。


「子供が笑ってますね」


 ギルベルトの言葉が、全てを物語っていた。

 街中を駆けている子供は、明るい表情をしている。ソレが何を意味しているか。

 大人達からの『不安』が伝播していない事を意味するのだ。


「意外かしら?」

「いえ。僕達は帝都から来ました。皇帝陛下のお膝元ですら、子供はかようには笑っていません」


 レオンも頷く。エリーザは、呑み込みがたい光景に唇を噛みしめていた。

 目の前に広がるものは事実なのだ。

 

 戦乱がすぐ横にあるというのに、町民の老若男女の顔には光がある。


「私達がカルトと呼ばれてる手合いと知って、引かないんだもの。異端者よ?」

「俺は、人を観る時は組織とかそういうのじゃなくて、個人から見るんです」


 レオンは口から零す。これも本心である。今ここで嘘をついた所で前に進めない気がしたから。


「俺は、レオンと言います。この黒髪魔術師はギルベルト……アカデミーの8年生で」

「あら、『先生』になる方達なのね」

「まぁそんな所です。あそこでは、異端だ何だの前に『何故それを学んだか/選んだか』。

 そこに到るまでの過程の方を遙かに重視するんですよ。そういう連中ばかりです」


 それと異端審問などは白の魔術に傾倒した聖職者連中の仕事だ。


 レオンは緑の使い手である。

 "自然"を重んじ、"現実"を尊重し共同体を造り受け入れる事を最上とする。


 ギルベルトは青の使い手だ。

 "個の精神"や"知識/記録"を是とし、自己利益と全体利益を尊ぶ。


 ただエリーザは、白だ。

 "法"と"組織"を厳格に共同体を構成し、全体利益を追求する。


 国家への反逆という手段を選んだ彼らを受け入れがたい気持ちの方が勝るのだろう。

 彼女は聖職者では無いが、生理的に受け付けない意思が目の奥に灯っている。

 ただ、町民達が安心しているという現実を突きつけられて、揺らいでいるのがわかった。


「貴女は、不愉快そうな顔をするわね。

 道中の官僚連中や、帝国の魔術師共ほどでは無いけれど」

「私は、"白"ですので」

「……それなら納得。名前は?」

「エリーザ・ヴェックマンです」


 クラーラという女の声音に、トゲは無かった。

 自分達がどう見られているか、覚悟している。もしくは諦めているのかもしれない。


「あの人達を見れば、きっと貴方達の行いを是と見る者が多いのでしょう。それはわかります。

 ただ、何故叛乱という修羅の道をお選びになったのか、想像は出来ても容認は……できません」


 一歩間違えれば、周囲を敵に回す発言だった。

 しかし周囲の兵士達も、クラーラも言葉を返してくる事は無い。

 皆、この手段が褒められたものでは無い事くらいわかっているのだ。

 

「『国の根幹は民、そして帝とは国家第一の奴隷なり』とは、第四代皇帝陛下が残された言葉。

 私は、今その言葉を思い出していました」


 エリーザの言葉に、一段と重みが増していく。

 レオン達は、口を差し挟む気にどうしてもなれなかった。

 危うい橋をわたっている筈なのに。言葉が染みていく感覚がある。


「国家の頂点、玉座に座りながら最(・)も(・)不(・)自(・)由(・)。それが国の長でしょう」


 クラーラの目、兵士達の目、そして周囲の兵士や人々の目が、エリーザへ向いている。


「帝の目が盲いておられるのならば、暗雲を取り払って差し上げるのが常道。

 ですが貴女方はその手段をとらなかった。いえ、とれなかったのですね」

「耳が痛い事を言うのね」


 元をたどれば、この場にいる全員が、善良な帝国臣民だった者達である。

 迷って当然で、叛乱軍や荷担する町民達にとってみれば、迷路の出口が『叛乱』しかなかっただけの事。


「現に今こうして、私達を捕縛する事もなさらない」

「……」


 そろそろ、割って入るべきだろうか。

 そんな迷いがレオン達男性陣にも生じた頃、この街の中央広場に到着した。


「一つだけ教えていただきたい」


 クレイグが、その中央広場の中心、大噴水の咆哮を見据えながら言った。


「何かしら」

「貴女方には、我々を害する意思が無い事は伝わります。

 ですが腑に落ちぬ事が一点。それ故易々とは呑み込めぬのですよ」


 レオン一行の視線の先にいる存在に、クラーラも目を向ける。


 そして納得した表情を見せ、顔を曇らせた。


「あぁ、そうだったわ。帝都からこの方、あなた達は【人形達(あのこたち)】に付け狙われていたんだった」

「そのお言葉、貴女にとっても【彼女達】は不本意な者、と受け取れますが?」


 意外な発見だった。

 クレイグの問いに、クラーラは無言で頷く。黒い月は一枚岩で無いと、部外者に晒す行為。

 それを戸惑わぬ程の不信感を、この女剣士も味方に抱えているという事。


 皆の視線の先には、ツーブロックの緑髪を蓄えた、筋骨隆々とした女性が座っていた。


 クラーラという女の反応からして、あの女性は帝都の連中と、タンザナの"お仲間"なのだろう。


 だが不思議なものだ。あの緑色の女からは、先のメラーナ/タンザナから感じた不快感が無い。


 むしろ爽やかで、湿気の無い夏の風の如き涼しさすら内包している。

 ただその中に台風が如き暴力性が渦を巻いているのも、ひしひしと肌に伝わってきた。


 そこにいるだけで、嵐を起こしうる気迫と圧力。


 その女は、こちらに目もくれず天を仰ぎ見て、唄っていた。

 

「赤ちゃんをそこに寝かせた、そこに寝かせた、そこに寝かせた

 赤ちゃんをそこに寝かせて ビルベリーを摘みに行った」


 それは子守歌だ。赤子に語り聞かせるような、優しい声音。

 女子供はおろか、大の大人もねじ切れそうな女から聞こえてくるのは、なんとも不格好である。


 しかもその歌は、我が子を妖精に連れ去られ見失う母の歌。


 子がいるようには、とても見えない。しかし、その歌がとても似合っているようにも見える。


 おかしな話だ。

 

「彼女達は、私達が水面下で同士を募っていた頃、我らが長が連れて来た」


 クラーラは、顔を歪ませたまま言った。


「叛乱とは関係無く、教祖様の個人的な目的に、必要だと。"証明"だと仰せだったわ」

 


 歌が鳴り止む。緑色の女が、こちらに目をくれたから。



「……不思議なもんだよなぁ。母親になんざなった事もねぇのに、否定しようとするとムカつくんだ」


 緑色の女はゆっくりと立ち上がる。体躯は大きい。

 元々身体の大きいリザードマンである、ク=シグよりやや小さい程度。190㎝代後半あたりか。

 身体を揺らしている。

 まるで今しがた口にした、不快感を振り払うように。


「俺には旦那も息子もいねぇってのに……"息子"ってなんだ」


 知った事か、と口に出かかったのをレオンは我慢した。

 都の連中や、ドゥプロナールで出くわしたアイツ等を思い出せ。何かしらどこかが不安定だった。


 まるで意図的にどこかを欠けて造形されたかのよう。それにクラーラは言った。【人形】と。


 緑色の筋肉女は、真っ直ぐ見据えている。


 レオンから、目を離すこと無く。


 理由が全くわからない。ただ、一つだけ気付いた事もあった。


 メラーナやタンザナに感じていた極めて大きい不快感が無いためか、感じるのだ。


 えも知れぬ"懐(・)か(・)し(・)さ(・)"を。


「あぁムカつくな。心が落ち着くと歌いたくなるのに、歌うと無性に腹が立つんだよ」


 そして、緑色の女は左手に装着していた黒革製の手袋を外して ――


「東じゃあ、俺の仲間が迷惑かけたみたいだな。それはすまなかった」

 

 ―― 詫びの一礼をした上で、レオンの足下へ投げつけた。


「俺の名は『ベリル』。黒い月の面子が一人にして、『人形達(ドールズ)』が緑柱」

 

 それは、決(・)闘(・)の(・)申(・)し(・)込(・)み(・)の合図である。


 何とも清々しい性格をした女だ。いきなり襲いかかってくる事も無く、こうして1対1を申し出て来た。


 この場合、レオン達を出迎える選択をしたクラーラ達の顔も潰していない。あくまで個人的な諍いとできる。


「会って早々にだが、受けてくれるか?」


 その眼は真っ直ぐ、レオンの瞳を捕らえている。悪い気分じゃない。


 奇襲をかけてくるわけでも、お香のような搦め手を用いるでも無く、真正面からやって来た。


 黒い月の面々で、明確に敵と言えるのは、【人形達】と名乗った女達のみなのか、それはまだハッキリとはしない。


 クラーラという女と兵士達も、今はその選択をしていないだけ、とも言えるから。

 

 まぁそれを差し引いたとて、この決闘を断る理由も無い。


 レオンは、足下に投げつけられた手袋を、拾った。


 それは、"決闘の申し出を受ける"という意思表示だ。

 

「名乗った相手に非礼は出来ないな。

 俺は『レオン・ベインズ』、アカデミーの緑院8年生にして、今は旅の途中だ」


 レオンの言葉に対して、ベリルと名乗った女は笑顔で返す。

 

「俺はアンタ等に恨みもゆかりも無いが、故あって敵対してる。

 ……まぁタンザナを"殺"った程だ。楽しませて貰うよ」

「"殺"った?」


 どこか認識の齟齬があるようだ。

 それを訂正する場は、おそらく与えてはくれまい。


(そうか……俺等が飛び去ってから消(・)さ(・)れ(・)た(・)んだな、あの女)


 内心同情する。ただ、その殺害容疑をなすりつけられているに等しい。


 どこかで訂正しなければならないが、その前に ――



 ―― この猛獣のような女を満足させねばならない

 


「その物言いには障りがあるが、今はよそう」

「何だ、違うのか?」

「そう言いたいが、今の君はそ(・)れ(・)ど(・)こ(・)ろ(・)じゃないだろ?」

「…… へへっ」


 そう良いながら、二人は中央広間の真ん中で向かい合っている。

 周囲を見回す。相当数を巻き込む可能性はある。


 それを視線で伝えた。

 

 周囲の家々の被害とかを考慮したまま、鎮められるような相手ではない。


 兵士達が察し、一般大衆を誘導して避難し始めた。


 

 それを見ながら、ベリルという女は姿勢を低くし、両手とも指をやや曲げた構えをとる。

 それこそ、地面に伏せた大型の獣が、こちらに飛びかかる機会を窺うように。


 対して、レオンは両拳をかるく握った後に、姿勢を真っ直ぐ直立させた上で、両方の拳を正中線上に真っ直ぐ並べるように構える。

 必要最小限の動きで、最善の動きが出来るように。

 


「どっちも、武器とか使わないんだ」


 エリーザは、帝都のように蔓を召喚してしならせたりするような、そんな闘いになるのかと思っていたようだ。

 それを横目に見つつ、ギルベルトは言う。


「相手はわざわざ名乗ったからね、緑って。互いに魔術の方は手札を明かしたく無いんだと思う」

「先に対処された方が詰むって事?」

「そういう事。故に緑の基本、『身体強化』に絞ってぶつかる筈だ……けど」


 そこまで言って、ギルベルトはクレイグやク=シグに耳打ちした上で、クラーラにもそれとなく伝える。


「周囲の避難、兵の方々がやってくれておりますが、破片に注意した方が良いでしょう」

「……了解したわ」


 いまいち呑み込めていないのはエリーザだった。


「え? そこまでするの?」

「あぁ、もうすぐわかると思うよ」



 ―― ドワッ


 

 ギルベルトの言葉が終わるのとほぼ同時に、エリーザの耳に『巨大な太鼓』が打ち鳴らされたような、空気が破裂する音が聞こえた。

 ハッとなって振り返ると、向かい合っていた緑の使い手二名が、立っていた場所を見やる。


 そこに、大きなシャベルで削り取ったかの如き跡があった。


 地を蹴った。それだけ。


 ただそれだけで、コレか。


「―― ッ!? やっば」

「言ったでしょ、ほら準備して」


 広場の中央では、猛獣二頭が組み合っている。そんな光景に見えた。

 いるのは人の筈なのに、だ。


 巨大な熊と、巨大な虎が見える。


 ベリルが振るう虎の爪、熊のように悠然と身構えるレオンが受ける形。


 互いの技同士がふれあったように見えた時、再びあの『異音』が聞こえる。


 それと同時に、周囲の空気が震えだしたように見えた。


 二名を中心に震えだしたそれが、あれよあれよと伝播していく。砂利、小石、空気。


「「 全員、身構えろ! 」」


 クレイグとクラーラ、剣士二名の声が大音声となって兵士や民、仲間達に響いたかと思った。



 ―― バァンッ



 すると、中央広場に面していた家々の外壁が崩れ落ちた。


 技同士がかちあった衝撃だけで、コレか。


 街が保つのだろうか。そんな漠然とした不安が、エリーザの胸中に湧いてきた。


 


 

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